43話 真面目さ
今回もお楽しみください。
気付けば、同じ場所をぐるぐると回っていた。
さっき通ったはずの木。見覚えのある根の形。
何度も、何度も、同じ景色が目の前に現れる。
「……やっぱり、迷ってる」
小さく呟く。
分かっていたことだ。ここは迷いの森だから。
心に迷いがある者ほど、奥へは進めない。
「……ほんと、嫌になる」
苦笑が漏れた。
こんな時ですら、私は変われていない。
昔から、そうだった。
私は、理由がないと動けない。
正しいことを選んで、間違えないようにして。
大人たちの言うことを守っていれば、楽だったし、褒められた。
それが、私——だったはずなのに。
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ある日、そこに“例外”が現れた。
教会の教室。
いつものように机に向かって、与えられた課題をこなしていた時だった。
「なあ、それつまんなくない?」
後ろから、気の抜けた声がした。
振り向くと、見たことのない男の子が立っている。
髪は少し乱れていて、どこか落ち着きがない。
なのに、妙に堂々としていた。
「……何が?」
「それだよ、それ」
思わず聞き返すと、顎で私のノートを指す。
「同じこと書いてるだけじゃん。意味あんの?」
「あるに決まってるでしょ」
即答だった。
「決められたことをやるのは大事なの」
「そっか」
ぽつりと呟いて、男の子が立ち上がる。
「……は?」
思わず声が出た。
そのまま、何の躊躇もなく教室の後ろへ向かう。
そして、扉に手をかけた。
「ちょっと、なにしてるの!?」
気付いた時には、立ち上がっていた。
周りの子どもたち数人がざわつく。
「どこ行くのよ!」
「外」
振り返りもせず、あっさり答える。
「授業中でしょ!」
「え、そうだけど……?」
意味が分からない、という顔だった。
「ダメに決まってるでしょ!」
「つまんないし、いいじゃん」
それだけ言って、扉を開ける。
そのまま、外へ出ていった。
「……っ」
一瞬、迷った。
放っておけばいいと思った……けど。
——それは“正しくない”!
「ちょっと待ちなさい!」
気付けば、追いかけていた。
外に出ると、強い風が頬に当たる。
さっきまでの静かな空気とは、まるで違う。
男の子は、少し先を歩いていた。
「ちょ、ちょっと!」
追いついて、その腕を掴む。
「戻りなさいよ!」
「……なんだよ」
面倒くさそうに振り返る。
「なんだよ、じゃないでしょ。神父さんや大人たちが怒るでしょ」
「別にいいじゃん、あんなの」
「よくないよ!? どういう神経してたらそうなるの!」
思わず声が強くなる。
「だから、授業はちゃんと受けるものなの!」
「なんで?」
「え、なんでって……」
言葉が詰まる。
当たり前のことすぎて、説明したことなんてなかった。
「き、決まりだから……!」
絞り出すように言うと、
「ふーん」
興味なさそうに返された。
「つまんない奴だなぁ……」
「つまんないとかじゃないの!」
「じゃあ何だよ」
「あんたこそなんなのよ」
そんな私を見て、男の子は少しだけ目を細めた。
「あはは、お前真面目だな」
「普通よ普通」
言い返すと、くすっと笑われる。
「ノエル、だっけ」
「……なんで知ってるのよ」
「さっき呼ばれてたの聞いたから」
当然みたいに言う。
それから、少しだけ首を傾げた。
「で、戻るの?」
「戻るに決まってるでしょ」
「じゃあ戻れば」
「アンタもよ!」
思わず声が上がる。
「は?」
「は? じゃない!」
ぐっと腕を引く。
「ほら、行くわよ!」
「嫌だって」
「イヤじゃない!」
「つまんないもん」
「つまんなくてもやるの!」
「いやいや、意味わかんないって。外で身体を動かす方が楽しいだろ」
完全に噛み合っていない。
それでも、私は手を離さなかった。
「……戻るまで離さないから」
「は?」
「ちゃんと戻るまで」
真っ直ぐ言い切ると、
「……変なやつ」
小さく呟かれた。
「そっちでしょ」
「いや、お前だろ」
そんな言い合いになって。
気付けば、少しだけ空気が緩んでいた。
「……分かったよ」
やがて、ライルが小さく息を吐く。
「戻ればいいんだろ」
「最初からそう言ってるでしょ」
「めんどくせえなあ」
ぶつぶつ言いながらも、歩き出す。
だけど、後ろを振り返って逃げ出した。
「へへっ、戻るかよ!」
「あ、ちょっとどこ行くの! 待ちなさいよ!?」
ライルのその奇怪な行動に困惑していて
でもなぜか、少しだけ安心感を覚えてしまった。
——それが、最初だった。
正しいことを守るために、追いかけたはずなのに。
気付けば私は、その“正しさ”の外に立っていた。
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「……ライルのせいよ」
ぽつりと、名前が漏れる。
出会いはキレイなモノではなかったけれど、何かと美化してしまうものだ。
ライルは、何もかもが正反対だった。
宿題はやってこないし、勉強はサボる。
でも、外に出れば誰よりも楽しそうで、退屈なんて知らないみたいに笑っていた。
田舎で同年代の子なんて少ないから、いつも一人で。
なのに、あいつはそれを苦にしている様子なんてなかった。
「……ほんと、調子狂うのよ」
思い出すと、少しだけ口元が緩む。
最初は、嫌いだった。怒ってばかりいた気がする。
けど、気付けばからかわれているのに笑っていて。
一緒にいる時間が、楽しくなっていた。
パン屋の手伝いを抜け出したのだって、そうだ。
あの時の両親の顔は、今でも覚えてる。
驚いて、呆れて、それでも少しだけ笑っていた。
「……あれが、初めてだったのかも」
自分の気持ちで動いたのは。
ライルの隣にいると、少しだけ自分に正直になれた。
「だから……好き、だったのよね」
誰に言うでもなく、呟く。
初めての、男の子の友達。
——そして、多分、初恋。
ずっと一緒にいられたらいいと、本気で思っていた。
けれど……
「……」
足が止まる。
呼吸が少しだけ苦しくなった。
思い出したくない記憶が、勝手に浮かんできたからだ。
セラが怪我をした時。
ライルは、ひどく落ち込んでいた。
あんな顔、初めて見た。
「……なんで、あの子ばっかり」
最初に浮かんだのは、そんな感情だった。
嫉妬だった。だって、ライルを独り占めしていた女の子だったからだ。
悔しくて、どうしようもなくて。
——でも。
「……最低よね、私」
苦く笑う。
その時、思ってしまったのだ。
チャンスだって。
弱っている今なら、私を見てくれるかもしれないって。
そんなことを、考えた。
「……言えるわけないじゃない」
ぎゅっと、拳を握る。
そんな状態のライルに、自分の気持ちなんて。
言っていいはずがなかった。
だから、私は。
いつも通りの私に戻った。
マジメで、正しくて、間違えない女の子に。
手を差し伸べて、励まして。
隣にいて、支えて。大丈夫だよって声をかける。
——それでいいって、自分に言い聞かせた。
「……それで、よかったのかしら」
分からない。
今でも、分からない。だけど——
「……あの時、止めればよかったなぁ」
小さく、言葉が零れる。
ライルが言ったのだ、「冒険者になる」って。
きっと、村にいたくなかったんだろう。
あの時私は、何も言えなかった。
本当は——行かないでって、言いたかったのに。
ここにいてって、言いたかったのに。
「……言えなかった」
それが、私だ。
理由を並べて、正しい選択をしたつもりになって。
結局、大事なことから逃げた。
「……今も、同じ」
視線を落とす。
森の中で、立ち尽くしている自分。
欲しいものがあると言いながら、名前すら言えない。
言葉にしたら、全部壊れてしまいそうで。
「ほんと、嫌になるなぁ……」
ぽつりと呟く。
それでも、ここまで来たのは間違いなく自分の意思だ。
理由なんて、もうどうでもいい。
ただ——
「……ちゃんと、言いたいのに」
それだけだった。
迷いは、まだ消えていない。道なんて開けるハズもない。
だからもしかしたら、このまま出られないかもしれない。
「……ほんと、笑えない」
迷いの森。
心に迷いがある者ほど、出口に辿り着けない場所。
来る前から分かっていたはずだ。
自分が迷っていることくらい。
それでも来た。
ここでなら、本で目にした草を手に入れられば、何か変わるかもしれない。
そんな、曖昧な期待だけで。
「……どうしよう」
ぽつりと漏れる。
胸の奥が、じわじわと冷えていく。
「このまま、本当に……帰れなかったら」
言葉にした瞬間、急に現実味を帯びた。
夜の森は、思っていたよりもずっと静かで。
風の音も、虫の声も、どこか遠い。
喉の奥が、少しだけ詰まる。
泣きだしそうになった、その時だった。
「ノエルッ!!」
「ひゃっ!?」
背後から、声。
びくり、と肩が跳ねる。
慌てて振り返ると——
「……ら、ライル!?」
彼は少しだけ息を乱して、まっすぐこっちを見ていた。
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