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45話 出口

今回もお楽しみください。

 少し離れた場所で、そのやり取りを見下ろす影があった。


「……ほっほ。ようやく、言葉にしたか」


 トレントは、ゆっくりと目を細めた。

 その足元——いや、根の間から小さな気配がいくつも顔を出す。


『ねえねえ、あれでいいの?』

『もう迷ってないの?』

『まだぐるぐるしてる匂い、するよ?』


 囁くような、軽い声たち。

 目には見えないが、彼らは森の精霊たちである。


「確かに迷いは消えておらぬ。だが、それでよい」


 トレントは、静かに答える。


『えー? よくないよー』

『だって迷ってたら出られないんでしょ?』

『いつもそうしてたじゃん』


 くすくすと、からかうような声が重なる。

 トレントは、わずかに枝を揺らした。


「お前たちは、いつも“形”だけを見る」


『だって分かりやすいもん』

『迷ってる=出られない』

『それがルールでしょ?』


「……ああ、そうじゃな」


 一度、肯定する。


「この森は、“迷い”に応じて道を閉ざす」


 静かに、言葉を落とす。


「心に迷いを抱えた者は、同じ場所を巡り続ける。そして、決めきれぬ者は、奥へも外へも進めぬ」


『じゃあやっぱりダメじゃん』

『あの二人、さっきまでずっと迷ってたよ?』


 無邪気な声が、重なる。


「……じゃがのう」


 トレントは、ゆっくりと視線を向ける。

 ノエルとライルのいる方へ。


「“迷いながら進む者”は、例外だ」


『え?』

『そんなのあり?』

『ずるくない?』


 ざわざわと、精霊たちが騒ぎ出す。

 だが、トレントは重く、しかし穏やかな声で言った。


「迷いとは、止まる理由ではない。迷いを理由に足を止める者は、ここで彷徨う。じゃが——迷いを抱えたまま、それでも進もうとする者は……道を見つけるのじゃ」


 一瞬、言葉に圧倒される精霊たちだが、納得がいかないようだった。


『えーそんなの初めて聞いた』

『いつ決めたの?』

『ルール変えた?』


「変えてはおらぬよ」


 わずかに、笑ったような気配。


「元より、この森は試す場じゃ」


『なにを?』

『勇気? 覚悟?』

『よくわかんなーい』


「それは分かるじゃろ……本音をじゃよ」


 手を焼いているのだろう、少し呆れつつも答える。


「言えぬまま抱え込んだもの、誤魔化し続けた想い、正しさの裏に隠した願い。それらすべてを、森は映す……迷いとは、それらが混ざり合ったものじゃな」


 小難しいとばかりに首を傾げる者、眉間に皺が寄ったり頭を抱える子たち。

 結論を求めて軽い声で尋ねた。


『じゃあ、あの二人は?』

『出口、教えてあげる?』


 期待するような彼らに、トレントはゆっくりと首を振った。


『えー!?』

『意地悪!』

『もういいじゃん!』


「大丈夫じゃ」


 ノエルの言葉とライルの決意。

 二つは交わり、心配する必要がないのだ。


「もう、閉じる理由もない」


『……あ』

『それって、もしかして』


 精霊たちの声が、一斉に弾む。


「そうじゃ、道は開く。選ばせるのではない。歩かせるのだ」


 その言葉と同時に、森の奥でかすかに風が流れた。

 それまで絡み合っていた枝が、ほんの少しだけほどける。


『ほんとだ……道、できてる……』

『さっきまでなかったのに』

『すごーい!』


 トレントは微笑み、再び静かに見下ろす。


「やはり良いものじゃな……それでも、進もうとする人間は。だからこそ、見守る価値があるのじゃろう」


 精霊たちは、しばらく黙ったあと——


『じゃあ、もうちょっとだけ見てよっか』

『うん、気になるし』

『あの二人、どうなるんだろ』


 くすくすと笑いながら、また森の奥へと散っていった。

 トレントだけが、そこに残る。


 夜の静寂の中で。

 ただ、あの二人の行く末を——静かに見守り続けていた。



 —————————————————————



 その後、俺たちは、しばらく何も言わずに歩いていた。

 気付けば、自然と手を繋いだままである。


 迷いの森。一度入れば、二度と出られない。

 そんな噂を、村の連中は本気で信じている。


 実際、不気味な森だった。

 同じ場所を何度も巡って、方向感覚は狂わされるし、妙な気配はするしで、普通なら不安になって当然だ。

 だけど、今は不思議と怖くなかった。


 隣にノエルがいる。

 それだけで、ちゃんと前に進めている気がした。


「……」


 ふと、繋いでいる手に少し力が入る。

 ノエルの方を見ると、彼女は前を向いたままだった。

 けれど、握り返す力だけは、さっきよりも少しだけ強い。

 なんとなく、それが嬉しくて小さく笑った。


「……なによ」


 すぐに気付かれてしまった。


「え……いや、別に?」

「絶対なんか思ったでしょ」

「思ってないって」

「嘘ね、今ちょっと笑ったもの」


 鋭い、こういうところだけはよく見てるんだよな。


「……お前、そういうとこ変わんねえな」

「ライルが分かりやすすぎるのよ」


 呆れたように言われる。

 けど、その声はどこか柔らかかった。

 そんなやり取りをしながら歩いていると、不意にノエルが足を止めた。


「あれ……?」


 小さく漏れた声に俺も顔を上げると、見覚えがあった。

 倒れた古木。

 少し開けた地面。

 月明かりが差し込む場所。


「ここ……」


 間違いない。

 俺がトレントと話していた場所だ。


「戻ってきた、のか」


 呟くと、ノエルも静かに辺りを見回した。


「……みたいね」


 迷いの森を抜けた。

 その事実を理解するまで、少し時間がかかった。


「出られたんだな……」

「そうね、良かったわね」


 その言い方が妙にあっさりしていて、思わず笑いそうになった。


「なんだよその反応。もっとこう……感動とかないのか?」

「だって、なんか普通に出られたし。ここって迷いの森なのよね?」

「まぁ、それはそうらしいけど」


 拍子抜けするくらい、自然だった。

 特別な試練があったわけでも、突然道が光ったわけでもない。

 ただ、気付けば出口に辿り着いていた。


「……変な森ねぇ」


 ノエルがぽつりと呟く。


「本当にな、トレントがふざけて俺たちを遊んでたんじゃないよな」

「そういうものなの?」

「さぁ……でも、まるで俺たちの心でも見透かしてるみたいだったからさ、からかうには丁度良かったんじゃないかって」


 そういうと、怖いからやめてとノエルに釘を差されてしまった。


「……でも」


 別に、このまま迷ったままでも良かった気はする

 ふと言葉が漏れかけて、我に返った。


「……ん?」


 ノエルがこちらを見る。


「いや、なんていうか……」


 少しだけ頭を掻く。

 言葉に困って視線を繋いだ手の方へと向けると、ノエルの耳が赤くなった。


「〜〜っ!」


 次の瞬間。

 ばっと、手を振り払われる。


「って、ちょっと待ちなさいよ! なんでまだ普通に手繋いでるのよ!?」

「え?」


 言われて、初めて気付く。

 ……あぁ、そういやそうだったな。


「いや、なんか自然に……」

「自然じゃないわよ!?」


 顔を真っ赤にして怒鳴られる。


「い、いつから!?」

「いや……森の途中から?」

「途中ってどこから!?」


 そんな細かく覚えてねえよ。


「お前だって握り返してただろ」

「そ、それは……!」


 言葉に詰まるが、図星だ。


「……離したら迷うかもしれなかったし」

「森もう抜けたぞ?」

「う、うるさい!」


 ぽかっと肩を叩かれるが、全然痛くない。


「なんか、ライル変なとこで余裕あるわよね……」

「いや、余裕ないけど」

「嘘。絶対ちょっと楽しんでる」


 ……否定できない。

 そんな風に騒いで、喧嘩して。

 気付けば、さっきまでの重たい空気は少し薄れていた。

 けれど、ノエルが不意に静かになる。


「……でも、心配かけちゃったわよね」


 その言葉で、現実に引き戻された。


「セラにも、ちゃんと言わないとな」


 自然と、名前が出る。

 ノエルが少しだけ目を丸くして言った。


「……そうね」


 セラには、随分背中を押された。

 ノエルの気持ちを教えてくれたのも、あいつだ。


 あんなやり方じゃなかったら、俺は今も気付かないままだったかもしれない。


「黙ったままってのも、違うよな」

「うん、そうね」


 ノエルが素直に頷く。


「ちゃんと謝ってくるよ」

「なんで、私が謝らなくちゃ」


 それから俺たちは顔を見合わせて、少しだけ笑った。

 迷って、遠回りしたけれど、急ぐ必要はもうなかった。


面白い、続きが見たい!思った方は評価、ブクマ、リアクションもよろしくお願いします。

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