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44話 迎えに来た

今回もお楽しみください。

「な、なんで……?」


 一歩、後ずさる。

 目の前にいるはずのない存在を、信じきれないみたいに。


「お前を、迎えに来たんだ」


 息を整えながら、それでもはっきりと言い切る。


「なんで、なんで……っ!」


 次の瞬間、ノエルが飛び込んできた。

 胸元に顔を押し付けるみたいにして、ぎゅっと掴まれる。


「こんな危ないところに来ちゃダメじゃないの……!」


 震える声。

 怒っているのか、泣いているのか分からない。


「そういうノエルこそ、なんでこんなところにいるんだよ」

「……っ、あんたには関係ないわよ!」


 言いながら、ぐっと突き放される。

 けど、完全には離れない。

 距離はできたのに、まだ袖を掴んでいる。


「とにかく帰りなさいよ……!」

「帰れるかよ」


 即答だった。

 ていうか、俺が帰ったらどうするんだお前は。


「なんでよ!」

「お前がいるからだろ」


 困ったようにそう言うと、ノエルが言葉を失ったみたいに黙る。



「……なんで来たのよ」


 小さく、呟くみたいに言った。


「さっき、あんな風に……」


 言いかけて、止まる。

 きっと、村でのことを思い出しているんだろう。

 俺とセラの関係に嫉妬したなんて、俺には思いもよらない事実だった。

 それに気づかず……いや、それ以上に思う所があって。


「……俺が悪かった」


 先に口に出たのは、それだった。


「俺がちゃんと伝えないから、あんなことになったんだよな」


 言葉を探しながら、続ける。


「だから、もう一回ちゃんと話さないとって思った」

「……」


 ノエルは何も言わない。

 ただ、少しだけ俯いている。


「それに……」


 落ち着くために、息を吐く。

 ここで逃げたら、また同じになる。


「……あの時さ」


 自然と、言葉が出た。


「覚えてるか? セラが怪我して、俺がどうしていいか分かんなくなってた時」


 ノエルの肩が、ぴくりと揺れる。


「……」


 何も言わない。

 でも、分かっている顔だった。


「俺、あの時ほんとにどうしようもなくてさ」


 苦笑する。


「何やってもダメで、全部自分のせいに見えて」

「……」

「そんな時に、お前が来てくれたんだよな」


 あの時の光景が、頭に浮かぶ。

 無理に励ますでもなく、ただ隣にいてくれて。

 手を差し伸べてくれた。


「何も言わなくても、そこにいてくれた」

「……そうね」


 ノエルの指先に、力が入るのが分かった。


「実はさ、村にいたくなかったんだよな」

「知ってる」

「えっ」


 俺にとっての大きなカミングアウトだったハズなのに、

 あまりにもあっさりと言われて、言葉が詰まった。

 そんな顔の俺を見て、ノエルは少しだけ困ったように目を細めた。


「……分かるわよ、それくらい」


 視線を逸らしたまま、静かに続ける。


「ずっと一緒にいたんだから」

「……そう、か」


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。

 言わなくても伝わってたこと。

 それを、今さら知る。


「でもさ」


 少しだけ、息を吸う。


「だからって、何も言わずに出ていったのは……」


 そこで言葉が止まる。

 責めたいわけじゃないんだろう。

 でも、あの時のことは、やっぱりどこかに引っかかっているに違いない。


「……ごめん」


 先に出たのは、謝罪だった。


「何も言えなくてさ」

「……」


 ノエルは、ゆっくりと顔を上げる。


「私もよ」

「え?」

「私も、何も言えなかった」


 まっすぐに、俺を見る。


「行かないでって、言いたかった」

「……」


 息が、止まりそうになる。


「ここにいてって、言いたかったのに」


 小さく、笑う。

 でもその笑顔は、どこか暗くて。


「でも、それが“正しくない”って思ったから」


 ああ——

 それは、ノエルらしい理由だった。


「ライルのためになるならって、そう思って……だから、送り出したの」


 ぎゅっと、服を掴む手に力が入る。


「なのに」


 声が、少しだけ震えた。


「帰ってきたら……こんな顔してるんだもん」

「……」


 何も言い返せなかった。

 自分でも分かっている。

 戻ってきたくせに、まだどこか迷っていること。


「だから、せめて……」


 ノエルが、ぽつりと続ける。


「ちゃんと、本音を言いたかったの」


 少しだけ視線を逸らす。


「……自分にも、ライルにも」


 ノエルは本音を引き出す“あの草”を探しに来たのだ。


「あれを探しに、ここに来たのか」

「……そう、知ってたの」

「まぁ色々あってな」


 小さく頷く。


「ほんと、バカみたいでしょ」

「……」


 そんなこと、あるかよ。

 言おうとして、でも言葉が出てこない。


「だってさ」


 ノエルが、苦笑する。


「私、一人じゃ何もできないの。理由がないと動けないし、正しいかどうか考えて、それで……結局、大事なことから逃げて」


 さっきまでの回想と、同じ言葉。


「今回だって、そう」


 視線が揺れる。


「ライルに好きって言うために来た、なんて……そんなの、言えるわけないじゃない!」


 俺は呼吸が止まりそうになった。


「だから、理由をつけたの。草を探すとか、本音を引き出すとか……全部、言い訳」

「……そうだよな」


 胸の奥が、強く締め付けられる。


「ほんと、嫌になる」


 ぽつりと、こぼす。


「こんなところまで来て、結局何も変われてない」

「……そんなことないって」


 思わず、口に出た。

 ノエルが顔を上げる。


「変わってるだろ」


 少しだけ、息を整える。


「あのノエルが、ここまで来たんだろ。それだけで、十分すごいと思うけどな」


 ノエルの目が、揺れる。

 これまでの彼女だったら、村の人たちが頑なに「入るな」と言われている場所に入ろうとはしなかったから、俺はそう思った。


「それにさ」


 自然と、言葉が続く。


「理由なんて、いらないだろ」

「……え?」

「好きだから来た。それでいいじゃねえか」


 シンプルな言葉。

 でも、それが一番本当だと思った。


「……そんな簡単に言わないでよ」


 ノエルが、かすかに眉を寄せる。


「私にとっては、簡単じゃないの」

「分かってるって」


 そして、俺は言った。


「だから今度は、俺が言う……お前がいたから、俺、前に進めたんだ」


 間を置く。

 ちゃんと伝えないといけない。


「だから今度は——俺の番だろ?」


 真っ直ぐ、ノエルを見る。


「俺も……ノエルのことが好きだ」

「……っ!?」


 ノエルの目が、揺れた。


「迷ってるなら引っ張るし、立ち止まってるなら……連れて帰る。それでもし、ちゃんと言葉にして言えないなら……」


 一瞬、言葉が詰まる。

 きっと俺もまだ迷ってるんだ。

 だけど、これだけははっきりしてる。


「それでもいいから、ちゃんと向き合おう」


 逃げない。

 今度は、絶対に。


「……迎えに来たんだ」


 静かに、言い切る。


「お前を、一人にしないために」

「……」


 沈黙。

 森の音が、ゆっくりと戻ってくる。

 ノエルは、何も言わない。

 ただ——ぎゅっと、服を掴む力だけが強くなった。


「……ばか」


 ぽつりと、落ちる声。


「なんで、そういうこと……今になって言うのよ……」


 顔を上げたノエルの目は、少しだけ潤んでいた。


「……遅いのよ」


 そう言いながらも、もう離れようとはしなかった。

 むしろ、さっきよりも少しだけ近くなっている。


「ごめん……でも、来てやっただろ」

「……うるさい」


 小さく睨まれる。

 でも、その目は完全には怒っていなかった。


「……ほんと、ズルいわね」


 ぽつりと、こぼす。


「そういうの、反則よ……」


 自分でも分かってる。

 上手く言えてるわけじゃない。

 全部が正しいとも思ってない。

 それでも——


「……それでも、来たかったんだ」


 繰り返す。


「お前に、ちゃんと伝えたかったから」

「……ありがと」


 ノエルは少しだけ目を伏せて。

 それから、ゆっくりと息を吐いた。


 迷いが消えたのかどうか、自分たちではまだ分からない。

 でも、さっきまでとは何かが違っていた。


面白い、続きが見たい!思った方は評価、ブクマ、リアクションもよろしくお願いします。

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