23話 兄と妹、出発する
お久しぶりです。
一ヶ月感も失踪してごめんなさい!!
「 ふぁーあ」
窓から射し込む朝日に寝ぼけ眼をくしくしと眩しそうに擦る一人の影。
レインはまだ気怠い体を起こすと素早く着替え、魔法で生み出した水で顔を洗うとベットに立て掛けてあった愛刀を掴み、欠伸をしながら部屋を出る。
「お兄様、おはようございます」
部屋から出ると真っ白い髪をゆるりと下ろした見目麗しい少女がこちらに頭を下げている。
「おはよ、ルーナ」
レインは妹のルーナに朝の挨拶を済ます。
「随分と眠そうですね」
「んー?あぁ、慣れない布団だとこうも寝れないものかと思い知らされたな」
たわいもない会話をしながら二人はある場所へ向かう。
二人が向かったのは現在滞在しているヴェルダイン公爵邸の裏庭。
広大な敷地を有するヴェルダイン公爵邸は庭も大きく、中庭は様々な花々で彩られた花園で、その美しさと言ったら他国からこの庭を一目見ようと訪れるものも居る程である。
そして裏庭は沢山の木々に囲まれた小さな森のようになっており、小動物が細々と暮らしているという。
何故レイン達がそこへ向かっておるのかと言うと、レイン達が自分達が鍛錬する場所としてヴェルダイン公爵レリクス・ヴァン・ヴェルダインに裏庭の使用を許可して貰ったからだ。
てくてくと歩を進める二人。途中すれ違う公爵家の使用人の生暖かい視線を受けながら二人は黙々と目的地を目指し歩を進める。
五分ほど歩くと、そこには森に見間違う程大きな裏庭が存在していた。
二人が嘗て生活していたアルクールの森までとは言わぬがそこそこ広いその裏庭をさらに進んでいき、一際開けた場所を見つけた二人はそこで足を止めた。
「まぁ、この辺でいいだろ」
「そうですね、では、いつものやつやりますね」
「おー、よろしくー」
ルーナは【禁断之箱】から一本の杖を取り出す。
片手で操れるような木製の小さなそれには先端に紅く鈍く輝く水晶体とそれを掴む龍の腕の装飾がついている。大元の木は漆黒の樹皮に琥珀の様な結晶が所々存在しており、一件珍妙に見えるが滑らかに研磨されたそれは漆黒の夜空に輝く星々のようで荘厳と形容される程美しい。
ルーナはその杖を緩りと振るった。
明らかに逸品であろうそれはルーナの細く白い腕によく映え、それを振るうルーナはまるで指揮棒を振るう指揮者のよう。
振るわれた杖に魔力が収束される。
「【絶壁】」
収束された魔力はルーナの言葉で魔法として完成する。
魔力が四方に飛び散るように放たれる。
そしてそれはルーナの元へと再び戻ってくると、ルーナを囲うドーム上の魔力壁となった。
「終わりました」
「ん、ありがと」
レインはその魔力壁をコンコンと叩くと満足げに頷いた。
「じゃあ、始めるか」
「はい!!」
ルーナの作りだした魔法結界の両端に二人が立つ。
レインは愛刀である木刀をだらりと垂らした手に握り、自然体と言える格好をしている。
方やルーナは杖を握る腕を前に突きだし、その切先をレインに向け、やや緊張した趣でレインを睨めつける。
緊迫する空気の中、レインが木刀で地面をコツと小突いた。
刹那、ルーナから魔法が放たれる。
放たれたのはルーナの十八番である【弾丸】の改良版、【拡散魔弾】だ。今までの【弾丸】をさらに細かく、小型化し、着弾した瞬間に魔力爆破が起こる弾丸を無数に放つ魔法だ。
レインに向かって無数の魔力の弾丸が降り注ぐ。
弾丸の雨の中、悠々と歩くレインに魔力弾が当たるかかくやという所で魔力弾がカンと硬い音を立てて弾かれる。
レインはまるで街道を歩くかのような歩みをしながら飛んでくる無数の魔力の弾丸を剣で全て弾いていた。
躙り寄るレインに向け、ルーナは新たな魔法を使用する。
「【蒼炎蛇】!!」
ルーナの掲げた杖から蒼い炎が飛び出す。
それは蛇の形をなぞりレインへとその口腔を広げ、レインを食わんと迫るが――
「はっ!!」
気合一閃。
レインの振るった剣により、蒼い炎の蛇は体を真っ二つにされ瞬く間に消滅してしまう。
「【纏雷】」
レインの体を紫電が迸る。
バチッと放電する音がなると、一瞬でレインがルーナへと肉薄する。
「っっ!!【障壁】!!」
咄嗟にルーナも防御魔法を使用するも、一瞬にして超加速したレインの太刀に為す術もなく破られる。
返す刀で追撃したレインの太刀がルーナの頬を軽く斬る。
そこからはあっという間だった。
レインの連撃にルーナは防御魔法と反撃魔法で対抗するが、一太刀くらえばひとたまりもない剣の嵐に徐々に体力が削られて行き、最終的には基礎体力の差でルーナが負け、レインの剣が首筋に寸止めされ、レインの勝利となった。
「はぁー、負けてしまいました」
「いや、さっきの攻防は凄くよかった。発動も瞬時で、的確だったし」
「いえ、ですか最後は押し切られてしまいました。如何に詠唱が早く的確でもそれを維持する体力が無いと駄目ですね…」
しょぼんと小さく萎んだルーナがレインに自傷気にこぼす。
そんなルーナに苦笑しながらも頭を軽く撫でるレインは何処か嬉しげだった。
「お二人共、朝食の御用意が出来ましたよ」
ふと、声の方を見ると、そこにはこの屋敷の娘、イミーナがこちらに手を振っていた。
◇◇◇
大きな長机にずらりと並んだ料理の数々。
そしてそれを囲む幾人かの人々。
レイン達は公爵邸のダイニングルームにやって来ていた。
カチャカチャとナイフと皿が擦れ合う音をたて、皆思い思いに朝食に舌づつみをうっている。
そんな中、イミーナが手を止め、口を開いた。
「そう言えば、先程の戦い、凄かったですね」
「ほぅ、レイン君達の訓練の事かい?」
イミーナの話にその父、レリクスが食いつく。
父の受け答えに、イミーナは先程の訓練の一抹を話した。
「えぇ、私も途中からだったのですが、凄まじかったです。ルーちゃんの魔法の雨とそれを捌くレイン様の剣技。
レイン様が一瞬にしてルーちゃんに近づいてからはあまりにも速すぎて私には何が起きているか分からなかったのですが、とにかく凄まじい攻防でした」
先程の光景を思い出してなのか、頬を上気させて熱弁するイミーナ。
「へぇ、それは私も見てみたかったねぇ」
そんなイミーナを見ながら、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら話を聞くレリクス。
「はぁ、貴方がその場にいたら必ずお二人のお邪魔をしてしまうでしょうに」
その傍らに座っていたレリクスの妻、エレノアが呆れるように顔を顰め、そう言った。
「所で、レリクス様。少しばかりお話があるのですが、宜しいですか?」
「ん?どうしたんだい?レイン君」
急にレインに声を掛けられ訝しむレリクス。
「実は、明日の明朝。ここを発とうと思います」
レインはさらりとそう話した。
突如、和やかな雰囲気が冷たいものに変わる。
「そうか…」
重い口を開きレリクスは呟くように言った。
レイン達はイミーナを筆頭に呼び止められ、当初は直ぐに発つつもりだったのだが三日間もヴェルダイン公爵邸に滞在した。
レインの明るい性格とルーナの物腰の柔らかい態度は直ぐにヴェルダイン公爵邸の人々に馴染み、三日目の今では使用人見習いの者達にまで懇意にされるほどになっている。
当初はレインとルーナを良いように使おうと策謀していたレリクスですら、今や二人のことを我が子の様に思っている程だ。
そんな二人がここを明日発つと言ったのだ。自然と空気が重くもなってしまう。
そんな重い空気を破ったのもまたレインだった。
「俺達は元々はレリクス様にお会いしたら直ぐにここを発つつもりでした。ですがここは余りにも居心地が良すぎます。このままではこれから先もここにお邪魔してしまいそうになる程に。
ですが俺達の目的はこの世界を旅する事。ルーナと二人で話し合った結果、急ですが明日再び旅に出ることにしました」
確固たる意思で話すレインにレリクスは絞り出す様に声を出した。
「……それは何があっても変わらないのだね?」
「はい、二人で話し合った結果ですから」
「そうか…」
がっくりと肩を落とすレリクス。それを優しくエレノアが抱いた。
「まぁ、何だ。出発は明日なんだ。今日はとことんゆっくりして行くといい」
レリクスはふわりと笑うと寂しそうにそう言った。
◇◇◇
その夜、レインとルーナは貸し与えられた部屋でのんびりと自分達の相棒と戯れていた。
レインが優しい手付きでクロガネを撫でていると扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞー」
ガチャりと部屋の扉が開くとそこにはリカードが立っていた。
「レイン。ちょっといいか?」
「ん?どうしたんだ?」
突然のリッカの来訪に首を傾げるレイン。
「私、席外しましょうか?」
何か重い空気を感じたルーナがリッカを気遣う様に声を掛けた。
「いや、君もいてくれ。ルーナ」
しかし、リッカはふるふると力無く首を振った。
ルーナがさっとお茶を出し、それに三人で口を付けるとゆっくりとリッカが口を開いた。
「実は、二人に頼みがあって来たんだ」
「「頼み?」」
一つ間を開けるとリッカは意を決した様に口を開いた。
「俺も連れて行って欲しい」
「「なんで?」」
二人は声を揃えてそう言った。
リカード・ヴァン・ヴェルダインはヴェルダイン公爵家の嫡男として生まれた。
幼い頃から歴史あるヴェルダイン公爵家の当主になるべく様々な稽古をさせられた。
座学や処世術、礼儀作法など年端もいかぬ少年には酷な物も多数あったがそれでもリカードがそれを嫌な顔をせず全てこなしていたのには二つの理由があった。
一つは自身への絶対なる自信だ。
彼は幼い頃から自分の祖父と父の姿をずっと見ていた。
彼らはレイギス王国の公爵として素晴らしい功績を幾度も上げていた。特に前ヴェルダイン公爵であるリカードの祖父ルノアール・ヴァン・ヴェルダインはヴェルダイン公爵家きっての切れ者で彼の力によって止められた戦争は両手で数えられる量を遥かに超えるという。
そして現公爵であるレリクス・ヴァン・ヴェルダインも父親の様にレイギス王国を様々な窮地から救ってきた。
そんな二人の背中を見て育ったリカードはいつか自分が二人のような立派な公爵になる事を疑わなかった。
それこそが彼の強さ。何事にも親身に取り組み、強きを屈し、弱きを助ける貴族としての誇りを胸に不断の努力を積み重ねる強き心。
そしてもう一つが剣の稽古と冒険者への憧れだ。
彼の祖父と父は若かりし頃一時冒険者として活躍していた。
世界を観て回る旅という名目で彼らは家を飛び出し、腕磨きの旅に出たという。
それは二人自身から聞いた話では無く、彼の祖母と母から聞いたものだったが、彼は自らが憧れる祖父と父が歩んだ道を自身も進みたいと思うようになった。
それ以来彼は剣の稽古に邁進した。今までは他の稽古のように努力はしていたが、それからはより剣に打ち込む様になった。
彼は努力と生まれ持っての才能により、同年代では群を抜いた実力を手にしていた。
それにより、彼は更に冒険者への憧れを強くする。
自身の腕一本で生活を賄う冒険者。時に仲間と共闘し、強敵に撃ち負け、それでも剣を振り続ける者達。
そんな者達への強い憧れは日に日に増大して行き、遂には家を飛び出す決意すらしていた。
そんな中彼は初めて死の恐怖を体験した。
襲い来る魔物。次々と為す術も無く無残に命を散らす近衛騎士達。終いには自分が最も信頼する執事すら、死を覚悟し、自分達を護ろうと今、命を散らそうとしている。
絶望。恐怖。何も出来ない無力感。
この世の終わりを覚悟した時に現れたたった一人の自分と歳の同じ少年。
彼の存在がリカードの人生を変えたのだろう。
自分と同じ歳の少年がその場の誰も歯が立たなかった脅威をあっさりと両断する姿。
それは正に自分の憧れる冒険者の様だった。そんな彼にリカードは強い興味を抱いた。自分と同じ歳でありながら異常なまでの強さ。そして弱きを助ける心。
きっと彼は自分の憧れる祖父や父親の様な人間なのだろう。
そうリカードは確信していた。
しかし、話してみればそれはただの自分の想像だった。世間知らずで常識外れ。それでいて少し間の抜けた唯の自分と同じ歳の少年。
そんな少年にリカードは自分と近い何かを感じた。
そして更に現れた少女。
今まで見た誰よりも見目麗しい彼女は少年の妹だと言う。
そしてそんな彼女もとてつもない魔法の才を有していた。
自分と近い歳の異常な強さ持った不思議な兄妹。
彼らにリカードは憧れと友情を抱いていた。
そんな彼らが明日、再び旅に出ると言う。
それを聞いたリカードは「ついて行きたい」とごく自然に思った。
「なるほどね…」
静かにリッカの話を聞いていたレインは腕を組みうーんと唸った。
「俺が二人の足でまといだと言うことは分かっている。しかし、必ず二人の迷惑にはならないと誓う!
頼む!俺も同行させてくれ!」
必死に懇願するリッカにレインは苦虫を噛み潰したような顔をした。
『なぁ、どうしたらいいかな?』
レインはリッカに聞かれぬよう、【念話】の魔法を使い、ルーナに問うた。
『お兄様のお好きな様に』
そんなレインの目を見つめると、まるで全てを見透かしているような優しい微笑みを浮かべながらルーナは返答した。
そんなルーナにレインは苦笑をするとリッカに向き合った。
「俺達の旅に足でまといは要らない」
レインから放たれた拒絶の言葉にリッカは顔を俯かせる。
「だから俺がリッカに剣を教えてやる」
「っっ!!!」
続けられた言葉にリッカはバッと勢いよく顔を上げた。
「俺は優しくないぞ?」
まるで試すかのようなレインの言葉にリッカは強く頷くと
「ありがとう!」
大きな声で返事した。
◇◇◇
まだ朝日が上り切っていない中、ヴェルダイン公爵邸の巨大な門には沢山の人の姿があった。
「レリクス様、エレノア様。お世話になりました」
レインの言葉に従い、レインとルーナが二人に頭を下げる。
「また、何時でも帰ってくるといい。もう此処は君達のもう一つの家なのだからね」
にこやかに微笑みレリクスはそう話した。
その傍らにいたエレノアがレインとルーナをぎゅっと抱きしめた。
「グズッ。ふたりとも、気をつけてね。危なくなったら帰ってくるのよ?」
涙ぐみながらレイン達を強く抱きしめる姿がとても悲壮的だがエレノアの豊満な胸で顔を塞がれ顔を顰める二人のせいで何とも締まらない空気になってしまっていた。
エレノアから開放されたレインとルーナにホーキンスが歩み寄る。
「レイン様、貴方様に助けられたこの命、必ずや有意義に使うと誓います」
「そんな、俺はただ当然な事をしたまでですから」
レインが思いの外重い話に慌てて返答する。
「貴方様はそのような方でしたね」
そんな姿にクスリと笑うと嬉しそうにそう話したと思えば、真面目な顔で腰を90度曲げる美しいお辞儀をしながら頭を下げた。
「坊っちゃまの事、よろしくお願いします」
レインはそれにしっかりと頷いた。
それからも様々な人に別れの挨拶を告げられ、最後のラクサスら近衛騎士達との話が終わると先程から何やら思い詰めたような顔をしているイミーナへと顔を向けた。
「本当に行ってしまわれるのですね…」
「あぁ」
レインの言葉に更に暗い顔になるイミーナ。
そんな彼女にルーナが駆け寄り、ぎゅっと抱きついた。
「ルーちゃん…」
「ミーナさん、決してこれが今生の別れではありません。生きていればいつかまた、会えますよ」
そう言うルーナも何処か寂しげだった。
ルーナの優しい抱擁に今まで感情を塞き止めていた防波堤が崩壊してしまったようにイミーナは目から大粒の涙を零し始めた。
「うぅぅ。離れたく、無いです…。せっかく、私たち…、お友達になれたのに…」
思いの丈をぶちまける様にわんわんと泣きじゃくるイミーナにその場の全ての人がいたたまれなくなる。
そんなイミーナの頭を優しく撫でると、ルーナはレインへと向き合った。
「お兄様」
「ん?」
「私のワガママ。一つ聞いて貰えませんか?」
今まで、余り自身の要求を話してこなかったルーナがたった今それを話した事に全て合点がいったレインは昨日のルーナのように優しく微笑みながら肯定した。
「あの、ミーナさんも連れて行っては駄目ですか?」
「ル、ルーちゃん?」
突然のルーナからの提案にその場にいた全て人が面食らう。
しかし、レインだけはルーナの顔を真っ直ぐ見つめると優しくその頭を撫でた。
「兄ちゃんがルーナのお願いを断るはずが無いだろう?」
「ふふ。やっぱりお兄様は世界一優しいお兄様です」
ルーナは満開の花のような笑顔を見せた。
そうして二人の旅に新たな仲間が加わった。
実は本日もう一話投稿する予定だったのですが、少し修正をしたい点が出来ましたので明日へと延期致します。
申し訳ございません。




