海斗とカルミアー01
住んでいるアパートにカルミアを案内した。
「この部屋を使うといい」
そこは玄関から入って真っすぐ進んだ先にある洋室――沙月の部屋だ。
沙月が都会に出て行ってから三ヶ月、程よい期間で掃除をしていたからゴミなどが散乱はしていない。ただ机の上とかクローゼットの中にある物は、彼女の私物だらけで片付ける必要があった。
「ありがとな、海斗」
「部屋が空いてたから、ちょうど良かった。あとで姉の物は片付けするから」
扉を閉め、一通り部屋の説明を移動しながらした。
「――こんなとこ。何か質問はあるか?」
「ない」
「わからないことがあれば、いつでも訊いてくれ」
早速、カルミアが手を上げる。
「どうぞ」
「シャワーを浴びたい。浴びてもいいか?」
「いいけど。えっ今シャワーって言った?」
聞き間違えだったのだろうか。
「うむ、ちゃんと言ったぞ。なんかおかしいか」
異世界にはシャワーが無いと思っていた。しかし、彼女はその存在を知っていた。つまり、あるというのだろうか。
「いや、全然おかしくない。もしかして、そっちの世界にある?」
「あるぞ、それぐらい」
「まじか」
驚嘆の声が息を吐くように自然と出た。
「この世界にある物は大体ある。無いものもあるが、存在は知っているぞ」
「それって、俺たちがドラゴンを知っているのと同じ感覚?」
「そうだ」
「なるほど」
思えば最初出会ったときから驚いてなどいなかった。目新しい物ばかりのはずなのに、混乱してもいいはずなのに、カルミアはそれを受け入れていた。
ただそれは海斗にも言えることで、魔物という言葉をゲームなど通じて知っていたから、言葉に対して疑問を抱くことが無かった。
つまり、この世界とカルミアの世界はリンクしているのだろう。調べれば、結構おもしろいものが見れそうだ。
「シャワーだよな。いいよ、問題ない。着替えは――」
彼女の手にある紙袋の中には、真澄からのお下がりがある。着替えはそれを使えばいいから問題ない。
「あったな。なら、問題ないか。あぁでも一応、中身を見せてくれ」
「いいぞ」
ガバッと両手を使って紙袋の口を開けてくれる。
中には、デニムのショートパンツ1着、紺のロングスカート1着、ピンクのハーフパンツが1着、柄なし白のTシャツ1着、ウサギの柄あり黒のTシャツ1着、同様の白のTシャツ1着、上と下が揃った下着が2枚、入っていた。あとは、髪を結ぶゴムとか、止めるピンなどの日常で使える物がジッパー袋に入れてある。
ピンクのハーフパンツとTシャツは寝巻として利用できそうだが、それ以外は外出のときに使える服ばかりだ。
外出用のレディースは沙月が引っ越すときに沢山持って行ったから数は少ない。代わりに、寝巻として利用できそうなものがクローゼットの奥に眠っていたはずだから、着替えの問題はクリアできた。
「洗濯済みの服だから、問題はないはずだけど、どう?」
「問題ないぞ」
「なら、大丈夫か。一応、姉貴のお下がりもあるからクローゼットの中を見ておくといい—―やっぱ一緒行くか、どれが着れるのか俺も知っときたいし」
そうしなければ、謝って段ボールの中に入れてしまいそうだから。
カルミアと一緒にまた姉の部屋に入る。
着れる服、もしくは着たい服をクローゼットの中に、あとの服は無造作に床に置いた。
「分別終わり。シャワー浴びてくるといい」
「わかった。色々ありがとな」
「いや、いいよ。大丈夫」
カルミアは姉のお下がりである黄色のタンクトップを手に部屋を後にした。
彼女がシャワーを浴びている間に使わない服を段ボールの中に入れる事と、机の上を片付け始めた。幸い沙月が引っ越す際に使った段ボールが少し残っていたからそれを使えば全て片が付く。
「…………」
まずは、床に置いた服をたたんで段ボールの中に入れる作業から始めた。
沙月が着ていた服は、よく覚えていた。例えば、今手に持っている高校の制服は、一緒にみたらし団子を食べたり、外食をした思い出がある。
他には、ピンクのカーディガンならチューリップ畑に行ったこと。黒のダウンジャケットなら、初日の出を見に遠出をしたこと。赤のチェックシャツなら、デパートで買い物をしたこと。
「………」
両親が亡くなってすぐなのに、沙月は弱音を一切吐かず、色々と連れて行ってくれた。暗い感情に居てほしくなかったからなのかもしれないと今にして思う。
着ない服を段ボールに入れ終わったタイミングでチャイムが鳴る。
玄関に行き、ドアのノゾキアナからその人物を確認する。
真澄だった。
鍵を開け、ドアノブを回し、彼女と面会する。
「カレーとご飯持って来たよ」
「あぁありがとう」
真澄からビニール袋を受け取る。
ビニール袋の中には、大きなタッパーに入ったカレーが2つとパックご飯が3つ入っていた。
「カルミアの服から、晩御飯までいろいろとありがとう。ほんと助かる」
「いいよ、気にしないで。ご近所さんなんだから」
1個上の階に同級生が住んでいるなんて思わなかった。
三ヶ月以上も暮らしてはいるが、今でも近隣住民が誰かよくわかっていない。
「上手く行きそう?」
「多分。なんとかなるだろ」
「そっか、それならよかった。困ったことがあったらいつでも連絡してね。助けになるはずだから」
「ありがとう」
真澄と別れの挨拶をして、扉を閉めた。
ビニール袋をテーブルの上に置いて、また沙月の部屋に戻る。今度は、机の片付けだ。
机の上には、姉が仕事のべんきょうのために使われた本やノートで散乱している。それを1つ1つ重ねて、段ボールの中に詰め込んだ。
「学校かぁ」
嫌な記憶しかない。
高校に上がるまでカラコンはほとんどしていなかった。理由は、カラコンで視力を失う危険性があったからであったが、その結果いじめにあった。
最初は物を隠すとかだったのに、だんだんエスカレートして机の落書きとか、しまいには暴力だって振るわれた。教師に伝えても、相手にされることはなかったし、なんなら「その目が悪いんじゃないの」さえ言われる始末だ。両親に相談して、言われた第一声が「やり返さないお前が悪い」だった。
仕返しができるほど強かったら、この瞳なんて気にするわけがない。むしろ自分のチャームポイントとして推していただろう。
思い返してみても、両親に愛されていると実感したことが無い。誕生日をまともに祝われてなければ、褒められた記憶がほとんどない。何をしても上げ足を取るかのように、できない何かをいつも責められていた。
テストの点数も平均以下だし、運動はからっきしダメ。言い返すこともできなければ、反抗することもできない。何をしても中途半端でダメになる才能が無い息子だ。
それに比べて姉の沙月は、勉強も、運動も、音楽も、全ての物を学んで理解し、自分の物にした。いわば才能に溢れた娘だったのだ。
両親の遺伝子を強く受け継いでいる最高の娘だった。
「…………」
消し去りたいつらくて悲しい記憶が、蘇ってくる。まるでゾンビのように、死んでしまった過去が何度も何度も這いつくばって追いかけてくる。
このままずっと覚えているのなら――
「海斗、シャワー終わったぞ」
カルミアの声で一気に現実に戻った。
「そ、そうか。俺も丁度――」
彼女の格好を見て言葉が止まる。
頭に巻かれたタオルとピンクのハーフパンツよりも、目に行ったのはカルミアの上半身であった。黄色のタンクトップの裾は結ばれているから、きれいに引き締まったお腹が露わとなり、年頃の少年にはとても刺激的であった。
そう考えれば、全身の格好が刺激の塊にはなるけれど。
引き締まったお腹を最初に、足、腕と全身を見た。
彼女は細くて華奢な体をしている。しかし、それは自分のようなガリガリの細さではなく、引き締まった筋肉だからこそ成せる細さだ。
「じゃ、じゃあご飯にするか」
「その前に頼みがある」
「なんだ」
「それは――」
パンパンに詰まった段ボール箱を後にして、海斗とカルミアはダイニングキッチンへと移動した。1人で使うには十分広かったスペースでカルミアを椅子に座らせて、ドライヤーで彼女の髪を入念に乾かした。
「悪いな、海斗。手が疲れてしまって嫌になった」
ドライヤーの音に負けないようカルミアが声を張り上げる。
「全然、問題ない」
海斗もまた声を大きくする。
大声で喋りながらカルミアの髪を乾かすのは、体力の消耗が激しい。まだ全然なのに、もう腕が疲れてきた。
「魔法で髪を乾かしたりできないのか」
「できるけど、この世界に来たのだから、なるべくこの世界のやり方でやりたい。郷に入っては郷に従えという言葉があるだろ。あれをなるべくやりたい。それに憧れだった」
「憧れ……」
「そう憧れだ。昔読んだ本にドライヤーで髪を乾かす描写があって、ずっとやってみたかった。まさかこんな疲れるとは、思わなかったけどな」
カルミアの髪は肩より上の位置にあるけども、毛量があった。奥深くまで乾かすとなればそれなりの力と時間が必要になる。
自分のように表面上さえ乾けば後は自然乾燥ってわけにはいかないのだろう。
彼女の髪がだいぶ乾いて、どこを触っても水気が無い。
「どう?」
難しい表情をしながら、カルミアは自分の髪の毛を入念に触って確かめる。
「おぉよく乾いている。ありがとう」
「それは良かった」
ドライヤーのグリップにだらんと伸びたコードをグルグルと巻き付け、棚の上に置く。
そして、先ほどもらったビニール袋の中からカレーとパックご飯を出して、テーブルの上に並べた。
「今日はカレーだ」
「おぉカレーか! ワレお腹空いて死にそうだぞ」
「なら、早く食べないとな」
電子レンジの中にパックご飯を入れて、紙皿にカレーを盛る。
「………」
カルミアが楽しそうに電子レンジの中を覗き込んで、心待ちしているようだ。
「不思議に見える?」
「うむ。どうしてこうなっているのか、凄く知りたい。海斗、調べてくれ」
「無茶苦茶だなぁ」
そう言いつつも、スマホで電子レンジの仕組みについてネット検索する。
あぁそうか、自分は昔からだれかに必要とされたかったんだ。
彼女を助けたいと思う気持ちの正体が今わかった。




