救出作戦②
ぐにゃりと曲がったフェンスに体を預け、倒れている少年――諸星海斗は、プツッと切れそうな意思をギリギリの状態で保っていた。
顔は原型からだいぶ乖離して、目を当てられないあまりにも無惨な状態だ。血は流れ、歯が砕け、空気を吸い込むだけで口の中に激痛が走る。だが、それでも空気を吸い続けなければ死に至るので、堪えて肺に酸素を送り込む。
腹部には大きな刺し傷があり、そこからも血がドクドクと流れている。
常人であれば死に至るところをギリギリな状態とは言え、耐えてまだ生へとすがるのは奇跡である。
「ジーク。貴様を殺せることにどれだけ願ったものか。今、殺してやる。そして『ドラゴンスレイヤー』はワシが頂く」
剣を振り下ろす寸前、何者かが公園へと足を踏み入れたことを察知し、止めた。
「結界を敷いたはずなのに、おかしい」
瞬間、光の光線が男に向かって放たれる。
身を斜めに逸らしたから貫くことは無かったが、わき腹に大きな切り傷ができた。
「今だ。やれ」
その声と共に投げ込まれた卵型の黄色い道具――防犯ブザーは、義信の足元に落ちた。
「なんだこれは」
見たこともない道具だったから男の動きが一瞬止まった。
1秒にも満たない少ない時間でも、隙を作るには十分すぎる時間だ。
ビビビビビビビビ!!!
鼓膜を破く爆音と共に、防犯ブザーは震え、音を上げる。
「あああああああ!!」
突如として鳴った音は、聴覚設定をしていない男の耳に多大なるダメージを与えた。
「なんだこれは。聞くに堪えん音だ!」
耳を抑え苦しみもがく男を無視し、カルミアは海斗の傍まで寄った。
「すまない、ワレのせいで」
海斗の現状を見た最初の声が、謝罪であった。
自分のせいでここまで傷を負い、倒れているのは心を痛める。ただ生きていることが嬉しく、一安心だ。
お姫様抱っこのように抱え、すぐさま離れた。
ただ最後に離れる直前、男は言っていた。
「やめろ! ワシに侵入するな。貴様は……貴様は」
という発言が気がかりである。
誰かが助けてくれた、ということだろうか。でも、どうして助けてくれたのか疑問だった。
★★★★
公園から離れたカルミアは、海斗を道端に下ろした。顔や腹部の怪我をこのまま放置していれば確実に彼が死んでしまうので、仕方なしに下ろし、簡単な治癒魔法をかける。
「ダメール」
その言葉と共に右手が緑色の光に包まれ、かざした海斗の顔へと移動した。
ポカポカとした温かい光に包まれた彼の顔は徐々に徐々に治っていく。しかし、この魔法は細胞を活性化させて回復を促進している魔法であるため、完ぺきに治るまでに多少時間がかかる。この傷を見るに、『レイヴ』を介しても20分はかかるだろう。
それまでに死ななければいいのだが、と願うしかない。
どうように腹部に向けて同じ魔法をかける。
見たところ傷口は広がっていないから顔と比べたら治るのは早いほうだと考えられた。しかし、この傷は奥のほうに広がっているからそれでも時間はかかるだろうが。
「なんか魔法みたいだね」
カルミアから出た光を見た真澄は、そう口にした。
「これは魔法だからね」
「へぇ魔法……えっ魔法!?」
真澄は驚き、体の背筋を伸ばした。
「そう魔法だ。ワレはドラグネス王国から来た人間だ」
「そうだったんだ。えっと私は日本生まれだよ」
そうだろう。黒い髪を持ち、平べったい顔をし、海斗と同じような顔をしているから予想はしていた。
しかし、真澄の髪色は金色だった。日本人と言うのは黒髪ではないのだろうか、と考えるも海斗のことが頭によぎった。彼は、黒い瞳と言いつつも赤い瞳を生まれながら持っていたので、それと同じような物なのだろう。
しかし、決定的に違う点は、彼女の場合それを隠そうとしていないことだ。海斗は、黒いカラコンで赤い瞳を見えなくしていたのだが、真澄は平然と金色の髪を見せている。この情報を元に考えると、彼女は金色の髪を見せてもいい環境に身を置いていると推測する。
顔の特徴は似ているのに、生き方が全然違う。
危機が去ったからこそ考えられる事情だった。
「なぁ真澄。どうしおぬしの髪は金色なのだ? 黒色じゃないのか」
「普通はね。でも、私の場合違うの。染めたりなんてしてない、生まれつき金色なの」
クルクルと毛先を巻きながら話す真澄。
「隠そうと思わないのか?」
「うん、思わないよ。まぁ学校のときとかクラスメイトと会うときは隠すけど、それ以外の――趣味仲間とゲーセンで遊ぶときは地毛で行ってるかな。そのほうが人気出るから」
舌をだす真澄。
そうか、彼女はこれを認められているから、隠そうとも思ってないし、コンプレックスだと感じていない。
ただ海斗は、自身の赤い瞳をいいように思っていなかった。だから、隠すほうに、自分を見せないほうへと考えて行った。
「あと、昔ね〈その髪色、綺麗だね〉って褒められたことがあったの。だからこれを隠そうと思わなかったんだよね。私の個性って認められてる」
否定された少年と肯定された少女。
もし環境が違っていれば、この立場は逆になっていたのかもしれない。
運命は残酷だ。
「…………」
時間が多少過ぎて、海斗の顔と腹部の傷は多少回復していた。このまま居座ってもいいが、それだといつ男が襲ってくるかもわからない。
少しは癒せているのならば今移動するのが大事だろう、とカルミアは予想した。
「さて、海斗を休める場所に連れて行きたいのだが……家は知ってるか?」
真澄は首を横に振った。
「知らない。彼、ほんとうに友達とか作っていなかったから」
「そうか。困ったなぁ」
自分一人であれば山の中とかでなんとかなるけど、海斗の場合そういうわけにはいかない。どうにかこうにか彼を休める場所に送りたいものだが、この世界にあてはない。
どうしたものか……。
「なら、私の家はどう? 今の時間、両親帰ってきてないから少しの時間ぐらい大丈夫だよ」
「いいのか?」
「もちろん!」
真澄の確固たる意志に甘えるしか今は無い。
とりあえず、海斗を完ぺきに傷を癒せるまで彼女の家で休ませてもらうことにしよう。
海斗をさっきと同じようにお姫様抱っこをし、真澄の道案内のもと進んだ。




