31話 レインとガイル
王国最強の男 ガイル・リンダインとリカード・ヴァン・ヴェルダイン男爵の友人 レインの模擬戦が今始まろうとしていた。
二人の獲物は相反する様な身の丈程の大剣と細い刀身の木刀。
リーチの差は歴然。ロングレンジの間合いを持つガイルに対しレインはかなり接近しなければ刃が届かない不利な状況。
しかし、レインの顔に浮かんでいるのは僅かな高揚と尊大な期待だけだった。
「俺はルーナの兄としての誇りを胸に」
「俺は国王陛下の剣としての誇りを胸に」
「「いざ!尋常に勝負!!」」
先に動いたのはレイン。持ち前の機動力を生かした踏み込みで一瞬にしてガイルの間合いに入る。
しかし、ガイルも王国最強の男。自身の身の丈ほどの大剣を大きく振りかぶりレインの頭部目掛けて振り下ろす。
鍛え上げられた腕力と剣の自重によって繰り出される一撃は岩をも砕く程の力の圧。
それをレインは真正面から受け止めると、木刀を寝かせ、流れる様に受け流した。
「ほう!まさか俺の一撃を受け止めるとは!やるな、レイン!」
「おんもっ!普通に受けたら腕持ってかれるな!」
剣士は語るより己が剣で語る様に二人はこの一瞬の撃ち合いで互いの力量を理解した。
((強い!!!))
二人の剣士としての腕はほぼ互角。斬っては返し、斬っては返す。留まることない剣舞は時を経つ事に苛烈を極め、遂には二人の剣を交わす音のみが辺りの空間を支配していた。余りに早い二人の太刀筋は最早常人には視認すら出来ず、その場には二人の姿がはっきりと見えているものはルーナ以外誰も存在していなかった。
「ははは!!嘗てここまで俺の剣を受けた者は師匠ただ一人だったぞ!」
「えぇ!それは俺も同じですよ!」
「お前の太刀筋は何処か俺と似ている。お前に剣を教えた師とは一体どの様な御仁だ」
「俺に剣を教えてくれた人は俺の母親です」
「ほぅ!母親か!お前ほどの剣士を育てた方か。是非一度お会いしてみたいものだ!」
「俺もガイルさんの師匠に会ってみたいです!」
「「叶う事なら剣の指南を受けたいものだ!!」」
一撃でも当たれば致命傷は免れないだろう死の旋風の中、互いに笑い合いながら談笑を交わす二人にその場にいるものは形容しがたい何かを感じた。
それが興味なのかはたまた恐怖なのか、それとも違う何かなのか分からないが彼らに向けて感じた物で確かなものはただ一つ。
「彼らは最早『人族』では無いのか…」
王国最強の男 ガイル・リンダイン。
黒髪の少年 レイン。
彼らは『人族』という括りに嵌めるには余りに逸脱しすぎていた。
二人の剣舞は更に加速する。大剣を獲物とするガイルに対し、レインの獲物は木刀。
リーチの差で負けるレインだが手数では小回りの聞くレインが圧倒的に多く、繰り出される連撃は徐々にガイルの硬い防御を削って行った。
しかし、ガイルの得意とするのは攻めではなく受け。
そしてそこからのカウンター。ガイルの肉を切らせて骨を断つ剣技には幾百の剣士を屠ってきた。
それは最早完成尽くされた一つの『剣技』と言っていい程。
それは押しているように見えるレインにも確かにその業の凄みを感じさせていた。
「これでは拉致があかんな。そろそろ使ってもいいんじゃないか?」
「そうですね、ではここからは魔法も使ってやりましょう」
互いに距離を取り合うと二人は魔力を集め始めた。
今までの戦いは言うなれば前座。
二人の実力の一端でしか無い。その事は互いに理解していた二人は自分達に与えられた才能を余すこと無く使う事を決断した。
「【迅雷】!」
「【纏雷】!」
ガイルの【迅雷】による深紅の閃光とレインの【纏雷】による紫電の閃光が交差する。
ガイルとレイン。二人に共通した点はいくつかあった。一つは互いに剣に優れた剣士であったこと。
そしてもうひとつは互いに魔法にもすぐれた魔法士であったこと。
王国最強の男 ガイル・リンダイン。彼が何故王国最強の男なのか。その理由こそが彼の特異性であった。
彼がこの国の騎士団に入団したのは五年前。当時ガイルは王国騎士団の魔法士兵として騎士団に入団していた。
彼は入団して直ぐに頭角を見せ、僅か一年で魔法士団長の座にまで登りつめるほどの優れた魔法士だった。
しかし、神は彼に更なる才能を与えていた。その片鱗が垣間見えたのはガイルが魔法士団長になって一年ほどの月日がたったある日。
他国より剣客として招かれた剣士との模擬戦での事だった。
王国最強の魔法士として名を上げていたガイルに国王アーノインが戯れで剣での模擬戦を命じたのだ。
他国より招かれた剣客も自身の腕とプライド、そして自国の誇りを掛けて戦った。
一度も剣を握ったことの無い素人に剣士の自分が負けるなど考えもしていなかった。
しかし結果はガイルの勝利。数度剣を交えただけで相手の剣を見切り、剣の振り方を覚え、終いには剣客を圧倒してみせた。
相手の剣客はガイルの事を名のある剣士だと思い王に抗議したが、ガイルが一度も剣を握ったことの無い素人だと言うことはアーノインも知っており、その抗議を認めなかったが故、その剣客は剣士としての自信と自国の誇りを踏みにじられる結果となり、足早にレイギス王国をたった。
そう、ガイルに与えられたのは剣と魔法の天賦の才だったのだ。
そして彼は『師』に会い、剣の腕でもこの王国最強の座に上り詰め、剣と魔法を使い分ける無類の戦士としてレイギス国王直属護衛隊長へと至ったのだ。
剣と魔法を操る戦士、後に『魔剣士』と呼ばれる者達の戦いが今始まる。
「【神鳴天雷雨】!」
「【魔風砂塵刃】!」
レインの得意とする雷の『超級魔法』とガイルが放った風の『超級魔法』が互いを飲み込まんとその猛威を振るう。
その猛威の中互いに身体強化を施し雷速を手に入れた剣士が剣を振るう。
二人の戦いは最早模擬戦の域を超えており、それは最早殺し合いと呼ぶに相応しい殺伐とした、そんな熱が篭っていた。
余りにも白熱する試合に国王アーノインも何も言えず只々事の顛末を待つのみ。
ルーナと言えばシアとの模擬戦以来の楽しそうなレインの顔に喜びを覚えながらもその相手が自分じゃないのに少し不満げにしながらもその場にいる人々に危害が加わらぬよう【障壁】を展開していた。
「そろそろ潮時かな…」
ポツリと零したレインの一言は吹き荒れる暴風と轟く雷鳴にかき消され、ガイルは疎か、誰の耳にも届くことは無かった。
「ガイルさん、次で決めます」
「ほぅ、お前にはこの膠着状態を打開する術があるのか」
「えぇ、ではいきます!」
それは一瞬の出来事だった。つい今の今まで目の前にいたレインが突如消えたかと思うとガイルは自身の体が何かに打ち付けられたような衝撃に刈られる。
そして頭部に激しい痛みが流れたかと思うと意識が刈り取られた。
僅かに開いた瞳には左手に木刀を握るレインの姿が写った。
「楽しかったです、ガイルさん」
その一言を最後にガイルは意識を手放した。
◇◇◇
「っ!?」
頭部に鈍い痛みを覚えながらもガイルは目を覚ます。
見上げるとそこは騎士団の団員達の医務室であった。
「俺は…どうなった?」
痛む頭を抑えながらガイルは記憶を辿る。
「俺はレインという少年と模擬戦をしていて…
彼が突如視界から消えてその次には…」
ガイルは自分がレインに最後に攻撃されていた事を思い出し、顔を上げる。
「そうか…。俺は負けたのか…」
国王陛下の剣としての誇りを胸にした王国最強の男は自らの敗北を認めた。
ガイルが感慨に耽っていると突如医務室の扉が開く。
「おぉ、目が覚めた様だな」
「へ、陛下?!」
その先から彼の仕える主人であるアーノインが向かってきた。
ガイルは体を上げ、立ち上がろうとするも体に力が入らず上半身を起こすまでに止まる。
「よせ、無理はするな」
「はっ…」
アーノインはガイルの寝る寝台の隣にある椅子に腰を掛けるとガイルに話を振る。
「して、どうだった。レインという少年は」
「はっきりと申し上げますと、彼は異常です。私には彼の底が見えませんでした。最後の一撃で理解してしまったのです、私は彼に『手加減』されていたのだと」
「お前相手に手加減とな…」
王国最強の男。自らの信頼する騎士が手加減をされていたと知り、アーノインは言葉を詰まらせる。
アーノインの目に写った光景はまるで物語の中の様なものだった。
年端もいかぬ少年が大男に果敢に挑み、見事打ち砕く。物語などでよくある展開が自身の目の前で起こったことにアーノインは戸惑いを隠せなかった。
何せ相手が悪かった。その倒された大男がアーノインの知らぬ唯の大男ならばまだ良かっただろう。
しかし、レインという少年が倒したのは王国最強の男 ガイル・リンダインだったのだ。
それが意味する事は一つ。
「彼一人でもどうやらこの国は滅ぼすのに苦労はせぬ様だな…」
この国最強の男が倒されたのだ。それも手加減されて。
それはこの国にあの少年に対抗する武力がただの一つも無いことを意味していた。
「それに、彼は一人では無い。彼の妹もまた異常であった」
かの少年の妹 ルーナが見せたあの魔法。彼女の前では如何なる軍隊も意味をなさない事をアーノインは痛感した。
「数で押せる相手でなく、個として彼らに対抗する『個』を私達は持っていない。
はぁ…。レリクスめ、全く厄介なものをつれてきてくれた事よ」
アーノインは溜息を隠すことなく吐くとガイルに向き直り軽くその肩を叩いた。
「兎に角、よく戦ってくれた」
「勿体なきお言葉」
「今は良く休め。あの少年達の事は我々に任せておけ。彼らを倒す事は出来ぬとも、友好関係を築く事は可能だ。そちらの方で手を打っていくとする」
「はっ!」
「ではな」
アーノインは立ち上がると外套を翻し、ガイルの元を後にする。
それをガイルは頭を下げ、見送った。
「レインとルーナか…。いずれ師匠に会わせたいものだ」
誰もいなくなった一室でガイルは一人ごちるのであった。




