ドラグネス王国の王女-02
蒲団から起き上がった海斗は、まず自分の体を触って確認した。腹部にできた穴も、顔の凹みも、歯のバラバラ具合も、全てが無かったのかのように、完ぺきな状態で完治していた。
まるで魔法みたいだ。
「………」
次に今いる場所を確認する。
部屋の作りはとても似ている。というか、同じだ。だけど、置かれている物が全部違う。見覚えが無い木の勉強机、かわいいピンクの布団、黒のウサギ人形、と明らかに男の部屋とは無縁の物が部屋をデコレーションしていた。
明らかに女の部屋で、緊張している。
自分が寝ている間に女部屋へと侵入してしまったのか、と考えたが、そもそも動ける状態ではなかったのだからそれはあり得ないと判断する。
扉がガチャリと開いた。
「目覚めたか、海斗」
白いうさぎがプリントされた黒いTシャツにロングパンツを履いたカルミアと真澄。ただ真澄の手にはお盆があり、これにはウサギ模様のコップが乗せてあった。
海斗を頂点にした正三角形の形で、二人は座る。
「ここは……?」
「私の部屋だよ。今日両親が帰ってくるの遅いし、海斗くんの家わからなかったから連れてきたの。まずかった?」
真澄は喋りながらお盆に乗ったお茶をカルミア、海斗と配った。受け取った人はそれぞれお礼を口にし、カルミアは息を吹きかけ始める。
「まずくはない。全然」
喋った後に熱いお茶へと息を吹きかけて、一口飲んだ。
湯気が立っていたから熱いかと思っていたが、全然そんなことはなく、飲むのに適した温度で、彼女の力量が発揮された瞬間であった。
「元気になって良かった。ほんと凄く酷い状態だったんだよ」
「そう……だよな。めっちゃやられたの覚えてる」
ずっと冷ましていたカルミアが一口お茶を口に入れた。
「うむ。アイツはとても強かったみたいだな。改めて言う、すまなかった海斗。ワレが任せてしまって」
カルミアが頭を下げる。
「いや、いいよ。大丈夫。てか、カルミアが無事で良かった」
「ワレの心配をするのか」
「もちろん。だって、俺に助けを頼んだ人間だもん。その人が死なれちゃ顔が立たないって」
「確かに、そうだな。無事に戻れてワレとしては、嬉しいぞ」
各々に和やかな空気が流れる。
しかし、海斗の心は違った。あの男から感じた恐怖と痛みは、今でも脳から離れてなどいなかった。まるで良い思い出のように強く鮮明な記憶として映し出されており、二度と忘れることができないと断言できた。
ただ少しでも緩和したくて、お茶をまた飲んだ。
そこで疑問が浮かぶ。2人がどうして仲よくなったのかを。
「カルミアと委員長は、知り合いじゃないんだよな」
「違うよ」
「今日が初めてだぞ」
そのわりには、とても仲がいい。
「なら、なんでそんな仲良くなってるんだ」
「それは、いろいろあって……」
そう言って、真澄が話してくれた。
「――と、言うことがあったの」
「そんなことがあったのか」
「そういうこと。本当にビックリしたよ。まさか海斗くんがこういうのしてたとは思わなくって」
「俺、今日が初めてなんだけど」
「そうなの!?」
目を丸くさせ、ビックリする真澄。
「怖くなかったの?」
「めっちゃ怖かった。ほんと死ぬかと思った。生きてるって素晴らしいね、まじ」
いつもは無口だが、今日ばかりは違う。必要最低限のことを喋るつもりが、必要ないことまでジャンジャン口に出る。
顔見知りを見たから得た安心感から気持ちが溢れているのだろう、と片付けた。
突然、真澄が手を叩く。
「ところでカルミアちゃんのこと教えてよ。私知りたい」
彼女が言って、初めて気付く。カルミアの事を全然知らないと。
「それいいな。教えてくれよ」
「そうだ話してなかったな。よかろう、喋ろうではないか。でも、出生からじゃなくてもいいよな? そこから話すのは正直めんどうだ」
「問題ない。この世界に来るまでを教えてくれれば、それで構わねぇ」
「そうね。あとできれば、誕生日とか知りたいかも。海斗くんのも」
「えっ俺も!?」
唐突に向けられた矛先にギクッと体がくねっと動いた。
「当然じゃーん。だって、私たち秘密の友達なんだよ。ほら、赤い瞳を知って、海斗くんはわたしの地毛の色を知っているんだから」
金色に染まった髪の毛先を指でくるくると回して、見せつける。
友達になった覚えが全くない。そんな言葉を交わした記憶も無ければ、やり取りもない。強いと言えば連絡先の交換だが、あんなので友達と認定するのはあまりにも大雑把だ。くくりが大きすぎる。
だけど、否定する気持ちが無かった。傷つけるかも、と考えての行動ではあるけど、『秘密の友達』という言葉があまりにも心地よかったからだ。ただの友達であれば疑心暗鬼になっていたかもしれないが、「秘密」という言葉が付け加えられたことによって、お互い誰にも言いたくない事を共有しているから、裏切られる心配がない。なんせ、裏切られれば仕返しとしてそれをバラせばいいのだから問題ない。
「真澄、海斗の情報知らないのか?」
「うん。だって、彼全く人と関わろうとしなかったから」
「あぁなんか言ってたな、どうしてなんだ?」
「いや……まぁ、なんというか、その」
なんて言えば正解になるのだろう。
自分に対して心を開いてくれる人たちに嘘をつくのは、気が引ける。しかし、本当の事を言ってこの空気を壊すのはもっと避けたかった。
ならば、
「まだ教えねぇよ」
喋らない選択肢をした。
信用していないわけではない。ただ過去の事をまだ乗り越えれていなかった。明るく話せるほど、人前に雑談の種として喋れるほど、心の中で整理がついていない。
話せば楽になる――それはそうだ。でも、人には話すべきタイミングがあって、話せる状態がある。
今の海斗は、まだその状態ではなかった。
「そっか。まっ、いつか話すなら問題ないな!」
「そうだね。そのときは、しっかりと聞かせてもらうよ」
だが、彼女たちはそれを否定するでもなく、疑問にしてぶつけるでもなく、受け取ってくれた。
「ってことで、まずは自己紹介タイムだね! 名前、生年月日、職業……あと何かいる?」
「それぐらいでいいんじゃないか。そのほうが無難だろ。長いと途中でめんどくさくなりそうだし」
カルミアは頷いた。
「そうだね。じゃあ、まずは私から。私の名前は、城ケ崎真澄。15歳。界英高校に通う高校1年生。誕生日は、12月3日生まれだよ。よろしくね」
カルミアがパチパチと拍手をするので、一緒に拍手をする。
「えっと、次どうする?」
「流れ的には、海斗がいいのではないか」
「わかった。じゃあ、えっと、諸星海斗。15歳。同じく界英高校に通う1年生。10月23日生まれ。よろしくお願いします」
真澄とカルミアが拍手をした。
「最後に、ワレの名は、カルミア・スカーレット。17歳。ドラグネス王国の王女だ。生まれは5月3日だ。よろしく頼む」
拍手をする。
ただもう一人から音が返ってこず、真澄の方を見る。彼女は、目を大きくし口を半開きにしていた。
「えっ、カルミアちゃん年上だったの。ごめん、私ため口使っちゃってる」
海斗と同じく、口の利き方を気にしていた。
そこよりも王女のほうに気を取られるべきだと思うのだが、口には出さなかった。
「気にしなくてよいのだ。ため口というのは、同等の立場に居るという証明となる。真澄や海斗はそっちのほうが助かる」
「じゃあ今まで通りに呼ばせてもらうけど、いい?」
「問題ない」
カルミアは咳払いし、喉の調子を整える。
「さて、どうしてこの世界に来たのか、それを説明するとしよう。あまり難しくするつもりはない。わかりやすく端的に話すと、ワレは……その認めたくないのだが、まぁこの世界に逃げて来た」
ぎこちなく笑って見せる彼女に、興味よりも心配が勝つ。
どこかで無理をしている。
考えすぎかもしれないが、彼女の無理をしている表情が何よりも物語っていた。
「話せる?」
「何がだ……?」
質問に質問が返ってきて、自分の言葉足らずに猛省する。
「いや、なんか見ててしんどそうだなぁと思って。そんな感じなら、聞くのも――」
「大丈夫だ。問題ない。おぬしたちも気になっておっただろ、どうして来たのかを。そういう疑問は早いうちに潰していたほうがいい。あまりズルズル長引かせていると、話せるものも話せなくなるからな。……まぁただちょっとだけ話して楽になりたいだけなんだけどな。アハハ」
話すことは大事なのだろうか。必要なのだろうか。
誰かに自分のトラウマ話をするのが怖くて、たまらない。でも、それによって自分が楽になるのであれば、いつか話さなければならない。約束したことを考えれば尚更早い方がいいか。
「ってことで話は戻るが、3年も続く長い戦争からワレは逃げて来た。その戦の名は『銀竜戦争』だ。深淵の森を挟んだ先にあるロウカミ国と起きた長期的な戦争だ。
逃げて来た理由は、ワレの命が狙われていたからだ。まぁドラグネス王国の王女だから妥当だとは考えているが……」
「そのロウカミ国ってどんな国なの?」
「林業が盛んだな。その前にまず深淵の森というのを説明するとしよう。深淵の森というのは魔力がたんまりと含まれているから、固くて太い立派な大木が短い期間で大量に育つんだ。だから、野生動物とか果物があるんだが、ただ夜のように暗い。まるで深淵を覗いたかのような暗黒から、そう名付けられた。
で、この森の影響がロウカミ国にも多少は響いていて、10年で育つ木がわずか1年で完全に成長しきってしまう。だから、林業が盛んなのだ。ついでに穀物も良く育つし、ロウカミ国産のトマトはめちゃくちゃ美味だぞ。いつか食べさせてやりたいな」
異世界にもトマトという野菜が存在することに感心した。
「どうして、ロウカミ国と戦争になったの?」
海斗が感じた疑問を真っ先に真澄がぶつけてくれるので、有難い。
「それは簡単な話。深淵の森の領土を巡っての戦争だ。最初は、お互い足を踏み入れなかったし、近寄ろうともしなかった。だって、夜のように暗くて、足を踏み入れた者は一生帰ってこないからな。怖くてたまらん。しかし、魔法の発展や技術の向上によって深淵の森を開拓することが可能となった。それにより、ロウカミ国とドラグネス王国がお互い主張し始めて、結果3年も続く大戦争となった。でも正直この戦争は1年で決着ついたはずなんだよな……」
「どういうことだ、それは」
「ドラグネス王国の圧勝だったんだ。兵士の数を見れば国を大量に支配しているロウカミ国が有利だ。しかし、場所がドラグネス王国のほうがよくてなぁ、丘の上だったんだ。つまり、ロウカミ国の兵士を見下ろせる形で戦を持っていくことができた」
「一方的な暴力ができたと」
「そういうこと。って考えると1年もかからなかったな。もう1日2日で終わる戦争じゃないか。なのに、どうしてあんなに長引いたのか。そもそも、どうして立地状況が悪いのにロウカミ国は、攻め込んできたのだ。待てばよかったのに、何が狙い何だろう」
カルミアが考え始める。
「………あっつい考えてしまった。すまない。で、えっと、まぁなんやかんやあってドラグネス王国が劣勢となり、ワレは命を狙われてこのクリスタルを使って転移魔法を使った」
首にぶらさがった結晶は色を失っていた。
「これに詠唱と大量の魔力を入れて、この世界に来た。まぁ今はもう使い切って色を失っているけど」
ということは、彼女はもう帰ることができないのだろう。
表情が暗く、沈んでいた。
「それから、海斗が知ってる通り、魔物に殺されかけるは、謎の人間に命を狙われるはでよくないこと続きだ」
彼女は語り終えた後、スッキリした表情で背伸びをした。曇るものが何一つない、自分がため込んでいた物をすべてストンと落とし切った、そういう表情をしている。
「真澄、海斗、話を聞いてくれてありがとう。おぬしたちには助けられっぱなしだ。本当に出会えてよかったと思っている」
「それは、嬉しいな」
「ねぇ。私もカルミアちゃんと会えてよかったと思っている」
「そう言ってくれて、嬉しい。さて、」
カルミアが突然、立ち上がりドアノブに手を乗せる。
「ワレは、行くとしよう。このまま居ると迷惑をかけてしまうからな」
名残惜しそうな背中だった。
彼女は、まだここに居たいのだろう。
その気持ちは、共感ができる。警戒する必要も無くて、緊張感がまったくなくて、自宅のような居心地の良さがある。だから、時間と言う概念が無ければずっとこの場に留まってしまいそうだ。
「そんなことはないよって言いたいけど、私の両親がもうすぐ帰ってくるんだよな。カルミアちゃんは泊まる場所あるの?」
「まだない。その内決まる」
あのときカルミアをそのまま行かせてしまった。その時の彼女は、悲しそうな背中をしていた。それは今と同じで、今度こそカルミアを行かせてはならない、と本能が訴えているようだ。
ならば、自分ができることは何だろうか。考える。考え、考え、海斗は結論を出す。
「俺は、家に誰も居ないから……見つかるまで、くる?」
突然の提案に空気が固まる。
「泊まる場所いし、もしまたあの敵が攻めて来たら今度はまずくねぇか」
カルミアとそういう関係に持ち込みたいわけではなくて、単純に彼女が住む家が無いのでそれを手助けしたいだけだ。
「海斗は、いいのか? 気にしたりしないのか」
「気にしねぇよ。カルミアの居場所が見つかるまで居たらいい。俺はぜんぜん大丈夫」
「カルミアちゃんはどうなの?」
クラス委員としてか、クラスメイトが年頃の女の子を家に泊めるのは見過ごせないようだ。
「ワレは、別に構わんぞ。大丈夫だ」
あの男のような人間がまた現れた時のことも加味して考えたのだろう、真澄はすぐに折れた。
「なら、海斗くん任せたよ」
決してハメを外さないように――そう強く目で訴えらる。
当たり前だ。
海斗は目線を送り返した。
こうして、海斗とカルミアの奇妙な二人生活が始まったのだった。




