22話 妹、片鱗を見せる
だいぶお待たせしました。
「――という訳です」
「な、成程…」
煌びやかな装飾が施された立派な一間で静かにやり取りを行う二人の男。
方や淡々と説明をする少年とそれを顔を引き攣らせながらそれを聞く男性。
そう、『龍』に育てられた少年、レインとレイギス王国公爵、レリクス・ヴァン・ヴェルダインだ。
レインは自身と妹の境遇を掻い摘んで話した。
しかしそれはレリクスの度肝を抜くものだった。
曰く、自分達はアルクールの森から来たと。
曰く、そこに約十二年間暮らしていたと。
曰く、彼らの魔法、剣術、所作は全て母親に教えられた物だと。
曰く、彼らは昨日、旅に出たと。
曰く、そしてその最中にイミーナ達と遭遇。そして救出。
結果、今ここに居るという。
「つまり君達は特級危険指定区域に十二年間も住んでいたと…」
「いえ、私がお母様に拾われたのはお兄様が二歳の時ですので私は十年だけです」
「嫌、別にそこは重要じゃないのだけど…」
事細かに説明してくれる件の少年の妹ルーナ。
(全く、どんな環境にいればこうも強くなるかと思えばまさかあそことは…。そりゃあ強くもなるというものだ。王国領最も危険な場所。『帰らずの森』にいたとはね…。
ただ、しかし、一つ疑問が残る。彼らを拾った母親とは一体何者なのだ?彼らの話からすると彼らを拾う随分前からそこで暮らしていたと言う。そんな事が可能な人物がいるのか?)
そう、それこそがレリクスの一番の疑問だった。
特級危険指定区域『アルクールの森』。
何故ここが特級危険指定区域に指定されているのか。それはそこに住む魔物、魔獣の強さに由来する。
魔物や魔獣には"ランク"が存在する。そしてアルクール森に生息するそれらの平均ランクはC。
その脅威はたった一体で町を壊滅可能な程。それがそこらかしこに蔓延っているのだ。そして何故そこにそれ程までの魔物や魔獣が集まっているのか。
聞くところによると遥か昔。その森は何の変哲もないただの森だったらしい。しかし、ある日天より傷ついた漆黒の巨大な蛇がそこに降り立ったらしい。
そしてその蛇はその体に出来た無数の傷からその森に血の雨を降らせたという。そしてその血は大地に溶け、その土地にはとても濃い『魔素』が満盈しだしたらしい。それにより強大な魔物や魔獣が蔓延る誰も立入る事の出来ぬ『アルクールの森』が誕生したという。
一種の御伽噺だ。ともあれその森で人間が生活するなど不可能なのだ。しかし彼らは実際にしていたという。にわかには信じ難いが彼の異常さを知ったレリクスはそこに疑いは持たなかった。
故に不信に思ったのは彼らの母親なのだ。
(まぁ、この際彼らの母親とやらはどうでもいいか。なんせ調査しようにもあそこには行けないし、彼らの素性は未だ謎だ。彼らが嘘をついているようには見えないけどその線もある。よって打つ手なし。ならば彼らと友好関係を結んでおく方が此方としては得。二人の友人を利用するのは引き目を感じるが致し方ない。何せそれだけ彼らは異常だからね)
「まぁ、とりあえず今回のアルクールの森からの護衛。ご苦労であった。ここからはその報酬の話し合いと行こうか」
レリクスはすっと背筋を伸ばすと公爵としてのレリクスに戻る。
レインとルーナ、イミーナとリカードも背筋を正すとじっとレリクスの言葉を待った。
「では、まずここまでの護衛費についてだ。今まで特級危険指定区域での護衛など前例がない。故にその相場が不明だ」
そう、レリクスが話すとイミーナとリカードの顔が暗くなる。
二人は如何に自分達が危険な真似をしたのか改めて理解し、それに自分達の部下を付き合わせた事に責任を感じた。全員無事だったならばそれも軽かっただろうが彼らは近衛騎士を少なからず亡くしたのだ。
その罪の重さに自然と顔が青ざめる。
そんな娘達の様子を見かねたレリクスは二人に近寄りその肩に手を置くと優しく語りかけた。
「確かにお前達はずいぶんと危険な真似をした。犠牲も出してしまったようだね。
しかし、彼らは命を賭してお前達を護ったのだ。騎士としての誇りを胸に。ならばそれを無碍にしてはならない。
それこそがお前達を護って死んでいった者への手向けだ。お前達は彼らの分も生きなければならない。例えこれから先再び部下を失う事があっても私達が死んではならない。私達は誰よりも意地汚く生き延びて民を守らなくてはならない。それが『貴族』というものだ」
その言葉を聞いたイミーナとリカードの顔は覚悟に満ちていた。
その顔を見たレリクスは自分の子供の成長に確かな喜びを感じ、また彼らを護り通した自分の部下への誇りを胸いっぱいに感じていた。
そしてそれを見ていたレインとルーナはバツの悪そうに顔を歪めながら二人以外のその場にいた全員を驚愕させる事を言い放った。
「「あのー。亡くなった騎士の皆さん、まだ助かりますよ?」」
「「「「「「「へ?」」」」」」」
◇◇◇
ヴェルダイン公爵邸のある一室に並ぶ一同。
「この部屋ならば魔法は展開されてないから大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
先程レインとルーナが驚愕の一言を放った後、一同は部屋を移していた。
「まさかあの部屋に施されている"記録魔法"に気づくとはね」
「いや、かなり上手に隠蔽されていましたから私も気づくのがやっとでしたよ」
そんなやり取りをするレリクスとルーナ。
何故部屋をわざわざ移したのかと言うとあの部屋には"記録魔法"という魔法が展開されていたからだ。
あの部屋に入った瞬間、ルーナはその部屋の異変を察知していた。
まるで何者かに見られているような感覚に陥ったのだ。
そしてルーナは気づいた。この部屋に魔法が展開されている事に。
それで提案したのだ。「部屋を変更しても宜しいですか?」と。
レリクスは再び驚愕した。この部屋は他国からの使者を通す応接間となっている。その為他国からの牽制が無いか魔法によって映像記録を行い、随時、王へその映像記録を送っているのだ。それによってこのヴェルダイン公爵領では逸早く他国の情報を王に伝達が可能となっている。
そのタネであるこの魔法をルーナは見破ったのだ。この魔法は王国の軍隊の一部の"魔法士団"の団長が施したもので今まで一度も見破られたことは無かった。団長曰く、この魔法に察知出来るものは『魔族』を置いて他に居ないという。
因みにだが、『魔族』とは人間が魔素を過剰摂取し、体の構造が変化した者達を指す。彼らは人間の見た目でありながら体の構造は魔物と同様という異質な存在で忌み嫌われている。そして、人間よりも遥かに魔法に秀でており、人間が魔法では到底太刀打ちの出来ないのでAランクの魔物として認識されている。
その為、『魔族』と『人間』は長年敵対関係である。
閑話休題。
『魔族』で無ければ察知出来ぬ魔法を『人間』でありながら察知しうるルーナにレリクスはルーナがレインの妹だと思い知らされた。
そして魔法の展開されていないこの部屋に部屋を変更したのには理由がある。
それはこれから使用する魔法のせいだ。この魔法はかなりの魔力を使用するのでその余波で記録魔法が崩壊するのを危惧したからだ。
強力な魔法を使用するとその余波で結界魔法が崩壊するという事例は少なくない。その為わざわざ二人は部屋を変更したのだ。
「じゃあ、ここに亡くなった方を並べますね」
そう言うとルーナは【禁断之箱】を使用。中に収納していた亡くなった騎士達の亡骸を並べていく。
「お兄様もお願いします」
「了解」
そして同じようにレインも【禁断之箱】を使用し、騎士達の亡骸を次々と出していく。
実はレインとルーナはこの【禁断之箱】の一部を共有しているのだ。本来そんな事は不可能なのだがルーナが自分とレインの【禁断之箱】内の異空間を魔力により連結し、それをレインが最適化。そして別のタスクとしてその異空間を保存。これによって二人で共通の異空間を制作してのけたのだ。
ルーナの類まれなる魔力制御とレインの処理能力によって可能にした二人の魔法。きっとこんな常識外れな事が出来るのはこの二人だけだろう。
そして目の前で自分達の部下や同僚の亡骸が次々と並べられていく光景に一同は絶句していた。
一同には二人が一つの魔法を共有しているとは理解出来ていない。では何故そこまで驚愕しているのかと言うとそれは二人が"収納魔法"を何の気なしにも無く使用していたからだ。
この世界で収納魔法(正確には空間魔法の一つで"収納魔法"という魔法は存在しないのだが)を使用出来る者がとても少ないからだ。
それを何気なく使用している二人に一同は最早苦笑いであった。
「さて、それでは始めますね」
周りに並べられた十数人のヴェルダイン公爵家近衛騎士の亡骸。
それを中心に床に座り込み胸の前で神に祈るように手を組んだルーナ。
それをじっと見つめる一同。
「なぁ、レイン」
そんな中リカードがレインに声をかけた。
「ん?どうしたんだ?」
「いや、お前が凄い魔法を使えるのは見たから分かるのだがルーナは魔法使えるのか?」
単純な疑問だったのだろう。レインの魔法はこの目で見た。しかし、ルーナの魔法は見ていない。
その為リカードにはレインではなくルーナが魔法を使う姿が想像出来なかった。
しかし、それを聞いたレインはニヤリと笑うと、まるで悪戯をする子供のように嫌らしくリカードに返事をした。
「使えるも何も、ルーナの魔法は俺より上だぞ?」
「え?まじ?」
そしてその場の一同は観た。
白い天使の奇跡を。
「『輪廻の輪』」
◇◇◇
並べられた騎士の死体の中心に座すルーナは意識を集中させていた。
これから使用する魔法はルーナの使用出来うる中で最高難易度の魔法。如何に常識外れの才能を持つルーナであろうと、易々と使用出来るものでは無い。
そんなルーナの服の袖からにょろりと白い蛇が這い出て来た。
「じゃあしーちゃん。お手伝いお願いね」
『お任せ下さい。主様』
這い出て来た白い蛇はルーナの小さな掌にちょこんと乗ると器用に鎌首を折り、御辞儀の様な仕草をする。
それを見ていたルーナはにこりと笑うとその白い蛇"シロガネ"の頭を指で優しく撫でる。
シロガネは頭を撫でられると気持ちよさそうに小さく蜷局を巻き、目を細める。
「さて、それでは始めますね」
ルーナは周りにいる一同へと声をかけた。
ルーナは手を胸の前で祈るように手を組む。シロガネはするりと手から抜け出し、ルーナの服の裾の中へと消えていく。
意識を集中。今から使用する魔法式を脳内で組み立てる。それは様々な式が複雑に絡まり合い格子状の一つの式へと変形する。
その式がルーナの頭に構築された時、ルーナを中心に周りの騎士の亡骸を全て覆う巨大な円状の光り輝く何かが突如浮かび上がった。
それは所謂所の魔法陣。魔法を構築する上で必須な言わば制御装置の様なもの。
ルーナはその類まれなる才能のおかげか殆どの魔法を脳内だけで魔法式の構築、処理が可能だった。
その為本来魔法を使うのに必要な二つの工程を簡略化出来たのだ。
しかし、この規模の魔法では幾らルーナであろうとも脳内だけで構築、処理は不可能。よってルーナはその二つの工程に着手した。
それは魔法陣作成と詠唱。
魔法陣作成は先程述べた通り魔法の制御装置の様なものだ。
そして詠唱とは魔法発動のキーとなる工程。魔法はイメージの力が重要だ。それは脳内だけでは本来足りない。その為詠唱というイメージを言葉にし、より鮮明なものにするというものだ。
本来魔法士は詠唱を行い魔法を発動するのが、偶に才能と努力で詠唱を必要としない魔法士も存在するのだがそんなのはほんの僅か。
故に詠唱とは魔法学の初歩中の初歩なのだ。
(詠唱って、面倒臭いから嫌なんですよね。お兄様も詠唱を面倒臭がって、殆ど詠唱が必要な規模の魔法使いませんし。まぁ、お兄様には剣があるのでそれでいいんですけど)
ルーナはそんな事を考えながらも淡々と魔法陣へと魔力を注ぎ込み、魔法を発動させる為の燃料を蓄積させる。
そして十分に魔力が蓄積させると、一際魔法陣が輝く。
それを確認したルーナは詠唱を開始する。
『廻れ廻れ、輪廻の輪。踊れ踊れ、双尾の龍。己が尾を喰らえ。己が生命を蝕め。己が生命を産みだせ。汝は何ぞ。我は誰ぞ。解無き。問無し。有無し。無有り。廻る廻る、汝と共に。』
ルーナの瞳が縦に割れる。それは何時ぞやのシアの姿と酷似している。
そのルーナが掌を広げるとするりと袖からシロガネが這い出てくる。
ルーナは広げた掌を自身の顔まで近づけ、シロガネにその小さな唇で啄むような口付けをする。
ちゅっと軽い音が鳴ると同時に年端もいかぬ少女のような声と白い天使の声がその場に響いた。
「『【輪廻の輪】』」
それこそが魔法発動の旋律。
魔法陣が光り輝き、そこから巨大な白蛇と黒蛇が出現する。しかし、それらに実体はなく陽炎の様にゆらゆらと怪しく揺らめいている。
それらは兵士の亡骸の周りをぐるぐると踊るように回ると突如、光の泡となり消滅する。
光の泡は兵士一人一人を包み込むように纒わり付くとその体に溶け込むように消滅していく。
そしてその後にはなんの外傷もない健康的な人肌があった。
一人一人と傷が再生していき、光の泡が全て消える頃には全く外傷のない兵士達の姿がそこにはあった。
「ふぅ、外傷、血液量、自我、記憶、全て元通り。全員無事生き返りましたね」
ルーナは額を伝う汗を拭き取ると満足そうにそう言った。
最近、体調を崩しがちです…。
皆様、本当にお気を付けて…。




