48話 マリーのお願い
今回もお楽しみください。
とん、てん、かん。
俺は一人で黙々と作業し、新しく切り出した板を柱に釘で打ち付けて、壁を直していた。
あの二人に挟まれてバチバチやられているより、よっぽど精神的に落ち着くなぁ……なんてぼんやり考えていると、背後からひたひたという上品な足音が近づいてくる。
振り返ると、そこには冷ややかな視線を向けてくるマリーが立っていた。
彼女の白い手には、冷えた飲み物と簡単な差し入れが乗ったお盆が握られている。
「順調ですの?」
「あぁ、見た目が多少雑でいいならすぐに終わるよ」
「いいえ、いい加減な仕事は許しませんことよ、ちゃんと綺麗に直してくださいまし?」
どうやら、まだあの壁の件はお怒りのようだ。
まあ、彼女にとっての大切な隠れ処を木端微塵にしたのだから当然か。
……よし、今このタイミングで謝っておいたほうが良さそうだな。
「あのさ、さっきは色々とうるさくして悪かったよ」
不意を突かれたせいか、マリーは少しだけ目を丸くして驚いていた。
「……謝罪ですか? 別に、わたくしに謝る必要はありませんわ。まぁ、まさかあの二人とそこまで進展があるなんて、思ってもみませんでしたけれど」
「はは……」
苦笑いを浮かべる俺に、マリーは少しだけトーンを落として問いかけてくる。
「それで、お聞きしますけれど……結局のところ、どちらを選ぶんですの?」
「まだ決まってない……というか、俺自身、これからどうしたいのか自分でも全く分かってないんだ。だから、今は二人にも少し待ってくれって伝えてあるんだけどさ」
「……ライルも、なかなか大変ですわね」
そう言って、ふっと視線を逸らし、ほんの小さな沈黙が落ちた。
……そういえば、マリーは俺のことを一体どう思っているんだろう。
結婚の話なんていつの間にか流れたままだし、そもそも子供の頃の昔の約束なんて、大人になれば忘れるのが普通だ。
マリーもただふざけて、前のアピール合戦に乗っかっていただけかもしれない。
で、今回二人に囲まれてガチなアピール合戦をしているのを見て、さっき少しだけイラッとしていたのだ。
……いや、それは単に呆れていたからか?
「どうかしましたの?」
「おわっ!?」
考え事に没頭していると、いつの間にか目の前にマリーの顔があった。
長いまつげに縁取られた大きな瞳が、すぐ間近でじっとこちらを見つめている。
ふわっと上品でいい香りが鼻をくすぐり、思わず心臓が変な跳ね方をした。
「い、いや、ちょっと考え事をしててさ」
「そうですの? 妙な顔をして、相変わらず変なライルですわね」
「あはは……」
おいおい、俺は何を考えているんだ。
つい先日、セラとノエルに「考える時間が欲しい」と言ったばかりだというのに、別の女の子にこんなドキドキしてしまうなんてどうかしている。
そもそも俺の中では、マリーは昔馴染みであって、恋愛対象や結婚相手からは除外しているはずだ。
第一、彼女はいいところのお嬢様だし、望めばもっと立派なお見合い相手だっていくらでもいるのだから。
これ以上、無駄に女性関係で頭を悩ませるのだけは絶対に避けなければならない——そう心の中で強く自分に言い聞かせる俺だった。
「ところで——明日も休日ですわよね、空いてますの?」
「ん、ああ、特に予定はないけど……どうして?」
俺が首を傾げると、マリーは申し訳なさそうに小さく息をついた。
「最近ちょっと疲れが溜まっておりまして、気分転換に少しばかり付き合って頂きたくて……ほら、以前『お礼をしたい』と言ったとき、あの二人にあんな風に邪魔されてしまったじゃありませんか」
「あぁ、秘密基地に行くって最初に約束した日のことか」
「そうですわ! だから今度こそ、ライルとお出掛け……といいますか、今回はどうしてもライルでないといけない事情がありまして」
俺でないといけない事情?
なんだそれ。まさか、マリーの家の過酷な力仕事に人手が必要だから駆り出されるわけじゃないよな……?
「まぁ、予定は全然空いてるぞ。この落ち着ける場所を俺がぶっ壊しちまったし、マリーには色々迷惑かけちゃったしな」
「ふふ、わかっているならよろしいですわ。でしたら明日、私の家まで迎えに来てくださらない?」
「了解だ」
「では明日、お待ちしてますわ。あ、そうそう……服装は、動きやすい格好でいらしてくださいましね」
動きやすい格好、か。
ということは、やっぱり実家の農作業か、あるいはまた重い荷物でも運ばされるのだろうか。
そんな不安を少しだけ覚えつつ、俺は翌日、彼女の家へ向かうことになったのだった。
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動きやすい格好ということで、汚れてもいい服を着てきた。
冒険者だった頃の愛用服だ。
流石にデートに着ていくにはまったくもって忍びないけれど、動きやすいし通気性も抜群だ。肉体労働をするのにはもってこいだろう。
そんなことを考えながらマリーの家へとやってくると、何やら門の前からただならぬ大声が聞こえてきた。
「いーやーでーすーわーっ!」
「ダメですお嬢様、何度駄々を捏ねられようとも、絶対に認めません!」
一つはマリーの聞き慣れた声、そしてもう一つは、やけにキリッとした凛々しい女性の声。どこかで聞いたことがある声だ。
そこにいたのは、情熱的な紅い髪を綺麗にまとめ、メイド服をピシッと着こなした眼鏡の女性。マリーの家で働く古株のメイド、マルタさんだった。
懐かしい
一体、門の前で何をやっているんだ?
「ライル!」
俺の姿を見かけるなり、マリーはわっと駆け寄ってくると、背中に隠れるようにして身を固くした。
二人のピリついた空気の間に挟まれた俺は、とりあえず当たり障りなく挨拶を飛ばす。
「マルタさん、お久しぶりです」
「あらライル様、こんにちは……と言いたいところですが、どうかその暴走しているお嬢様を止めていただけませんか?」
「いや、一体何の状況か全然掴めないんですけど、どうかしたんですか?」
俺が首を傾げると、マリーがスカートの裾を掴みながら不満げに言った。
「山へ行って、狩りをしてみたいんですの! それなのにマルタがどうしても許してくださらないんですわ!」
「狩りだって!?」
俺は思わず仰天した。
って、よく見ればマリーの持ち物がやけに物々しい。
どうりで背中にくっつかれた時、なんかやけに重たいと思ったんだよな。体重じゃなくて本当に良かった。
彼女の身体には、駆け出しの女冒険者がつけるような動きやすい防具を身に付けており、武具を二つほど携えている。
……恐らく、もう一つは俺用に持ってきたものに違いない。
「おわかりいただけましたでしょうか、ライル様。ということで、お嬢様をこちらへ」
「あぁ、なるほど……」
面倒くさいし、ここはマルタさんに引き渡そう。
そう思った瞬間だった。
「なんでですの、ライルは快く了承してくださるって言いましたのに!」
「は?」
おい、なに勝手なことを言っているんだこのお嬢様は。
まるで、俺が事前にOKを出していたかのような言い草じゃないか。
「ほう……?」
マルタさんの眼鏡の奥の目が、スッと冷たく細められた。
「貴方がお嬢様を外へ連れ出し、さらにはそんな危険な真似をそそのかしたと……。帰郷なさって早々に、お嬢様に変な虫がついたようですね」
「待ってくれマルタさん、完全な誤解だ!」
弁解する間もなく、俺の顔めがけて鋭い手刀が風を切って飛んできた。
「おわっ!?」
「ほう……すんでのところで避けるとは、やはり冒険者をやってただけありますね。ではこれはどうでしょうか」
「うっ……こ、これは……!」
攻撃を手で受け止める。
ていうか、力強すぎるだろこれ!
日頃からどれだけハードな鍛錬を積んでいるんだ、この戦闘狂のメイドさんは。
「若輩者ながら言わせてもらいますが……これ、あまり人に向けるモノではないかと!」
「いいえ、お嬢様を害そうとする不埒な輩を排除するため、今こそこの拳を使うに相応しいときですわ! はぁっ——!」
ビシッ、ドガッ!
容赦ない蹴撃が繰り出される。
徒手空拳、対人戦闘用に完全に洗練されたその技は、マリーを後ろにかばいながらでは避けるだけでも一苦労だ。
そもそも、なんで俺が久しぶりの再会に近い人から命の危機にさらされているんだよ!
「がんばれですわ、ライル!」
「お前が言うなっ!」
さっきから必死に違う誤解だと叫んでいるのに、戦闘モードに突入したメイドさんはもう止まらない。この家の人たちはどこの戦闘民族なんだ。
このままでは拉致が開かない。
一度彼女を落ち着かせるために、何か手を打たなくては――はっ、そうだ!
「な、なにをやっているんですのライル……ひゃぁぁっ!?」
俺は咄嗟に、マリーの体をグイッと引き寄せて自分の盾にした。
その瞬間、マルタさんの繰り出そうとした必殺の拳がピタリと止まる。
「目の良さが命取りですよ!」
「なっ、卑怯な……っ!?」
隙が出来たマルタさんの足元へ鋭い足払いを放つ。
バランスを崩したマルタさんが派手に足を取られ、地面に崩れ落ちた。
バタン。
「スミマセン、大丈夫ですか……」
そう手を差し伸べようとした矢先
背後からマリーが信じられないほどの怪力で俺の腕を力強く引っ張った。
「今ですわっ、逃げますよ!」
「ちょ、おまっ」
そういえば、扉を蹴破って俺を起こしに来たっけ。
魔力操作が自然と出来る子で、このお嬢様はやけに力が強かったんだった。
バランスを崩した俺を力任せに引っ張って走るくらい、容易いことだったな……。
「って、ちょっと待てぇぇぇーーッ!?」
ここで踏みとどまってマルタさんに謝罪しても良かったのだが、背後から鬼のような形相でこちらを睨みつけてくるマルタさんの視線が怖すぎて、足が勝手に逃げる方へと進んでしまったのだった。
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