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47話 出禁

今回もお楽しみください。

 あの夜からしばらく、穏やかな日々を過ごしていた。


 朝になれば起きる。

 顔を洗って、飯を食って、教会へと向かう。

 その日の依頼を受けて、必要なら村の外へ出て、夕方には戻ってくる。


 そんな、ごく当たり前の生活。

 これが俺の求めていたスローライフなのかもしれない。


 ……まぁ。

 それは村では、の話なのだが。


「ライルくーん♪」

「うおっ……せ、セラか」


 週末、いつものように秘密基地へ向かった俺を待つのは、満面の笑みを浮かべたセラだった。

 扉を開けた瞬間、こちらへ駆け寄ってきたかと思えば、そのまま腕に抱きついてくる。


「今日は一週間ぶりだねぇ」

「いや、村では普通に毎日会ってるだろ」

「でも、ここで会うのは一週間ぶりだよ?」

「まぁ……そうだけど、近いんだよ」

「そうかなぁ?」


 そう言いながら、セラは俺の腕に頬を寄せてくる。

 ……わざとらしい。

 俺がどうしていいか分からず固まっていると、今度は反対側から声が飛んできた。


「ちょっとセラ、離れなさいよ!」

「んー?」


 ノエルがこちらへ歩いてくると、セラの腕を俺から引き剥がす。


「ライルは物じゃないのよ?」

「でも、まだどっちとも決まってないんだから、アピールするのは自由じゃない?」

「アピール……ですの?」


 そこで、奥から不思議そうな声がした。

 振り返ると、そこには首を傾げたマリーが立っていた。

 どうやら、今来たところらしい。

 俺たち三人を見比べながら、何が起こっているのか分からないといった顔をしている。


「ああ、マリー。ちょうどいいところに来たわね」

「ちょうどいいところ、ですの?」


 ノエルが何か言うより先に、セラがにこにこと笑いながら説明を始めた。


「実はね、私とノエルちゃんでライルくんへのアピール合戦をしてるんだよ♪」

「ほう……?」


 マリーが、ゆっくりと俺を見る。


「……ライル、どういうことですの?」

「いやまぁ、前に色々あってさ……なんていうのかな」

「分かってないのに参加しているんですの?」

「いや、そうじゃない。むしろ参加させられてるっていうのかな」

「失礼ね、私たちはちゃんとライルに選ぶ時間をあげてるじゃない!」


 ノエルが横から口を挟み、セラが補足する。


「ただし、その間に何もしないとは一言も言ってないけど」


 その発言に、マリーの視線がノエルへ移った。

 それからセラ。最後に、もう一度俺を見る。


「つまり……ライルが、お二人のどちらを選ぶかを決めるまで、お二人で競っている……ということですの?」

「そういうこと♪」

「概ね合ってるわ」

「概ねってなんだよ」


 俺が突っ込むと、隣ではセラが楽しそうに笑っていた。


「私は結構いいと思うけどなぁ。だってライルくん、優柔不断だし。色目で落としちゃえばいいと思うんだ♪」

「おい、策がバレてるぞ……はぁ」


 俺が優柔不断だからだろうか。

 いやしかし、そんな簡単に女性を選ぶべきではない。人には理性というものがあってだな。


 そんな俺たちのやり取りを、少し離れたところでマリーが眺めていた。

 いつものように微笑んでいるようにも見えるけれど


「……仲間外れ、ですわね」


 ぽつりと、小さな声を漏らした。

 二人には届かなかったらしく、俺だけがたまたま聞き取った。


「……マリー?」

「なんでもありませんわ」


 すぐに笑顔を作って、マリーは首を横に振る。

 その表情はいつもと変わらないが、ほんの一瞬だけ見えた寂しそうな顔が、妙に頭に残った。


「それよりさ、今日は何をする?」


 セラが、ぱんっと手を叩く。


「そうね……」


 ノエルが考えるように顎へ指を当てた。

 そして、何かを思い出したように鞄へ手を伸ばす。


「そうだわ。今日はこれを持ってきたの」

「ん?」


 取り出されたのは、布で丁寧に包まれた小さな籠だった。

 蓋を開けると、甘い香りがふわりと鼻をくすぐる。


「お菓子?」

「ええ。昨日の夜に焼いたの」


 籠の中には、綺麗に焼き上げられた小さな焼き菓子が並んでいた。

 見た目も悪くない。

 というか、普通に美味そうだ。


 セラが覗き込む。


「へぇ……ノエルちゃん、これ全部作ったの?」

「そうだけど?」

「ライルくんのために?」

「……っ、違うわよ! お店に出してみたらどうかなって、試作で持ってきたのよ」

「違うの? アピールするには良い材料なのに」

「た、確かに! ライル、食べなさい!」

「そう言われて食えるかよ!?」


 セラが楽しそうに笑っている。


「ふふっ、じゃあライルくん。食べてみて?」

「せっかく作ったんだから、感想くらい聞かせなさいよ」


 そしてノエルが焼き菓子を一つ、俺の前へ差し出す。


「……じゃあ、いただきます」


 一口かじると、外側はさくっとしていて、中はほどよく柔らかい。

 素直に美味かった。


「うまい」

「……ほんと?」

「ああ。かなり美味い」

「そ、そう……」


 ノエルがそっぽを向く。

 けれど、口元だけは少し嬉しそうだった。


「よかったねぇ、ノエルちゃん♪」

「うるさいわね」

「じゃあ次、私も!」

「何が?」


 セラが俺の隣へ座る。

 そして、ぐっと距離を詰めてきた。


「私、今日ライルくんのために紅茶を持ってきたんだよ」

「お前もかよ」

「もちろん♪」


 そう言って、セラが水筒を掲げる。


「甘いものには紅茶でしょ?」

「……まぁ、確かに」

「ほらほら、飲んでみて」


 差し出されたカップを受け取る。

 香りを嗅いでみると、ほんのり甘い匂いがした。


「どう?」

「うん、美味い」

「えへへ」


 セラが嬉しそうに笑う。

 その横で、マリーが腕を組んでじっとこちらを見ていた。


「えっと……マリーさん?」

「……なんですの?」

「あ、いえなんでも」


 ヤバイ、ちょっとお怒りかもしれない。

 彼女はこんな場所でイチャつくなと言わんばかりの目を向けている。

 だがしかし、ノエルは新しい焼き菓子を俺の皿へ置いた。


「こっちも食べて」

「え“っ、まだ食うの?」

「食べられるでしょ?」

「食べられるけど……」

「じゃあ食べなさい」


 有無を言わせない。

 その直後、セラが俺の肩へ頭を乗せた。


「じゃあ私は、こうしてるね♪」

「なんでそうなるんだよ」

「アピールだよ?」

「あ、あのさぁ……」


 ノエルがセラを睨む。


「そういう露骨なのは禁止!」

「なんで?」

「なんでもよ!」


 ノエルがセラを剥がそうと、ズカズカと近寄る。


「ちょっとセラ、重いし近い!」

「別にいいでしょ~? ほらほら、よいではないか~♪」

「嫌がってるわよ、見てみなさいよこの顔!」

「え、俺は……その、まぁ」


 そんなことよりも、俺はマリーが気掛かりだった。

 眉を寄せ、怪訝そうな表情でこちらを伺っている。

 いや、俺も大変なんだって……頼むから俺を挟んで喧嘩はやめてくれ。どっちの味方もできないし、胃が痛くなる。


 押し問答になり、お互いに一歩も引かない。

 二人の言い争いが次第に熱を帯び、セラが俺の腕を、ノエルがセラの肩を引っ張る形で激しく揉み合いになった。


「ちょっと、引っ張らないでよ!」

「そっちこそ離れなさい!」

「おい、二人とも落ち着けって!」


 俺が慌ててその場を仲裁しようと割って入った、その瞬間。


 ——ガタッ! メリメリッ……!


「「「あっ……」」」


 勢い余った三人分の体重がそのまま秘密基地の端へ傾き、古びた壁板へ激突した。

 乾いた異音とともに、ぽっかりと大きな穴が空く。

 風が吹き抜け、外の景色が丸見えになった。


「……あ」


 静寂が訪れた。

 三人揃って、ぽっかりと空いた大穴と、外に転がり出た木屑を呆然と見つめる。


「はぁ……」


 ……ヤバイ。

 冷ややかな、けれどこの世の終わりみたいな低い溜息が降ってきた。

 恐る恐る振り返ると、そこには眉間をピクピクと怒らせたマリーが立っていた。

 上品で整った彼女の顔が、怒りで綺麗な形に歪んでいる。


「……あなたたち」

「ま、マリーちゃん……?」

「これは、その、不可抗力というか、物理の法則といいますか……」


 言い訳を絞り出す俺の頭を飛び越え、マリーはツカツカと穴の前に歩み寄り、冷ややかな視線を浴びせた。


「まったく……ここは私も、週末の静かなひとときを優雅にくつろぐために、最もお気に入りの隠れ処だと思っておりましたのに」

「ご、ごめんなさいマリーちゃん……調子に乗りすぎましたぁ……」

「そ、そうね……ちょっと弾みで——」

「言い訳は無用ですわ!」


 ビシッとマリーの人差し指が二人に突きつけられる。お嬢様口調がキリッと冴え渡る。


「人の憩いの場をこのような有様に変えておいて、反省の色が見えませんことよ! 二人とも、今週の出入りは禁止ですわ!」

「「えぇーーっ!?」」


 厳しい処罰に、二人は驚く。


「当然ですわ! お静かに頭を冷やしなさいませ!」

「はい……」

「分かりました……」


 普段は冷静なマリーの容赦ないお説教に、セラもノエルもしょんぼりとうなだれる。

 よし、二人ともお説教で済んだな。これで安心だ。

 俺はそっと解散の流れに乗ろうとしたが、そうは問屋が卸さなかった。


「——そして、ライル」

「げっ、俺ですか……?」


 真っ直ぐ向けられたマリーの視線から、逃げ場はなかった。


「この惨状を招いた最大の元凶は、紛れもなく優柔不断で事態を泥沼化させたあなたですわよね?」

「はい、まったくその通りでございます……」

「でしたら、この壊れた壁の修繕作業は、すべてあなたの責任において完璧に直していただきますわ。文句は言わせませんことよ」

「ええっ、俺一人で……!?」

「当たり前ですわ、男の子ですもの」


 そんな悲しい現実に、俺はその場で頭を抱えてしまった。


面白い、続きが見たい!思った方は評価、ブクマ、リアクションもよろしくお願いします。

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