26話 兄と黒鱗の刀
「改めまして、レインくん。ルーナちゃん。私はリリエッタ・リューグリア。エルフの女王 『妖精王』エルエッタ・エルル・エリシウルの娘。"ハイエルフ"であり、エルフの里の裏切り者。そして貴方達のお母さん『憤怒』のシアのお友達よ」
白金の髪をたなびかせた少女 リリエッタ・リューグリアはレインとルーナに向き合った。
彼女の目に映るのは納得と驚愕の相反する表情を浮かべた少年と少女。
レインとルーナの姿だった。
レインは薄々感ずいていた。目の前の少女から発せられる殺気は自らの叔母 クリスタから発せられたものとほぼ同じだった。
殺気はしっかりと向けられているのに、そこにはレインとルーナを殺すという"意志"を感じられない。それなのに伝わってくるのは息をするのも忘れるほどの死への恐怖。
それこそまさにクリスタがシアに向けたものそっくりだった。
それを感じたレインは目の前の少女が唯の妖精族では無いと確信した。
幼い頃、母親に教えられたエルフとは『精霊』と唯一心を通わせる事が出来る種族で魔法とは異なる異能【精霊魔法】を使う種族だが、他種族を嫌っており、彼らが住む里から出る者はほとんど居ない種族だ。
そんな彼らと同じ種族の少女が人間の王が収める国の王都に居るのだ。
何かしらの訳があるとしか考えられず、人間嫌いのエルフが自分達に干渉するとは思えなかった。
故に目の前の少女はイレギュラーな存在であるとレインは推測していたのだが…
「まさかエルフの女王の娘で里の裏切り者とはね…」
エルフの女王の娘。エルフの里の裏切り者。
思わぬ言葉にレインは最早思考を止め、呆然とした。
「あのー、一ついいですか?」
「ん?何かな?」
レインの傍らに立つルーナがおずおずと右手を上に挙げた。
「リリエッタさんがお母様のお知り合いだとは分かったのですがその、一つ気になる単語がありまして…」
「ふむふむ。何でも聞いてよ。シアの娘だったら大歓迎よ」
ルーナは先程聞いた聞き覚えの無い単語についてを尋ねた。
「"ハイエルフ"って何ですか?」
◇◇◇
妖精族とはこの世界『アスフィア』を創り出した八柱の神【原始種】である『精霊神』の生み出した眷属の一種だ。
『精霊神』とは八柱の神の中で最も、多くのものを生み出した神だ。
植物、生物、精霊。彼らの母は皆『精霊神』である。
その中で最も『母』の寵愛を受けた種族、それが『妖精族』なのだ。
彼らに『精霊神』は二つの能力を与えた。一つが精霊と対話する力。
そしてもう一つが精霊を従える力だ。
本来、八柱の神である【原始種】しか使役出来ない精霊を唯一従える事が出来る種族。
故に彼らの事を神に選ばれた種族として崇める人間もいる。
そしてその中でも種の壁を踏破した者のみが至れる存在。
全ての精霊を思いのままに操る最も精霊に愛された種。
それこそが『上位妖精』。
上位妖精はエルフの中でも極々少数しか存在しないという。
この世界の最も忌むべき最悪の厄災『龍血の狂乱』の起こる以前は多数のハイエルフが存在したとされているがそれ以降、200年間ハイエルフはその数を減らし、その存在は最早伝説の存在とされていた。
「…とまぁ、そんな感じで今いるハイエルフは私を含めて10人程しか居ないんだ。ハイエルフなんて存在君達若い世代は知らなくて当然の過去の遺物って訳」
リリエッタの口から紡がれた真実。
その内容をレインとルーナは噛み締めていた。
「成程ね。あんたのその異常なまでの強さは唯のエルフでは無いからって訳だ」
「まぁ、そういうことかな。まぁ、私の力は仮初のものなんだけどね」
レインの言葉に肯定しながらも自嘲気味に笑みを浮かべるリリエッタ。
「仮初のもの?」
レインとルーナの顔が疑惑の色が浮かぶ。
「うん、私の力は正確には上位妖精の力じゃ無いんだ。上位妖精の力って言うのは精霊の絶対使役権。
精霊には位階が存在して、その最高位【起源の五精霊】っていう殆ど神と同等の存在がいるのだけどそれすらハイエルフは使役出来るんだ」
神と殆ど同等の存在を使役可能という力。
その余りの強大さにレインとルーナは目を剥く。
「でも、私にはそこまでの力が無い。まぁ、正確には無くなったんだけど。なんでわたしが里の裏切り者なんて言ったと思う?」
「まさか…」
レインがぽつりと零す。
「そ、そのまさか。私はその力を奪われたの。私の母にね」
苦笑を浮かべ、自らを貶める様に話すリリエッタ。
「そこまでの事って…、あぁ、そういう事か…」
暫し考える素振りを取ったレインは何かに納得したのか合点がいった様な顔をする。
「レインくんは気づいたみたいだね。ほんとに君は頭が切れる子だ。そう、きっとレインくんが思ってるのと同じ。エルフが他種族を嫌ってるのは知ってるでしょ?
それなのに私は彼女 『憤怒』の友達。まぁ、ここから先は言わなくても分かるよね?」
「お母様と友達になったから…。という訳ですね」
「そう。他種族と交流を持ち、私達エルフを虐殺した『龍』の友となった里の裏切り者。それが私なんだよ」
リリエッタはなんとも言えぬ顔をしながら、そう言った。
◇◇◇
レイギス王国王都"リューグリア"に存在する冒険者ギルトの一室。
そこに『龍』に育てられた少年レインとその妹ルーナ、さらに彼らの母親の友人と自称するこのギルドのギルドマスター リリエッタ・リューグリアの姿がある。
「ふふ、どうやら気になるようだね。私とシアの話」
レインとルーナの正面に存在する少女 リリエッタが微笑みながら二人に問いかける。
二人は互いを見合うとくしゃっと苦笑いを零した。
「まぁ、気にならないって言えば」
「嘘になりますね」
そんな二人にさらに笑みを深めるとリリエッタは口を開いた。
「じゃあ、少し昔話をしようか。っと、その前に…」
リリエッタが指をパチンと鳴らす。
すると三人の戦いで荒れ果てていた部屋がみるみると修復され、家具も元の位置に戻っていった。
リリエッタは三人ほどが並んで掛けられるソファに二人を勧める。
「さて、何処から話そうか。っとこれまたいけない。レインくん、体の調子はどうかな?」
「ん?特に異常はないけど?」
レインは可愛らしく首を傾げ、そう言う。
その仕草に優しい笑みを浮かべながら、リリエッタは「あはは…」と何処か呆れの含む笑いを零した。
「まさか【乱魔】を食らってなんともないとは…。あれだけダメージがあったから君の基礎魔力量はとてつもない量だとは思うのだけど、それでもあれだけの傷を一瞬で治癒するのは不可能なんじゃ…いや、もしかしてあの刀に何か細工があったのかな?」
「あー、さっきの体中の魔力の流れが滅茶苦茶になるあれか。あれすごいよな。どうやったの?」
「いや、質問に質問で返されても…。まぁいいや。さっきのは【乱魔】。【精霊魔法】の一つで精霊の力を使って魔力の流れを乱す魔法の事だよ。本来は魔法を打ち消したり、狂った精霊を鎮める為の魔法なんだけど、生命体に使うと体内の魔力の流れが滅茶苦茶になって体を内側から破壊できるんだ。
まぁ、その分相当の力量のある者しか使えないから実質ハイエルフしか使えないんだけどその危険さからエルフの中では『禁術』とされているんだ。
何で『禁術』なのに私が使えるかはもう説明しなくてもいいよね?」
「ほー、それも【精霊魔法】なのか。凄いな【精霊魔法】って」
「そうですね。実質魔法士殺しの魔法ですもんね。魔法を打ち消すだけでも凄いのに、魔法士は基礎魔力量が多い者しかいませんから、後者の使い方なら簡単に魔法士を殺せますからね」
【精霊魔法】の力の一端に触れた二人は驚愕を覚えた。
「じゃあ、今度私が質問する番ね。さっきの刀。あれは一体なんだったの?」
ルーナがレインの使い魔兼護衛兼自称従者のクロガネを取り込み創り出したあの刀。
ルーナがそれを一振するだけでレインの体に刻まれた無数の傷が忽ち修復した。
あれは一体なんだったのか。リリエッタは疑問に思っていた。
「あれの事?あれは俺の作った魔法道具だよ。名前は決まってなかったから…うーん、そうだなー【黒鱗廻刀】にしよう」
「【黒鱗廻刀】…。その能力って?」
リリエッタが探るように尋ねる。
「あれは特定の条件下でしか使えない。そーいう誓約を付けた。クリス姉が、
「錬金術は本来ただ物を創り出す術じゃなくて、無から有を作り出す、言わば神の御業みたいな物なの。だからそれなりのリスクを背負わなくてはいけない。私からしたら今この世界中にある魔法道具は玩具みたいな物よ。だってそのリスクが何も無いのだから。だからね、レイン。
貴方はしっかりとリスクを負いなさい。それが錬金術の基礎であり真髄。それが強ければ強い程その創り出したものが強力になるんだから」
って言ってたんだ。
あぁ、クリス姉ってのは俺の錬金術の師匠で母さんの妹ね」
「彼女の事は知ってるわ。最も彼女は私の事嫌いらしいけどね」
「そーなの?まぁいいや、それで俺はこの刀に誓約を付けたんだ。それは訳あって言えないんだけど」
レインが一度言葉を切った。
「何で?」
リリエッタがレインに問う。
「それも誓約なんだ。自分ともう一人。その二人しか誓約は分からない様にしたんだ。こうすると更に強い誓約になって力も増すからね。でも能力なら言えるよ」
「ぜひ聞かせて欲しい!あの一瞬で何が起こったのか、私は凄く興味があるな!」
リリエッタがまるで新たな玩具を与えられた子供の様に目を輝かせる。
見た目が幼い少女の様な姿をしているためそれはとても微笑ましい光景だった。
「あの刀の能力は"時間への干渉"、あの刀で切った物の時間を進めたり、戻したり出来るんだ。
ルーナが俺を切った時に起こったのは過去への干渉。俺がリリエッタさんの【乱魔】によって出来た無数の傷を追う前の過去の状態に俺の体を戻したんだ。
例えば木の苗に向かって振るえばその時を進めて成樹まで成長させることも出来るし、動物に振ったらそれを好きな様に成長、退化させられる。
まぁ、あの刀使うのに全基礎魔力の半分が必要でその能力を使うのにさらに魔力の一割は使うからそんな無駄使い出来ないからやらないけど」
時への干渉。それはこの世界の魔法士全てが夢見る幻の魔法【時空魔法】の真髄。
未来予知や過去の改竄。そんな事も可能にしてしまうのだ。
そしてレインはそれに近しい事を行っていた、それは卓越した【精霊魔法】の使い手であるリリエッタですら驚愕を隠せぬ程だった。
「成程。それは私の魔法『輪廻の輪』に似た能力という訳ですね」
「ん?あぁ、確かにそれに似ているけどルーナの『輪廻の輪』は干渉できるのは決められた時間だけだろ?」
「はい、そうですよね、シーちゃん?」
『はい、私と主様の複合魔法『輪廻の輪』の干渉制限は半刻ほどです』
「でも、俺の刀はその制限が無い。根本的に時への干渉の仕方が違うからな。ルーナたちの魔法は絶大な魔力量と魔力制御で巧みに時の流れに干渉するものだけど俺のはただ単に力押しで時の流れに干渉するものだからね。例えるなら針の穴に糸を通すのと針の穴を無理やり大きくして、そこに糸を通す様な感じ。力押しな分、それだけ干渉しえる範囲も大きいんだ」
目の前で当たり前の様に交わされる非常識な議論にリリエッタは最早呆然とする他なかった。




