12話 少年の涙と母親の葛藤
少し長めです。
途中からシア視点になります。
重い瞼を開けるとそこには木造の天井。
体を起こそうにも四肢に力が入らず起き上がることすらできない。
それでも体を無理やり起こそうとしたレインは突然目眩に襲われる。
「あっ!お兄さま目が覚めたんですか!?ちょっと駄目ですよ!まだ寝てなきゃ!」
聞き覚えのある少女の声に目を向けるとそこには自分の寝ているベットの横に置かれた椅子に座り本を片手にこちらに声をかける妹。
ルーナが椅子から立ち上がりあたふたしているのが目に映った。
「ルーナ?ここ何処?俺、どうなったの?」
未だ覚醒状態でない脳で必死に今の状況を整理するも追い付かず少しばかり混乱しているレイン。
そんな様子に少し安心したのかレインがどうなったのか事の経緯をルーナはゆっくりと噛み砕くように説明し始めた。
言わずもがな模擬戦の結果はシアの勝利だった。レインは一発でほぼ全ての魔力を消費してしまう大技【月光雨】を使用した為、自身の【魔法障壁】が発動しなかったのだ。故にシアの攻撃を防ぐことが出来ず結果腹に刀による刺突を食らってしまった。そして出血多量と魔力切れを起こし、そのまま気を失ってしまったのだ。
しかし、審判を行っていたルーナの迅速かつ適切な治癒魔法により傷はしっかりと塞がり、レインの腹には綺麗さっぱり刀による刺傷は消えていた。そして、治療が終わっても尚意識の戻らないレインを抱えこの部屋のベットまで連れていき寝かせたようだった。
しかし、失った魔力と血液は元に戻らない為、中々意識が回復せず結果レインが目を覚ましたのは模擬戦から三日が経った頃だった。
◇◇◇
ルーナの説明をじっと聞いていたレインは思わずぐっと唇を噛む。きつく紡がれた唇から赤い鮮血が口元を伝う。
そして長い沈黙の中でゆっくりと重い口を開くと噛み殺したような霞んだ声で呟いた。
「そっか…。俺、負けたのか…」
「お兄さま…」
今まで見たことの無い兄の心底悔しそうな、そして苦しそうな顔を見たルーナはふわりと立ち上がるとベットに座るレインを優しく抱きしめた。
「お兄さまがとっても頑張りました。ルーナはずっとお兄さまの戦う姿を見ていました。激しい剣技の応酬と互いに打ち合う魔法の雨。
その中でお兄さまは常に最善の一手を打ち続けました。そんな事は普通の人では出来ません。それに最後に見せたあの魔法。お兄さまの姿が変わった時はとってもびっくりしました。けれど、私は何よりお兄さまが私を選んでくれたのが嬉しかったのです。そしてあの月光の雨。あの魔法はとっても美しかったです。私が見てきた何よりもとっても…。
まるで私とお兄さまを見ているようで心が踊りました。いつか私もあんな魔法を使えるようになりたいです。あの試合はとても凄かった。確かにお兄さまはお母さまに負けてしまいました。
ですが、負けたならもう一度戦えばいいじゃないですか。そして完膚なきまでに叩きのめしてしまうのです。だから…。」
ルーナは一度言葉を切るとまるで母親が子供を慰める様な優しく暖かい声でゆっくりと。ゆっくりと。
レインを見つめ微笑みながら再度口を開いた。
「お兄さま…。今は泣いていいんですよ?ルーナにかっこ悪いとこいっぱい見せてください。ルーナの前では無理しなくていいのです。だって、そんなかっこ悪いお兄さまの事もルーナは大好きなんですから」
「っ!?」
悔しかった。
初めて自分の全力を持ってしてでも勝てなかった。
この魔法を使えば勝てるという自信があった。
これなら自分でも天才に近づけると思った。
でも、違った。
そんなものはただの小さな少年の小さな夢でしかなかった。
現実はそんなに甘くなかった。
そして何より…。
最後まで戦えなかったのが悔しかった…。
最後に現実を受け入れられなかった…。
あの魔法が防がれる可能性もあったのに…。
実際に防がれたらそれを認めることが出来なかった…。
自分の力を過信してそれによって負けた…。
それが何よりも悔しくて…。
悔しくて…
くやしくて…
くやじくて…
ぐやじくて…
ぐやじぐで…………
………気がついたら目からポロポロと涙が流れていた。
それに気づいたら無性に悲しくなって…。
「うわぁぁぁぁぁぁぁんんん!!!」
レインはルーナにしがみつき大粒の涙を流していた。
みっともなく涙と鼻水で顔をグチャグチャにして声が枯れるまで泣き続けた。
そんなレインを優しく抱きしめ背中を擦りながらルーナもほろりと一粒の涙を零した。
窓から見える小さな庭には二匹の小鳥が肩を寄せ合いながら花壇の花を眺めている姿が見えた。
◇◇◇
「はぁ…。どうしたものかしら…」
日が落ち草木や森の魔獣達も眠りについた頃私は自室でため息をついていた。
何故なら子供達に私の秘密を話すか悩んでいたからだ。
今日はレインと模擬戦をやってから三日後。私がレインにあんなことをしてしまってから早三日も経ってしまったのだ。あの時の私は本当にどうかしてた。自分の子供相手に本気になって龍化までもして。今考えればあの時の私はもしかしたら舞い上がっていたのかもしれない。いや、実際に舞い上がっていたのだろう。
まさかレインが潜在的に龍化を身につけていたからだ。あの魔法。あれは龍化では無いが原理は多分同じだろう。体内の魔力を変異させ自分を構成する遺伝子を強制的に組み替える。それにより本来かかっているリミッターを強制的に解除させる。それを魔力を以てしたか龍因子を以てしたかの差だけだ。
しかし、あれは本当に驚いた。確かに原理としては可能だか実際に出来るわけがない。それ程までに高度かつハイリスクなのだ。何せ遺伝子の強制的組み替えだ。それはとんでのなく体への負担がかかる。言うなれば炎を一瞬で水へと変化させるようなものなのだ。使用時には身体中を食い尽くされる様な激痛が走るだろう。物質を全く別の物質に変化させる。しかもそれを生きた生物で行う。全くもって常軌を逸している。それをあの子は成し遂げたのだ。そんな子供の成長を喜ばない母親はいない。
しかし、そのせいでレインだけでなくルーナにも私の本当の姿がばれてしまった。
「はぁ…。本当にどうしよう…」
いっそのこと二人に本当の事を話してしまおうか。どうやら私が本当の母親では無いという事は知っているようだし。どうせいつか話さなくてはならないなら今がそのいつかなのではないか。
「まぁ、悩んでいても仕方が無いわね」
そう思うと私はいつもの日課に移ることにした。
私は夜寝静まった頃、毎日子供達の寝顔を見に行くのだ。これが一日の疲れを吹き飛ばす特効薬となっている。今日までルーナのところには行っていたけれどもレインのところには行けていなかったのだ。
何故ならレインをあんな姿にしてしまったのは他でもない私自身だからだ。だからどうしても罪悪感で見に行けなかった。その結果、レインの看病も全てルーナに任せてしまった。
「ほんと、母親失格ね」
自嘲気味につい言葉が出てしまった。こんな母親の頼みでも嫌な顔一つせず受け入れてくれたルーナには本当に感謝しかない。それにこの事を話した時少し辛そうな顔をしていたからきっと私の気持ちを理解してくれたのだろう。本当にいい子に育ったものだ。
そんなことを考えているとレインの寝ている部屋についた。
本当は今日も来るつもりはなかったのだが、今日の夕方。ルーナからレインが目を覚ましたと言われたのだ。すぐさま見に行きたかったのだかいざ部屋の扉の前までくるとなんと声をかけていいか分からず結局引き返してしまった。しかし、この時間帯ならレインも寝ている頃だと思うし寝顔だけでも見たかったのだ。なんせ三日間も顔は疎か寝顔すら見ていない。そろそろ私の方が限界であった。ルーナの寝顔も可愛いのだか特別レインの寝顔は可愛い。よくルーナとお昼寝中のレインの寝顔を見てニヤニヤしたものだ。そんな顔も三日も見れていないのである。明らかに私は欲求不満だった。
この部屋は本当はレインの部屋ではない。レイン自身の部屋もちゃんとあるのだが庭が見えるこの部屋の方がレインも寛げるだろうというルーナの提案によりいつもは私がお昼寝する部屋にレインを寝かせていたのだ。
ゆっくりと部屋の扉を開けるとそこには二つの可愛い寝顔。
「あらあら、うふふ」
そこには仲良さそうにくっついてスースーと寝息をたてるレインとルーナの姿があった。
よく見るとルーナの服が少しばかり濡れている。それにレインの目も少し腫れぼったいように見える。きっとレインがルーナに抱きつきながら泣いたのだろう。ほんとうは自分がやる役割をルーナにやられて少し嫉妬しそうになったがレインを拒んだのは私自身なのでそれはお門違いだろう。
私はゆっくりと二人に近づくとベットの側に屈んで二人の頭を優しく撫でた。
お兄ちゃんのレイン。
しっかり者で頑張り屋さん。ルーナの事をとっても大切に思っていていつもルーナの心配をしている。一見大人びているけれど実はまだまだ子供で新しい魔法を発見すると目をキラキラさせてそれに熱中してしまう。そのため他のことを忘れちゃうのが偶に傷かな。剣も魔法も出来て凄いけど器用貧乏になると分かっていてあの魔法を作り出したと聞いた時はびっくりした。この年でその事に気づくなんて頭がいいとかそんなレベルじゃないわね。とっても優しい子で誰かのために自分を犠牲にしてまで助けてあげれるこの子はきっと将来いい男になるわ。妹思いのいいお兄ちゃん。これからもルーナのことよろしくね。
妹のルーナ。
お兄ちゃんのレインが大好き。ただ大好きすぎて偶に目が女になっているのは少し心配。お母さん、近親相関は認めませんからね!するなら私も混ぜて親子丼にしなさい!魔法の才能は正に天才。この子なら世界最強の魔法士になる事も夢じゃないわね。でも、自分の実力が分かってないのか少し自信なさげだからもっと自信を持ってくれるとお母さんは嬉しいな。この子も優しいいい子で気配りの良さはお母さんも目を見張るものがあるわ。もし、レインが今日みたいに落ち込んでいたらその時も支えてあげてね。
この子達は私の宝物だわ。何が何でもこの子達だけは守ってみせる。あの時の繰り返しになったとしても。
「大好きよ。私の愛しい子供達」
私は二人の額に軽くキスをした。この子達の寝顔を見ていたら決心が付いた。明日本当の事を話しましょう。もし、それで二人に嫌われたとしてもそれは今まで隠してきた私への罰。それは甘んじて受けるとするわ。
決意が固まった私を祝福するかのように窓の外には満天の星空が広がっていた。




