21話 兄と妹と初めての"友達"
ごめんなさい。遅くなりました。
「もぉ!お父様!」
「あははー、ごめんねー」
広く煌びやかな装飾の施された部屋に響く少女と若い男性の声。
レイン達はイミーナの勧めでレリクス・ヴァン・ヴェルダイン公爵と面会する筈だったのだが――
「なぁ、リッカ。これはどゆこと?」
「す、すまん。俺にもよく分からん…」
突如、レインとルーナを襲いかかったレリクスとそれを叱りつけるイミーナ。そして、それを傍から呆れたように傍観しているエレノア婦人にてんやわんやのラクサスら近衛騎士達。
そして、それらを呆然と見つめるレイン、ルーナ、リカード。「ふぉっふぉっふぉ」と呑気な笑い声をあげるホーキンス。
その場は正に混沌だった。
◇◇◇
何とかエレノア婦人がその場を収め、レリクスとエレノアが先程腰掛けていたソファーに座る様勧められたレインとルーナはソファに腰を下ろすと、少しレリクスに警戒しながらも対話の姿勢を取った。
その二人の隣にイミーナとリカードも腰を掛ける。大きめのソファーの為、子供4人なら難なく座れるようだ。
「さて、改めて挨拶させてもらおう。私はレイギス王国公爵レリクス・ヴァン・ヴェルダインだ。宜しくね。レインくん。ルーナちゃん」
「私はその妻。エレノア・ヴァン・ヴェルダインよ。宜しくね、二人とも」
レイン達の前に座る男性と女性、レリクス・ヴァン・ヴェルダイン、エレノア・ヴァン・ヴェルダインが口を開く。
レインとルーナは二人の事をじっと見つめると、レインはふぅと息を吐き出し口を開いた。
「それで、公爵様。どうして私達を突然襲うような真似をしたのですか?」
「その前に、『公爵様』は止めてくれないかな。娘達の命の恩人にそんな敬称で呼ばれたくないな」
「成程、では『レリクス様』と呼ばせて頂きます」
「うーん、"様"なんて要らないんだけどなぁ…。 まぁ、いいか」
「それで、どうして私達を襲ったのですか?」
「ん?それはさっき妻が言ったじゃないか。君達が強そうだったから突っかかっただけだよ」
「本当にそれだけですか?」
そのレインの言葉にレリクスの形の整った眉がぴくりと動く。
「それはどういう意味かな?」
少しばかり声を落としてレリクスはレインに問いかけた。
それに臆すること無くレインは自分の憶測を話し出した。
「私が思うにレリクス様は私達を試したのではないですか?私達が本当にリカード達を助けた者なのか。そして、他国からの間者ではないか。を」
レイギス王国で国王の次に権力を持つヴェルダイン公爵家。その公爵家当主を前に傲岸不遜にも公爵に疑いをかける事を言い放ったレイン。一瞬空気が凍りついた。
「レインくん。それは私を公爵家当主と知って言っているのかな?」
レリクスの纏う雰囲気ががらりと変わる。先程までの他者を包み込むような優しい雰囲気から一変。
鋭い剣先の様な他者を刺す威圧的な物に変貌する。
しかし、レインは素知らぬ様子でレリクスの事をじっと見つめるのみ。
先程よりも更に冷たい空気が流れる中、レリクスはレインの瞳をじっと見つめると「ふぅ」と息を吐くと
「ねぇ、レインくん。君は――嫌、君達は一体何者なんだい?」
そう口にした。
「今、私は先程のように能力を使った。【獅子の覇気】という精神系能力だ。これはある程度の精神攻撃耐性を持っていないと抵抗出来ない。仮に耐性能力を持っていたとしてもこの能力を使っている時に相手が耐性能力を使うと私はそれを感知出来るのだ。しかし、先程はそれを感知できなかった。
要するに君達は自身の身体能力だけでこの能力を抵抗したのだ。そんな真似が出来るのはこの王国では竜狩り騎士団長ガイル・リンダインのみだ。つまり君達はガイルと同等かそれ以上の実力を持った者達という事になる。
この王国にそれ程の実力者が居たら私か国王陛下が気づかないわけがない。本当は娘達の命の恩人にこんな事は聞きたくないのだけど…。仕方がない。それほどまでに君達は特殊だからね」
そう一度言葉を切るとレリクスは再びレイン達を威圧すると、声を更に落として問うた。
「君達は一体何者だ?」
レインとルーナの奥底を見極めるとするその瞳は剣の様に鋭く、冷たい。
しかし、その瞳を真っ直ぐと受け止めるレインはルーナの方をちらりと見るとふわりと微笑み口を開こうとする。
「私達は――」
「お父様!!!!」
突如怒気の込められた絶叫が上がる。
その声の方を見るとそこには悲しそうな瞳をしたイミーナがレリクスの事をキッと睨みつけていた。
「イミーナ。私は今レインくん達と話しているんだ。お前は黙っていなさい」
レリクスの低く冷たい声がイミーナにかけられる。
「いいえ、黙りません。レイン様達は私達の命を救った頂いたお方々です。娘達の命を救って頂いた方々にその態度はあんまりではありませんか?」
しかし、それに臆することなくイミーナはレリクスに声をかける。よく見ると手足が震えているのは恐怖の表れだろうか。今まで聞いた事の無い優しい父の身も凍るような冷たい声。それは自分の知らない父の為政者としての一面を垣間見たようでイミーナに大きな恐怖を与えた。
しかしそれでも、イミーナは更にレリクスに食って掛かる。
「私は何故お父様がそれほどまでにレイン様達を危険視するか理解出来ません。レイン様は無償で私達の危機を救ってくれました。ルーナは傷ついた兵を治してくれました。更にここに着くまでずっと馬車の護衛もして頂いたのです。見知らぬ者を助ける方々の何処に危険を感じるのですか!?」
「はぁ。イミーナ。お前は"国"について何も理解していない。この100年間、各国家間の小競り合いは絶えない。つい先日も我が国と帝国の小競り合いがあったばかりだ。故にこの国の領土に入ってきたものについてしっかりと調べる必要がある。そして、彼らは異常だ。もし彼らがこの国を責め落とそうとしたら万が一にもそれが成功してしまうほどの異常な強さだ。きっと国の中で今最も強いのはこの2人だ。あのガイルをもってしてもこの2人には勝てないだろう。彼らがもしこの国に不利益を齎すならば私は彼らを止めなくてはならない。それこそ命を賭してね。ならばそんな事をしないと断言出来るまで彼らの事を知る必要があるだろう。違わないかい?」
まるで聞き分けの無い子供に言い聞かせる様に優しく声をかけるレリクス。
しかし、イミーナはレリクスの方を見るとしっかりとした口調で話を続ける。
「ええ、それについては理解できます。"国"とは民の居場所です。それを脅かそうとする者が現れたならそれに対処する必要があるでしょう。しかし、お父様。今お父様が行われているのは話し合いではなくて詰問ではありませんか」
「何?」
「レイン様達は元々私達を救って頂いた御礼にここへお招きしたのです。そして、お父様にお会いして頂いて護衛の報酬などの話し合いをする為に私がこの部屋までお呼びしました。なのにお父様と言ったら一方的に話を進め、レイン様達の正体を暴きだし、あわよくば手駒にしようとお考えでは無いのですか!?」
レリクスの表情が微かに歪む。しかし、それも一瞬の事で直ぐに端整な顔付きへと戻る。
「へぇー。いつもは私に口出しなどしないイミーナがそこまで言うとは。何か彼らに弱みでも握られているのかい?」
嫌らしく笑いながら嘲るかのようにイミーナを煽るレリクス。
イミーナは先程までの緊迫した表情から一変。ふわりとした優しい笑顔を見せるとレリクスに語りかけるように話した。
「ふふふ。弱みなんて握られてませんわ。第一私達は出会って一日しかおりません。確かにお互いの事を沢山話しましたが弱みなんてお互い晒してませんわ」
「ふむ。それなら何故そこまでして彼らを守ろうとするのかな?」
純粋な疑問なのかレリクスは何気なくそう話す。そんな父親の疑問に答えるようにイミーナはハッキリとした物言いで返答した。
「"友達"。ですから」
凛とした綺麗な声色は緊迫した空気によく反響した。イミーナの答えにレリクスは少し考えるように塞ぎ込むと、先程までの他者を刺す威圧的な雰囲気を和らげいつもの他者を包み込むような優しい雰囲気へと戻った。
「"友達"か。漸く心を許せる"友"と呼べる相手が出来たんだね…」
「ええ。この二人は私にとっての―」
「嫌、俺たちにとってのだよ。姉上」
レリクスとレインのやり取りから一度も声を発していなかったリカードもイミーナに続いて答えた。
「そうか…。二人にとってのか…。」
レリクスは再び考え込むように塞ぎ込む。しかし、そこには何とも言えぬ安心した感情が芽生えているようだった。
そんなレリクスの背にそっと手を添え、顔を覗き込むエレノア。
「貴方…。もう、いいでしょう…」
「あぁ…。そうだね…」
レリクスは先程とは打って変わったとても優しい表情でレインとルーナに向かって顔を向ける。
「レインくん。すまなかった。強大な力を持った何者かわからない者を招き入れ、ここだけでなく王国まで危険に晒す事は出来なかった。理解してくれとは言わないが謝罪させて欲しい…」
申し訳なさそうに頭を下げ、そう話すレリクス。
レイン達はその様子をじっと見ているとレリクスに顔を上げるよう促した。
「お顔を上げてください。私達は余り人間の常識というものを知りませんが、レリクス様が行った行為は正しいものだったと思います。なので謝罪など不要です。あぁ、それと私達が何者かは元々話すつもりでしたのでお気になさらす」
「へ?」
自分が何者かは不用意に明かすのはこの世界では危険な行為だ。名のある貴族なら身に危険が及んだり、媚びへつらう者も現れるし、立場の弱いものなら良いように使われるだけだ。なのになんの気兼ねもなく自分たちの素性を話すと言ったレインに思わず間抜けな声を上げてしまうレリクス。
それを見ていたイミーナとリカードは自分の父親の唖然とした姿を見てクスリと笑った。
「お父様。こういう方ですよ。レイン様は」
「あぁ。常に俺達の予想を裏切るからな、こいつは」
「おいおい。なんで俺が責められてるんだよ」
「ふふふ」
「ルーナぁ?何笑ってんの?」
「いいえ、なんでもありませんよ」
友達同士の軽いやり取りを始めたレイン達を見てレリクスはふわりと笑みを浮かべた。
(あんな自然な二人の笑顔は久しぶりに見たな。よかった…。この二人には感謝しなくてはいけないな)
「レインくん。ルーナちゃん」
佇まいを正したレリクスは凛とした声でレインとルーナの名を呼んだ。
その声に反応してレイン達はレリクスの方を向く。
それを確認したレリクスは頭を下げるとはっきりとした口調で話した。
「これからも二人のことをよろしく頼む。二人の友達として」
その声を聞いたレインとルーナは元気よく
「「はい!!」」
と返事をした。




