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42話 ノエルの元へ

今回もお楽しみください。

 まだ間に合うと、そう自分に言い聞かせながら俺は走った。

 向かう先は、ノエルの店だ。

 あいつは確かに言っていた。帰って仕込みをする、と。


 夜の村は静かで、やけに息が荒く響く。

 やがて見えてきた店の明かりに、わずかな安堵を覚えた。

 よかった、まだいる……! そう思って、扉を勢いよく開け放った。


「ノエル!」


 けれど——


「ど、どうしたんですか、ライルさん?」


 返ってきたのは、別の声だった。

 カウンターの奥に立っていたのは、コリンズだ。

 彼女の姿は、どこにもない。


「あぁ……いや、悪い」


 息を整えながら、なんとか言葉を繋ぐ。


「ノエルを探しててさ」


 焦りを悟られないように、できるだけ平静を装う。

 けれど、自分でも分かるくらい、声は少し上ずっていた。

 コリンズは一瞬だけ首を傾げたが、それ以上は踏み込まずに答える。


「はは、ノエルさんなら、少し前に出掛けましたよ」


 出掛けた……くそ、せっかく急いできたっていうのに。

 だけど、こんな時間にどこへ向かったんだ?

 嫌な予感が、胸の奥を掠める。


「どこに行ったか聞いてないか?」

「それが……分からないんです。こんな夜中に出ていくなんて、普段はありませんし」


 夜の仕込みを任されたのだろう、店内にはコリンズ一人だけ。

 明かりはついているのに、妙に静かだった。


「急いでる様子でしたけど……何かあったんですか?」

「……いや、その」


 一瞬だけ迷う。

 けれど、ここで誤魔化すのは違う気がした。


「色々あってさ……ノエルに、謝りたくて来たんだ」


 言葉にすると、少しだけ心が軽くなった。


「そうでしたか」


 コリンズは静かに頷き、それから少し考え込む。


「少し、待っていてくださいね」


 そう言い残して、店の奥へと消えていく。

 待っている時間が、妙に長く感じる。

 早く追わなければ……と、そんな焦りを覚えてしまうのだ。

 やがてコリンズが戻ってきて、手にしていたのは一冊の本だった。


「これは?」

「ノエルさんが、よく見ていた本です」


 差し出されたそれを受け取る。

 ノエルにしては珍しい、植物学の本だった。


「中に、ノートの切れ端も挟まっていて……どうやら、内容をまとめていたみたいで」


 ページをめくると、確かに細かな書き込みが残っていた。


「元々は、パンの材料になる植物を調べていたらしいんですが……1つだけ、妙に気にしていたものがあって」



 コリンズは、少し言いづらそうに続ける。

 指で示された場所に目を落とした。


「〇〇草、っていう植物なんですが」


 その名前の横に、小さく書かれた説明を読んだ。

 ——相手に本音を言わせる。

 これを逆にしてみれば、自分が素直になる為の……。


「コイツの効果が……」


 一瞬で、頭の中の点と点が繋がる。

 さっきの言葉、お互いに言えなかったこと。

 あの森の話。


「……もしかして」


 無意識に呟くと、コリンズも同じように頷いた。


「信じたくはないですが……その植物は、魔力の濃い場所にしか生えません」


 そして、視線を上げる。


「この近くで言えば——迷いの森です」


 確信に変わった。

 あいつは、そこに向かったんだろう。

 考えるより先に、体が動いていた。


「ライルさん、待ってください!」


 背後から声が飛ぶ。


「あそこは危険だって、村の人たちも——」

「ありがとう、コリンズ! それは分かってる!」


 振り返らずに叫ぶ。


「また礼はする! ノエルのことは任せてくれ!」


 それだけ言い残して、店を飛び出した。



 ———————————————



 森の入り口は、前に見たときよりもずっと暗く沈んでいた。

 夜のせいだけじゃない。

 踏み込めば、そのまま何かに呑まれそうな、そんな気配があった。


「ノエル、ここにいるんだよな……」


 足を止める間も惜しくて、そのまま一歩、踏み出そうとした——その時だった。


「……足を止めよ」


 声がした。

 けれど、不思議と耳に残る声。


「なんじゃ、またお主か」


 反射的に足が止まる。

 見上げた先、森の境にいつの間にか、トレントが立っていた。


「そうだ、暇そうなあんたには悪いが急いでいるんだ」


 一歩、踏み出そうとすると、ざわり……と足元の草が揺れた。

 次の瞬間、周囲の木々がきしむように音を立てる。

 枝がゆっくりと伸び、道を塞ぐように絡み合っていき、気付いた時には、目の前に壁のように立ちはだかっていた。

 さっきまで開けていたはずの道が、完全に閉ざされている。


「なにをするんだ」

「……そのまま進めば、お前もまた迷う」


 静かな声が、重なるように落ちてきた。

 思わず眉をひそめる。


「迷うわけないだろ、場所は分かってる」

「違う」


 短く、否定される。


「道ではない」


 ゆっくりと、こちらを見下ろす気配。


「お前が、迷っている」

「……俺が?」


 言葉が詰まる。

 そんなはずはないと言い返そうとしたが、言い返せない。

 確かに俺は、まだ迷っている部分がある。


「……あいつを探しに来たんだ」


 言い出したらキリがない。

 代わりに出たのは、そんな言葉だった。


「分かってるんだろ、だから通してくれよ」


 今行かなかったらあいつはどう思う、時間がないんだ。

 といった気持ちや、苛立ちを隠さずに言う。


「……ならば尚更だ」


 変わらない声音で、返される。


「お前まで迷えば、あやつには届かぬ」


「——っ」


 一瞬、言葉が詰まった。

 言われるまでもない、ノエルのことだ。


「……関係ねえだろ」


 低く、吐き捨てる。


「迷ってようがなんだろうが、行けばいいだけだ」

「行けば、辿り着けると?」


 静かに問い返されるが、答えられなかった。

 分かっている。

 この森が、そんな単純な場所じゃないことくらい。


 迷いの森。

 名前の通り、心に迷いがある者ほど、奥へ進めない。

 ……じゃあ、俺は?


「……」


 何も言えないまま、立ち尽くす。

 トレントは、ただ見下ろしている。


「……お前は、あやつに何を言うつもりだ」


 静かに、問われた。


「俺は……」


 胸の奥が、ざわつく。

 言うことなんて、決まってるはずだ。

 謝る。止める。連れ戻す。


 ——それだけだ。

 それだけ……本当に、それだけか?


「いえぬ言葉のままでは、辿り着いても同じことを繰り返すだけだ」


 重ねるように、声が落ちる。


「……っ!」


 歯を食いしばる。

 そんなこと、言われなくても分かってる。


 さっきだって、言えなかった。

 余計な感情が邪魔して、かけるべき言葉が見つからなかった。


「……うるせえよ」


 絞り出すように言う。


「そんなの、分かってるに決まってんだろ……」


 拳を握る。

 行かなきゃいけない。

 でも、このまま行っていいのか。


 また同じことを繰り返すだけじゃないのか。

 そう思った瞬間、足が止まった。——いや。


「……違うだろ」


 小さく、呟く。

 胸の奥で、何かが引っかかった。


 同じことを繰り返す?

 それでいいのか?


 違う。

 違うに決まってる。


「……俺は」


 ゆっくりと、息を吐く。


「迎えに行くんだ」


 あいつを。

 迷ってるなら、引っ張ってでも。

 立ち止まってるなら、無理やりでも。


「……あの時みたいに」


 ぽつりと、言葉が漏れる。

 頭の中に浮かぶのは、昔の光景だ。


 悩んでいて、どうしていいか分からなくなって。

 ただ立ち尽くしていた俺に、あいつは何も言わずに隣にいた。


 無理に励ますでもなく、急かすでもなく。

 ただ、手を引いてくれた。

 ——大丈夫よ、って。


 あの時、あいつは迷ってなかった。

 だから俺は——進めた。


「……だったら今度は、俺の番だろ」


 自然と、拳に力が入る。

 上手く言えるかなんて分からない。

 何を言えばいいのかも、正直まだ整理できてない。

 それでも——


「言えなくても、行く」


 はっきりと、口にする。


「会ってどうするというのじゃ? 帰ってこれぬかもしれぬぞ」

「行かないまま終わる方が、よっぽどダメだ」


 トレントの言葉が、頭の中に残っている。

 ——言えぬ言葉のままでは、同じことを繰り返す。


「……ああ、そうだよ」


 視線を上げる。


「だから行くんだろ、ちゃんと伝える為に」


 迷ってるのは、確かだ。

 怖くないわけじゃない。

 でも、それでも。


「迷ってても進む。それでいい」


 一歩、踏み出す。


「止まる理由にはならない」


 森の境界へと、足を向ける。

 これ以上はトレントは何も言わなかった。


「そうか」


 ただ、静かにこちらを見ている。

 試すように。

 見極めるように。

 やがて、絡み合っていた枝が、まるで意志を持つようにゆっくりとほどけていく。

 押し寄せていた木々が、静かに道を開けた。


「……行かせてもらうぞ」


 もう一度だけ、言って。

 今度は迷わず、踏み込んだ。


面白い、続きが見たい!思った方は評価、ブクマ、リアクションもよろしくお願いします。

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