49話 狩りの準備
今回もお楽しみください。
マリーに連れてこられたのは、山と森の中間あたりにある鬱蒼とした茂みだった。
そこを強引にかき分け、ようやく開けた空間に出る。
「はぁ、はぁ……全く、俺はいったい何をやっているんだか……」
「昨日言いましたじゃありませんの。自業自得ですわよ」
「ちゃんと説明しろよ……」
などと呆れながらボヤいてみせるが、こうして連れ出してしまった以上はもう言うだけ野暮というものだ。
「で、なんでまた急に狩りなんてしたいと思ったんだよ?」
「ずっと、冒険者というお仕事に興味がありましたの!」
いや、狩りなんてうちの村なら教会に行って依頼書を見れば、誰でも簡単に受けられるものなのに。
そもそも、冒険者といってもやっていることは一般人の生活と大して変わらない。
魔物を相手に戦うこともあれば、小間使いのような手助けを頼まれることだってある。
依頼の内容なんて、文字通り千差万別だ。
でも、彼女は由緒ある宿屋の娘だ。
依頼を出す側の人間であっても、実際に依頼を受ける側の感覚なんて分からないのだろう。
そんなお嬢様の世間知らずな一面に、俺は思わずクスリと苦笑を零してから、安全のために一つ提案した。
「じゃあ、出発する前にまずは簡単な訓練だ」
「訓練……ですの?」
「あぁ。万が一、山の中で魔物や野生の獣に出くわしたとき、最低限自分の身を守れるようにするためにな」
都合のいいことに、彼女は武器を持参している。
せっかくなので、基礎的な扱い方を教えておくのが良さそうだ。
俺が狩りを全てこなしても良いが、それだとマリーは納得しないだろう。
遠回りこそ近道ってやつだ。
……まぁ、本音はマリーがケガをするのを恐れているのだが。
「いいですわね、やってやりますわ!」
そんな俺の心配とは裏腹に、マリーは目を輝かせてやる気満々に返事をした。
「それで、武器なんて普段から持ったことあるのか?」
「いえ、そんなこと一度もありませんわ」
きっと、武器さえあれば何とかなるという軽い気持ちで引っ張り出してきたのだろう。
「そうか。まぁ、武器自体はあった方が当然いいんだけどさ、今のマリーだと、下手に持たない方がいいかもしれない」
「どうしてですの?」
「その、お前のバカ力だよ」
俺が率直に指摘すると、彼女はきょとんと小首を傾げた。
どうやら本人はまったく自覚していないらしいので、分かりやすく教えてやる。
「頑丈な木の扉を蹴破ったり、俺の腕を力任せに引っ張って走ったり、普通の女の子が出来ない事するだろ」
「も、もしかして私……下品ですのっ!?」
「いや、そういうわけじゃ……」
顔を真っ青にして両手で口を抑えるマリー。
いや、下品ではないが……というか、女の子に対してそれを肯定するのも気が引ける。
不憫で少し申し訳なくなってきたので、慌てて言葉を濁して否定した。
「そうじゃない。きっと無意識のうちに、体内で魔力を込めて身体を強化する方法を自然と身につけてるんだ。何か、身に覚えはないか?」
「覚えと言われましえても……あ、でも、マルタに護身術だと言われて、色々と叩き込まれたりはしましたわね」
「いや、それだよ原因は……」
納得の出所を突き止め、俺は心の中で深く頷く。
そうだよな、普通の人間が自然とそんな離れ業を身につけられるわけがない。
だったら話は早い。俺はすぐに対策を切り替えることにした。
「だったら手っ取り早い。一回、その辺の木を素手で思いっきり殴ってみてくれ」
「お安い御用ですわ!」
そう言って、マリーは迷いなく一歩踏み出し、ドスンッと全身の力を込めて木の幹を素手で殴りつけた。
流石に木が折れることはなかったが、鈍い音とともにしっかりと拳の跡がめり込んでいる。
「ほう、やっぱりすごいな」
「ふふっ、淑女の嗜みですわ♪」
どう考えても淑女にあるまじき物騒な嗜みなんだが。
確認したところで、彼女にメイスを手渡した。
「じゃあ次は、これで同じ木をさっきみたいに叩いてみな」
マリーは言われた通り、メイスの両端を握りしめて木を叩いたが、先ほど素手で殴った時よりも、明らかに木の凹みが浅い。
「あれ、ですわ?」
「気付かなかったかもしれないけどさっきは魔力が乗っていたから威力が出たけど、今のの一撃にはそれが乗ってないから威力が小さくなってるんだ」
俺は簡単な理屈を説明する。
例えば、普通の素手の威力が五だとすると、無意識に魔力を込めた打撃は二十に跳ね上がる。
そして、武器自体の威力が十だとすると、そこに魔力をきちんと込めれば、掛け算式で四十近い攻撃力になる。そんな仕組みだ。
もちろん、杖で魔術を扱った時も同様だ。
「なるほどですわ……」
「じゃあ早速だが、今度はそのメイスに自分の魔力を意識して込めてみろ」
「いきなりですの?」
「大丈夫だ、難しく考えず、その武器を自分の身体の一部だと思って、手のひらから気を流すように集中してみるんだ」
マリーは真剣な面持ちでうなずくと、俺の指示通りに目を閉じて呼吸を整え始めた。
なんだか、急に先生役みたいなことをしているな。
彼女が眉間にしわを寄せ、あれこれと頭をひねりながら試行錯誤を繰り返している姿を見ていると、爺さんに仕込まれた修行の日々や、冒険者を始めたばかりの頃に先輩から教わった記憶がふと蘇ってくる。
こうして誰かに何かを教えるのも、案外悪くないかもしれない。
「あっ……もしかして、これですの!?」
不意に、マリーが目を見開いて声を上げた。
さすがというか何というか、彼女は驚くほど飲み込みが早い。
目を凝らしてよく見てみると、彼女が握るメイスの金属部分を覆うように、うっすらと青白い光の揺らぎが立ち込めている。
微量ながら、確実に魔力が込められている証拠だった。
「いい感じだ、そのままその木にメイスをぶつけてみろ」
「はいですわ!」
掛け声とともに、マリーが渾身の一撃を木へと振り下ろす。
バキッ!と、乾いた派手な音が響いた。
先ほどの打撃と比べ、魔力を纏った一撃は威力を発揮し、木の幹がちゃんとへし折れてくれた。
ちゃんと一回で自分のものにしてしまうなんて大したセンスだ。
初心者なら普通、武器の扱いに気を取られて魔力が途中で霧散してしまうというのに。
「やりましたわライル!」
成功した嬉しさのあまり、マリーはそのまま勢いよく俺の胸へと飛び込んできた。
ふわっと柔らかい感触と、上品で甘い香りが一気に鼻腔をくすぐる。
「——うおっ!?」
予想外のハプニングに、心臓が跳ね上がった。
当然だ、こんな至近距離で女の子に抱きつかれるんだから。
そういやマリーって良い身体してんな。
身体は引き締まっていて、妙に女の子らしい柔らかさもあるもんだから……いやいや、酒場のエロ親父みたいな事を考えるな。
「分かったよ、すごいすごい。だからちょっと離れろって」
「もう、せっかく成功したんですから、もっと褒めてくれてもいいじゃありませんこと?」
そう言って不満そうにふっと頬を膨らませるマリー。
……今の俺は先生だ。先生が生徒に手を出すなんてあってはならないのだ。
不覚にも可愛いと思ったのは秘密だが。
「はぁ……とにかく、基礎の魔力操作は合格だ。それじゃあ……」
「では次は、あの剣を使いたいですわ!」
マリーがキラキラと目を輝かせながら指を差す。
腰に下げていたもう一つの武具、本物の「剣」を指さした。
「いや、それは絶対にダメだ」
「どうしてですの? せっかく用意してきたのですから、剣も試してみたいですわ!」
「ダメなもんはダメだ、これは俺が扱う。刃物は扱いが危ないってのもあるけど、一番は魔物を斬ったときに血が飛び散ってマリーの服が汚れちまうだろ」
「そんなの、汚れたら洗えばいいじゃありませんの」
「そういう問題じゃないんだよ」
帰った時に、血塗れのマリーを見たら屋敷の人はどう思うだろうか。
両親はびっくりするだろうし、マルタさんはショックのあまり気絶してしまうかもしれない。
まぁ川で洗濯という手もあるが、脱がせるのも忍びない……というか、これは絶対ダメだ。
「いーやーでーすーわー!」
だが、本人はすっかりその気になっていて、剣を振り回したくて仕方のない様子。
こちらは怒られる未来が見えてしまって気が気じゃないというのに。
「いやいや危ないから」
「でも使いたいのですわ!」
「ダメだって!」
「ケチですわね!」
「あーケチな男だよ、ノエルの家の廃棄をたくさん貰って食を繋いでるくらいにはな」
と、森の中でしばらく子供の喧嘩のような押し問答を繰り広げる羽目に。
どうにかか剣を諦めさせるまで、なかなかの労力が必要だった。
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