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41話 嫉妬

今回もお楽しみください。

 それからしばらく、俺たちは何も言わずに並んで座っていた。

 言えなかった言葉が、そのまま空気の中に残っているよう。

 けれど、それを掬い上げる勇気は、どちらにもなかった。


「……そろそろ帰るか」


 俺がそう言うと、ノエルは少しだけ間を置いてから頷いた。


「そうね。暗くなる前に戻らないと」


 バスケットを閉じ、敷物を畳む。

 さっきまでの空気を、全部丁寧に片付けるみたいに。


 立ち上がって、丘を後にした。

 来たときと同じ道。同じ並び方。同じ距離。

 だけど、さっきまでとは少しだけ違う気がした。

 何が違うのかは分からない。

 ただ、隣を歩くノエルの存在を、やけに意識してしまう。


「……」


 お互いに、言葉は出てこない。

 風が吹く。草が揺れる。足音が規則正しく続く。

 これで良かったのだろうかと、ぼんやり考える。

 お互いに何か心残りがあるような気がしてならない。

 やがて村が見えてくる。


「もう、着いたな……ん?」


 すると、小柄な少女が近付いてきた。


「おーい、ライルくん、ノエルちゃーん」


 軽い声が、その空気をあっさり壊した。


「……げ」


 思わず声が漏れる。

 声の主は、言うまでもなく。


「二人でお出かけ? いいねえ♪」


 手を振りながら近づいてくるセラだった。


「……なんでここにいるんだよ」

「え? たまたまだよー?」


 絶対ウソだ。

 にやにやした顔で、こっちを見ている。


「たまたま通りかかったらさ、なんかいい雰囲気の二人が歩いてるなーって思って」

「いい雰囲気って、お前……」


 即座に否定する。


「えー? だってそうでしょ?」


 セラがひょい、と俺の隣に回り込む。

 距離が一気に詰まった。


「ねえノエルちゃん、どうだった? デート♪」

「ち、違うわよ!」


 ノエルが即座に反応する。


「た、ただの食事よ! うちの仕事を手伝って貰ったお礼にね!」

「へえ~、丘でサンドイッチ食べるのが“お礼“なんだ?」

「うっ……」


 図星を突かれて、言葉に詰まる。


「しかも二人きりでしょー? いいなぁ~」

「別にいいでしょ、そういうの……!」


 少しだけ語気が強くなる。

 けど、セラは気にした様子もなく、さらに踏み込んだ。


「で? どっちからデートに誘ったの?」

「誘ったって、お前なぁ……」


 興味津々に尋ねてくる。お前は噂好きな奥さんか。


「いやだから、告白とかしたのかなーって」

「してないっての」


 そういう話をされるのは恥ずかしい。

 相変わらずイタズラな表情で尋ねてくる。


「そうなの?」

「そ、そうよ……してないわよ!」


 ノエルも被せるように言う。

 しかし、俺以上に慌てていたのが少し気になった。


「な、何もない、何もないわよ、ほんとに!」

「えー、つまんないなあ」


 セラは心底残念そうに肩を落とした。


「絶対いい感じだったと思ったのに」

「はぁ、勝手に決めつけるな」


 ため息をつく。

 ……なんだろうな。さっきまでの空気が、一気に遠くなった気がする。

 まぁ、だけど俺の気持ちは少し軽くなったような。

 けれど、隣を見るとノエルは、少しだけ俯いていた。


「……もう、なんなのよ」


 何か言おうとしていた。

 そこで何に気付いたのか、セラは俺の傍により近づいてきた。


「ねえねえライルくん、今どんな気分?」


 セラが、悪戯っぽく目を細める。


「どんなって……いや、普通だけど……なんだよ急に」

「ほんとに?」


 すっと、距離が詰まる。

 軽く触れる程度だったはずの手が、そのまま腕に絡んできた。


「——ちょ、待てって!?」


 反射的に声が出る。

 セラは気にした様子もなく、ぐっと体を寄せてくる。

 肩が触れて近い。明らかに近い。


「なに、そんな警戒しなくてもいいじゃん?」

「いやいやいや、そういう問題じゃないだろ……!」


 腕を組んで引こうとするが、思ったよりしっかり絡まれていて外れない。


「ちょっと離れろって、ほんとに……!」


 声が少し上ずる。

 こんなところで何やってんだ、こいつ。


「ほら、こういう方が“それっぽい”でしょ?」


 セラがわざとらしく腕に頬を寄せる。


「だからデートじゃないし、近い近い……」


 思わず半歩引くが、その分だけ引き寄せられる。


「なに、照れてるの?」


「当たり前だろ!? いや、そうじゃなくて——!」


 言葉が追いつかない。

 頭の中が一瞬真っ白になる。

 どうにかしないと、と思うのに、どうにもできない。


「……」


 ふと、視線の端で動きがあった。

 ノエルだ。

 こっちを見ている。


「おいおい助けてくれよノエル……」


 何も言わない。

 ただ、じっと……ってまさか!?


「……ノエル、これ違うからな!?」


 慌てて口に出す。

 自分でも何が違うのかよく分かっていないのに。


「こいつが勝手に——いや、ほんとに、ちょっと離れろって……!」


 焦ってセラの腕を引き剥がそうとするが、うまくいかない。

 その間にも、ノエルの視線は外れない。


「……」


 やがて、ノエルがゆっくりと目を逸らす。

 その動きが、やけに引っかかった。


「……はぁ、もういいわよ」


 小さく、呟くように。


「え?」

「……帰る」


 短く、それだけ。


「ちょ、待てって……? いやほんと、違うって」


 思わず、俺は一歩踏み出すけど。


「いいって言ってるでしょ」


 ぴしゃり、と強く遮られた。


「店の仕込みあるし」


 それだけ言って、踵を返す。

 歩き出す背中はいつもと同じはずなのに、ほんの少しだけ早かった。


「……」


 追いかけるべきか、一瞬迷う。

 だけど、足が動かない。

 結局——そのまま見送ってしまった。

 背中が、小さくなっていく。

 やがて見えなくなって……


「……あーあ」


 隣で、セラがぽつりと呟いた。


「やりすぎたかも」

「お、お前……分かっててやってただろ……」


 ため息が出る。

 そりゃそうだろ、目の前で急に俺たちがイチャつきだしたんだから。見ていられなくなって、飽きれしまったに違いない。


 腕からようやく解放されて、軽く肩を回した。

 まだ少し、変な感覚が残っている。


「でもさ」


 セラが、ちらりとノエルが去った方向を見る。


「分かりやすかったでしょ?」

「……何がだよ」

「ほんとに分かんない?」


 少しだけ、真面目な声になる。

 ノエルは俺たちの節度のない言動に呆れただけだ、呆れただけ……


「……」


 そう、答えられなかった。

 分からなかったわけじゃない。

 けど、はっきり言葉にするのが、どこか怖かった。


「はぁ……いつまで迷ってるの」

「えっ?」


 セラはあっさりと言った。


「でも、このままでいいの?」


 さっきも聞かれた言葉。

 同じはずなのに、今は少しだけ重く感じる。


「……どうすりゃいいんだよ」


 小さく呟く。

 視線は、ノエルが消えた方へ向いていた。

 胸の奥に、引っかかるものが残っている。

 さっきの空気。  言えなかった言葉。 そして——今のあの反応。


「それ、本気で言ってる?」


 セラが静かに、真剣な口調で言った。


「ノエルちゃんがなんでライルくんを誘ったか分かってる?」

「なんでって、なんでだよ……」

「——好きだからに決まってるじゃない!」


 あっさりと言い切った。


「え、お、俺のことを……だよな?」

「そうだよ、じゃなきゃノエルちゃんがライルくんを誘ったりしないよ」


 そこで一瞬だけ間を置いて


「……私だって、そうだけどね」

「え?」


 軽く笑って、とんでもないこと言いだした。


「セラが……お、おれを……?」

「他に誰かいるの?」


 さも当たり前かのように告げて。肩をすくめる。


「でもさ、だからって私が横から全部持ってくのつまんないじゃん。ノエルちゃんって奥手だからさ」


 確かに、ノエルは素直じゃない所がある。

 俺も分かっていたことだ。俺のような男と二人で歩いてるところなんて、誰かに見られたら。あいつは間違いなく顔を真っ赤にする。


「だからちゃんと、自分で言わせてあげたいの」


 さっきまでの軽さが嘘みたいに、セラの声はまっすぐだった。

 一度だけ視線を外して、それからまたこちらを見る。


「……ライルくんさ、結婚とかの話、冗談だと思ってるでしょ」

「え……?」


 思わず言葉に詰まる。


「いや、あれは子どもの時の話で……って! そもそも冗談で、っていうか、そうだろ!?」

「違うよ! じゃなかったら私、ライルくんにあんなことしないよ!」


 あっさりと言われたことに面食らってしまう。

 少しだけ、彼女の頬が紅潮していた。

 セラが俺を……いや、思い当たる節はあるけれど、こう真剣に言われると否定できない。


「それに、ちゃんと向き合ってないっていうかさ。受け取る前に、どっかで流してる感じ」

「うっ……それは……」


 それは図星だった。

 だけどそれ以上に、胸の奥を指でなぞられたみたいにざわついて仕方ない。


「……でもね」


 セラは、ほんの少しだけ息をついてから言った。


「私たちは、本気だよ」


 静かに、でもはっきりと。

 それは本当に、逃げ場のない言葉だった。


「え……そ、そうなのか……?」


 自分でも情けないくらい、間の抜けた声が出る。


「そうだよ」


 セラはあっさり頷く。


「ライルくんがその気じゃないって分かってるから、あえて言ってないだけ」


 さらっと言うけど、その一言が重い。

 ——気を遣わせていた。

 その事実が、胸の奥に残る。


「……そう、なんだよな」


 分かっていたはずなのに、ちゃんと向き合ってこなかっただけだ。

 俺は冒険者を辞めたことを未だに悔いている。

 故に、見るべきことを、ずっと見ないふりしていたのかもしれない。


「……まぁいいや」


 セラは、少しだけ肩をすくめた。


「それで、どうするの?」


 そして、試すような視線。

 逃げることもできる問いだった。

 けれど——答えは決まっている。


「俺は……行く」


 気付けば、口に出していた。


「俺のせいでノエルが悩んでるなら……放っとけるわけないだろ」


 自分でも驚くくらい、言葉ははっきりしていた。

 セラは一瞬だけ目を丸くして、それからふっと笑う。


「……そっか、それでこそライルくんだね」


 どこか満足そうに。

 その言葉を背に、俺は一歩踏み出す。

 しかし、それで終わりじゃなかった。


「……あとな」


 振り返る。

 セラの肩を、軽く掴んだ。


「お前にも、ちゃんと話がある」

「え、えっ?」


 さっきまでの余裕が崩れて、珍しく動揺した声が返ってくる。


「今のままじゃ、終われねえだろ」


 あんなこと言われて、何もなかった顔で帰れるほど器用じゃない。


「だから——待ってろ」

「え、うん……?」

「待ってろよ!」

「は、はいっ!?」


 短く言い切る。

 そのまま、踵を返した。


 視線の先には、さっきまでノエルがいた方向。

 胸の奥に残っているものを、そのまま抱えたまま。

 俺は、走り出した。


面白い、続きが見たい!思った方は評価、ブクマ、リアクションもよろしくお願いします。

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