32話 兄と妹、交渉する
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竜狩り騎士団とその団長ガイルとの模擬戦を終えたレインとルーナは国王アーノインから呼び出しを受け、王の書斎へと招かれていた。
メイドに案内され中に入り、何千冊という程の夥しい数の本が綺麗に本棚に陳列された正に書斎と言っていい一室に横長の机に肘を置き此方を見据えるアーノインに二人は膝を折り、礼を取った。
「まずは見事な戦いであった」
「「有り難き幸せ」」
「うむ、ルーナは単騎で竜狩り騎士団二個中隊に勝利し、レインは見事ガイルを打ち破った。
二人の武勇、しかと見届けさせて貰った」
アーノインが荘厳な声で二人を褒め称える。しかし、顔を下げた二人には見えぬその顔には僅かな緊張の色が見えた。
「二人はこの国最強の男とその部下達を下した。これは誇るものだ、そこで私からお前達に何か褒美を渡したいと思う。 ケルハ、二人に何か褒美を――」
「お言葉ですが陛下、その前に私達の話を聞いて頂けないでしょうか」
「なに?」
国王アーノインの言葉を遮り、レインは自分の話を聞けと言う。本来これは歴然たる不敬、不敬罪として処罰が下る程の重大な罰だ。
しかし、アーノインとケルハは知ってしまった。彼らが自分達の範疇でことを進めれない『化け物』だと言うことを。
その為、アーノインはレインを窘めることが出来ず、ケルハは何か一手を打ってこようとするレインに警戒する様に鋭い視線を向ける。
「陛下、ここは一度話を聞いてはどうですか?」
「うむ、お前がそう言うなら。レイン、許す。続けろ」
「はっ。実は陛下にお願いしたい事がございます」
「願いだと?」
自分達の手に負えない『化け物』からの願い。
一体どんな事を願うというのだと戦々恐々するアーノイン達にレインは一泊置いてから話を続けた。
「はい、陛下達に私達を守る後ろ盾になって欲しいのです」
「は?」
「ですから、陛下と宰相殿。御二方に私達の後ろ盾となって頂きたく思うのです」
「う、後ろ盾…」
レインからの願い、それは自分達の後ろ盾になってもらう事だった。
国家転覆も軽々こなせるだろう者達からのまさかの提案にアーノインとケルハも呆けた顔をしてしまう。
その表情を見たレインはこの発言の真意を二人に話した。
「自分たちで言うのは大変恐縮なのですが、私達は強いです。決してこの世界で最も強い訳ではありません。それは私達がよく知っている事です。しかし、この国では最も強いでしょう」
「う、うむ…」
アーノインはその言葉に酷く共感した。アーノインとしては彼らがこの世界で最も強いと言われても疑わないが、それを彼ら自身が否定した為そこを追求はしなかった。
しかし、その後に続けた言葉は正に今さっき彼の騎士ガイルと話してきた事だった。
彼らの強さは今しがた彼自身が体験したのだ。そこは疑わなかった。
「では、それ程までの力を持つお前達が何故我らに後ろ盾などという助力を得ようとする」
アーノインの試すかのような問いにレインは堂々と確信を持って回答する。
「はい、確かに私達には力があります。しかしその力は『武力』であって『権力』ではありません。私達は平民、それもこの国で生まれた訳でも無い者です。
身分の低い者がその身にそぐわぬ力を持っている、貴族からしたら格好の獲物でしょう。先程述べました通り『権力』を持たない私達はその様な横暴な貴族に歯向う事はままなりません。きっと自分達の配下になれなどと命令してきて拒否したらそれ相応の仕打ちをしてくるでしょう。
そんな者達に対抗するには後ろ盾が必要なのです。それこそ私達に決して手が出せなくなるような強大な後ろ盾が。
そしてこの場合で最も有効的かつ強大な後ろ盾こそ国王陛下、並びに宰相殿、公爵様なのです。
公爵様からは私達が旅に出る前に後ろ盾となって頂くようお願いした所、許可して下さいました」
レインはそれを証明するかのように懐から一本の短剣を取り出した。
丁寧な装飾のあしらわれたそれには公爵家の紋章が描かれ、それが何物なのか表していた。
「どうやら真実のようだな」
アーノインはその短剣を一目見るとそう告げた。
それを見届け、こくりと頷くとレインは再び話を続ける。
「ですから陛下と宰相殿にも是非お願いしたく思い、話させて頂きました」
「分かりました、あなたの聡明さもね。しかしそれをする私達になにか利益があるのですか?」
まるで悪役を演じるかのような嫌味を込めた声で宰相ケルハ・バレンは話しかける。
すると今度は先程まで話を聞いているだけだったルーナがケルハを見やりながら返答した。
「はい、それは最もなご意見です宰相様。ですので私達から一つは提案がございます」
「提案、ですか」
「はい、私達は今後このレイギス王国に如何なる事が有ろうとも敵対しないと誓います。また何かお困りの事があったら私達に相談頂いて結構です。解決の糸口を掴めるよう尽力致すことも誓いましょう。
また、私達はこの国で冒険者登録も致しました。今後は【A】ランク冒険者として世界を旅するつもりです。なので其方の方面でお困りな事がありましたら其方でも微力を尽くしましょう」
それはアーノイン達の願ってもない提案だった。二人は何よりもレインとルーナがこの国に危険を及ぼさないかを恐れていた。
しかしこの提案でその心配は解消され、更には彼らの力に頼る許可も貰えたのだ。それがいかような時に使えるのかわからないがきっとこの国が危機に反した時は力を貸してくれるだろうとアーノイン達は解釈した。
ガイルすら軽く遇う少年と軍隊を個人で殲滅できる少女。その恩恵を得られたレイギス王国更なる発展を得ると二人考えた。
しかし、その妄想は半分裏切られる事になる。
「しかし、今しがた挙げさせて頂きました項目は全て御二方が後ろ盾となって頂いた場合のみの話です。
私も兄も基本暴力を好まないですが其方の貴族様が私達に手を出した場合は全力で抵抗させて頂きます。それこそこの国の地形が変わる位には。
そして最後になりますがこの取決に置いてたった一つだけ御二方の力になれぬ場合があります。
それは私達を軍事利用、又は政治利用する場合です。もしそうなれば私達はこの国に牙を剥くとお考えください」
やられたとアーノインとケルハは思った。この取決は終始レインとルーナが指導権を握っていた。
彼らの持つ力はアーノインとケルハの二人では抑えられぬからそうせざるを得なかった。そんな状況でレインとルーナはあくまで自分達の利益の為の取決を結ぶよう提案したのだ。
一見、自分たちに利益もありそうな提案だが核心にあるのは二人の利益。確かに自分達にも利益はあるが真に欲するものは手に入らない、しかしそれを指摘する訳には行かない、正に詰み。
彼らに拒否権は端から無かったのだ。
今目の前にいる少年と少女はこの国を統治してきた頂点をダシにしたのだ。
数々の善政を敷いた『賢王』とその頭脳である宰相、王国切手の知恵者二人を掌で踊らせた少年と少女に二人は強い畏怖の念を抱いた。
((彼らは本当に『化け物』なのか…))
最強の力と知恵を持った少年と少女にアーノイン達は唯頷く事しか出来なかった。
◇◇◇
「上手く行きましたね。お兄様」
「うん、ルーナも頑張ってくれたしな」
王の書斎を後にし、王宮内を歩くレインとルーナ。
その表情は安堵に満ちていた。
今しがたこの国の頂点二人と取決を結んだレインとルーナは嬉しそうに二人手を繋いでてくてくと歩を進める。
仲の良い兄妹の実に微笑ましい光景に王宮にいる官吏やメイド、執事達は皆頬を緩ませている。
ふとルーナが疑問に感じていたことをレインに尋ねた。
「あの、お兄様」
「ん?どうした?」
「あの時どうしてお兄様だけでお話を進めなかったのですか?こういうのはお兄様の領分ですよね?」
「ん?まぁ、確かにこういった頭を使うのは兄ちゃんの役割だな。でも今回はそれじゃだめだったんだよ」
「?どういう事ですか?」
可愛らしく小首を傾げる仕草をしながら尋ねるルーナにレインは微笑むと、その頭を撫でながら答え合わせをする。
「今回俺一人で話を進めなかったのは俺一人で進めてしまうと俺達が不利になるからなんだ」
「不利ですか」
「仮に俺一人で話を進めていたらあんなに簡単に陛下達は首を縦に降らなかっただろうさ。
俺が敢えてルーナに取決の概要を話させたのはルーナを二人に意識させるためなんだ。
もし、俺だけで話を進めていてルーナは何も喋らなかったとする。そうすると二人はどう思う?」
「え?!えっと…。うーんと…」
首を左右に傾げながらうんうんと唸りながら必死に回答を探すルーナ。
それを優しく見守り、レインはルーナが答えを出すのを待つ。
「あっ!お二人は私には見向きもしないでお兄様だけに集中します!」
「うん、半分正解」
「は、半分ですかー…」
「そう、半分。重要なのはもう半分の方だ。俺だけに意識が向くと自然と俺中心に話が進む。となるとこの話の提案から概要まで全て俺一人が考えたと陛下達は考える。
その場に自分を超える知恵者が一人いるのと二人いるのでは相手の精神的にかなり差があるのさ。
もし俺だけが頭が回るなら俺達と頭脳戦をする場合、俺だけに警戒するだけでいい。でも仮にルーナも俺と同じ様に頭が回るとなると―」
「二人に警戒しないといけなくなる訳ですね」
「そういう事だ。二人いれば一人で考えるより遥かに簡単だからな。それを真に理解している為政者の二人からしたら厄介極まりないってわけだ。
あの時ケルハ宰相は今まで俺が話を進めていたから俺に話を振ったんだよ。だから俺じゃなくてルーナが答えた時にはあの人中々ビックリしてたよ」
「そうだったんですか?」
「あぁ、顔には出ていなかったがな。気配で直ぐにわかったよ。それからの彼は俺達二人に気を配っていたな」
「お兄様はやはり凄いですね」
レインの視野の広さとその思慮深さにルーナは心より感心する。
純粋に自分を褒めるルーナにレインは少し照れくさそうに頬を描くとニカッと笑い、今思いついた提案を口から零した。
「陛下達から色よい返事が貰えた事だし、今日は少し奮発するか。二人にも知らせないといけないしな」
「はい!四人でパーティーしましょう!」
「よし!じゃあ、二人を迎えに行くか」
レインはルーナの頭を撫でていた手を退け、ルーナの手を握り治すと、二人はリカードとイミーナの元を急ぐのであった。




