14話 『龍』と『竜』
「まさか、こんな反応させるなんて思ってなかったわ」
そう口にしたシアは苦笑しつつも、目をキラキラと輝かせるレインの顔を嬉しそうに見つめていた。
「私はお兄さまのその果てなき好奇心が少し怖いですぅ…」
対するルーナは純粋に母親が伝説の生物である『龍』だった事に驚愕していた。
「ルーナは思わなかったのか?母さんが人間じゃ無いって?」
そんなルーナの様子もつゆ知らず、レインは自分の世界へと意識を潜り込ませながらもルーナに対し、核心をつく質問をした。
その質問はルーナにとっても思い当たる節が存在するものだった。
小さな頃からシアがレインに剣や魔法を教える所を見てきた。そんなシアが規格外なのは幼いルーナにも分かった。それ程までにルーナから見てシアは規格外だった。故に自分の母親がもしかしたら『人間』という種族では無い可能性をルーナは心の隅で感じ取っていた。
しかし、見た目は完全に人間の女性だ。それ故、ルーナはシアが『龍』である事に気づく事は無かった。……いや、本当は気づいていても気付かぬふりをしていただけかもしれない――
兎にも角にもルーナはレインの質問に的確な答えを見出すことは出来ず、困ったように顔を歪めるしか他無かった。
そんなルーナの表情を見、少し困った顔をしたシアは爛々と目を輝かすレインへと目を向けると苦笑しながら声をかけた。
「まぁまぁ、私が何となく『人間』では無いのを感じ取っていた事はこの際どうでもいいじゃないの。
だって、実際に『人間』じゃなかったんだし。それよりも二人は私に聞きたいことがあるんじゃないかしら?」
そう口にしたシアにバッと音が鳴りそうな勢いで顔を向けたレインは体を大きく乗り出すとシアにぶつけるかのような勢いで顔をシアに近づけながら捲し立てるように口を開いた。
「えっとさ、母さんが龍なのは分かったけど母さんの姿って人間じゃない?どうしてそんな姿してるの?それに『龍』って大っきい蛇みたいなやつでしょ?それなのに母さんが龍化した時の姿はまるで魔物の竜みたいな姿してた。『龍』と『竜』は別の種族じゃないの?」
レインに二つの質問をされたシアはその返答を暫し考えるとこちらに聞き耳を立てているルーナにもしっかりと聞こえる様に話し出した。
「そうね、まず私のこの姿についてね。私のこの姿は人間の姿を真似して変化させてるのよ。要するに擬態ってやつ。私の本当の姿はレインの言う大きな蛇みたいな姿よ。何でこの姿をしているのかはこの姿の方が何かと楽なのよ。
だって、体大きいと居られるところが限られるでしょ?だからこの姿の方が楽って訳。他にも体洗ったり、何か作業したりする時に楽だしね。まぁ、何より元の体じゃ二人のことをギューって出来ないから!!――」
そう言うとシアはレインとルーナに抱きつき二人に頬擦りをしだした。
グリグリグリグリ
何とも幸せそうなシアの顔とは裏腹に顰めっ面のレインと恥ずかしそうなルーナは自分達へと頬擦りする
母親を無理矢理引き剥がすと話の続きを強引に促した。
名残惜しそうに二人を抱き解くと頬をぷくりと膨らませながらレインをジトーっと睨み、クスリと一度苦笑すると話の続きを話し始めた。
「それと『龍』についてね。確かにレインの言う通り『龍』と呼称させる生物は巨大な蛇のような体をしているわ。でも、高位の龍までになるとそうではないの。そもそも『龍』という種族は人間と同じ様に知性を持った生物。要するに知的生命体なのよ。
それは魔物や魔獣とは掛け離れた存在。本来、多少しか知性を持たない魔物や魔獣はその種から逸脱することは無いわ。しかし、はるか昔魔物でありながら高みを目指し、神にまで至った魔物がいたの。
それこそが『龍』。私たちはその個体を『始龍』や、『神龍』なんて読んでいるわ。そして神に至った始龍は自らの眷属を生み出したの。自身のように魔物でありながら知性を持つ生命体を。それが私たち『龍』って訳」
シアの話を一文字も聞き逃すものかと耳を済ませていたレインはふと首を傾げる。
「でもさ、それが『竜』と関係あるの?『龍』のルーツは分かったよ。でも、肝心な所が分からない。『龍』と『竜』の関係性が」
囃し立てるように話すレインにシアは苦笑すると、「今から話すから」と優しく口にすると二人に向き合い再び話し始めた。
「さて、『龍』について学んだ所でここからは『龍』と『竜』の関係性ね。さっき話の腰を折ってしまったけど、龍には位階が存在するの。まず、先程話した始龍。まぁ、ここでは『神竜』としましょうか。そして神龍が自らの手で生み出した七体の眷属達。『七つの首』。
古より生き続ける巨龍。
『古龍』。
最も多い個体。
『大龍』。
まだ年若い若輩者。
『初龍』。
そして生まれたばかりの個体。
『子龍』。この六位に分類されるの。そして、この下に『龍』と違い神龍によって生み出された眷属でありながら知性を持たなかった出来損ない。『亜龍』。そう、それこそが貴方達の言う『竜』って奴よ」
突きつけられた真実はレインとルーナを驚愕させた。
何故なら『竜』が『龍』と同種などにわかには信じられなかったからだ。数ある歴史書にも『龍』とは生ける天災。人間の手には負えぬ怪物。そして『竜』は巨大な魔物で、人間を好み食らう。知性はなく、ただ殺戮をするだけのバケモノ。そう書かれている。
見た目は多少なりとも似たり寄ったりだが、種としての格が違うのだ。方や天災。方や規格外ではあるが人間の手に負えない訳では無い。
言うなれば獅子と蟻を比べている様なものだ。そんなもの同士。誰が同じ種族と思うか。
シアの発言は正に『竜』という生物の根底を覆すものだった。
あまりの衝撃にポカンとしている我が子を見て思わず苦笑すると、シアはパチンと手を打ち二人の意識を覚醒させる。
その目の焦点がしっかりと自身に合うのを確認し、話の続き始める。
「さて、これで『龍』と『竜』の関係性を話し終わった訳だけどここからが本題よ。」
その言葉を聞いてレインとルーナはすっと背筋を伸ばす。
その仕草に優しい笑みを浮かべるとシアは口を開いた。
「『龍』と『竜』が同じ種族と分かった今、二人なら簡単に答えに辿り着くと思うけど、私が龍化した時の姿についてね。まず『竜』が何故あんな姿をしているかについてだけど、それは至極簡単な話なのよ。
それはあの身体でなければならなかったからなの。
私達龍は体内に存在する"龍因子"を魔力へと変換させることが出来るの。そしてその変換された魔力で自分の体の周りに風の魔法を起こし、それによって飛行を可能にしているの。
しかし、それが『竜』には不可能だった。何故なら『竜』には龍因子が存在しないの。何故同種なのに龍因子が存在しないのかは分からない。本来は神竜の体内を巡る物質だから、出来損ないにはそれが譲渡されなかったのか分からないけれど、兎に角『竜』には龍因子が存在しないのよ。
だから半永久機関である龍因子を魔力に変換できないがために自身の魔力が切れてしまったら奴らは飛ぶことが出来なくなってしまう。
そのために自身の体で飛行を補う器官が必要だった。
そして奴らの体には翼が生えたという訳。それが『龍』と『竜』の体の違いね。そして私が龍化した時の姿を思い出してみて。
私にも翼が生えていたでしょ?そこから推測できることは一つ――」
「――より高位な存在である『龍』なら『竜』の体を模倣する事も可能――ってことか」
「ふふ、せいかーい」
レインの返答に満足げに頷くシア。
「じゃあ、お母さまが龍化して翼を生やした理由も『竜』に翼が生えた理由と同じ訳ですか?」
「またまた、だいせいかーい」
二人の我が子の聡明さに嬉しげに頬を緩めるシアは二人の目を見据えて話の続きを始める。
「私が龍化した時に変形させた部位は三箇所。『龍の眼』、それと『龍の鋭爪』、そして『竜の大翼』。龍化すると頭に角が生えるのに意味は無いのだけど何故か生えちゃうのよ。
あと、無条件に全身を龍鱗で覆われるのも。でも、龍化した時に変形させた部位にはしっかりとそれぞれメリットがあるの。
まず『龍の眼』は魔力の流れを見るとこができるの。レインとルーナには普段から見えてる様だけど、あれは本来人間では視認できないのよ?」
「「えっ、そうなの(ですか)?」」
普段当たり前の様に出来ていたことが他のものには不可能とか言われキョトンとする二人。
そんな二人を呆れた目で見たシアは溜息を一つつくともう何度目か分からない口を再び動かす。
「まぁ、何故あなた達には視認可能なのか謎だけど一先ずは置いといて。
次に『龍の鋭爪』はそのままね。人の体のまま龍本来の力で腕を振るえるようになるの。更に指先の爪での攻撃が可能になるわ。
そして最後は『竜の大翼』。まぁ、さっきルーナが言ったように人の体での飛行を可能にするの。まぁ、私なら魔法を使って空を飛べるのだけど、如何せん翼使った方が燃費がいいからね。
まぁ、そんな訳で私が龍化した時に『竜』と同じ姿になれた理由と龍化で変化させた部位についての説明でした」
話終わると同時にシアは「さて」と手を打ち鳴らすとさらなる質問が無いかレインとルーナに促す。
二人はその言葉に首を横に振ることで肯定を示すとシアが話した事全てを脳に留めるためゆっくりと深呼吸し、伸ばしていた背筋を緩ませる。
その仕草に随分沢山話してしまったものだと今更ながら理解したシアもその疲れを隠すことなく座っていたソファに背を預ける。
三人してだらーりとゆったりとした時間を過ごしているとふと、レインが気が付いたことをシアに向かって口にした。
「ねぇ、母さん」
「ん?どうしたの?」
「その、一つ気になったんだけど……」
そこで言葉を区切り本当に聞いていいことか逡巡したレインだが意を決して質問の続きを話した。
「……母さんはどの位階なの?」
レインの質問を受け小さく「やっぱり、そうなるわよねぇ…」と少し面倒そうに顔を歪めるとシアはゆっくりと口を開こうとし―――
――――「それは私が答えてあげるよ、レインくん」
それはここには居ない鈴の音の様に透き通る女の声だった。




