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39話 お食事会

今回もお楽しみください。

 待ち合わせの場所は、村の外れにある小さな水車小屋の前だった。

 特別目立つ場所でもなければ、人通りが多いわけでもない。

 だからこそ、都合がいいなと思ったのだ。


 以前、マリーと出かける約束をしたときは見事に邪魔が入った。

 あれはあれで騒がしくて、まあ悪くはなかったが、今回は話が違う。


「……よし」


 腕を組んで、辺りを見渡した。

 誰もいない。物陰もないし、気配もない。

 無意識に、背後まで確認してしまうあたり、我ながらどうかと思った。


 別に密会でもなんでもない。

 ただ飯を食うだけだ。


 ただ、ノエルはああ見えて、こういう時の空気にやたら敏感だ。

 変に茶化されたり、横槍が入ったりしたら——


「絶対機嫌悪くなるだろうな……」


 ぽつりと呟く。

 そして、そのとばっちりは確実にこっちに来る。


 せっかく仲直りしたのでそれだけは避けたいし、出来ることなら穏便にも済ませたい。

 そんなわけで、珍しく早めに来て、周囲の確認までしているわけだ。


「我ながら何やってんだか……」


 小さく肩をすくめた、その時だった。


「あんた、何してるの?」

「……うおっ」


 呆れたような声が後ろから飛んできた。

 思わず振り返る。

 そこにいたのは、当然ながらノエルだった。

 腕を組んで、じとっとした視線をこちらに向けている。


「さっきからキョロキョロしてるし、怪しいんだけど」

「怪しくない」


 即答する。


「ただ確認してただけだ」

「何をよ」

「……安全確認?」

「はい?」


 ……我ながら言い訳が下手だ。

 ノエルが完全に呆れた顔になる。


「何それ」

「いや、ほら」


 言い訳を探すが、うまく言葉が出てこない。

 正直に言うのもなんか違うし、かといって誤魔化すのも難しいな。


「べ、別になんだっていいだろ」


 結局、投げた。情けないことに。

 ノエルは一瞬だけじっとこちらを見て、それから小さく息を吐いた。


「ほんと意味分かんないわね」

「悪い……でも、ノエルが気にするようなことはないから」

「まぁ、いいけど」


 そう言いながらも、どこか機嫌は悪くなさそうだった。

 むしろ、少しだけ安心したようにも見えた。


「それで?」


 ノエルが軽く顎を上げる。


「行くの? 行かないの?」

「そりゃもちろん、誘われたんだから行くに決まってるさ」

「そうよね、じゃあ行きましょうか」


 短く返して、歩き出す。

 ノエルも何も言わず、隣に並んだ。

 少しだけ距離を空けて。

 けど、その距離は、以前よりもほんの少しだけ近い気がした。


 しばらく歩くが、特に会話はない。

 けど、気まずいわけでもなかった。

 風の音と、足音だけが続く。


「……」


 ふと横を見ると、ノエルは前を向いたまま歩いている。

 特に何かを考えている様子でもなく、ただ普通に。

 ……ほんと、普通だな。


 そう思ったところで、少しだけ肩の力が抜けた。

 余計な心配だったかもしれない。

 そんなことを思っているうちに、視界が開ける。


 村の外れ、小さな丘。

 草が広がっていて、風通しのいい場所。

 ノエルが足を止めた。


「ここでいいわ」

「……これって」


 しばらく歩いた先で、思わず口に出していた。


「食事じゃなくて、ピクニックだな?」

「ち、違うわよ」


 即座に否定される。


「どこがだよ」


 目の前には、村の外れにある小さな丘。

 草が広がっていて、風通しがいい。

 そして、ノエルの手にはバスケット籠がある。


「それ、どう見ても弁当だろ」

「……サンドイッチよ」


 困った顔で言い返された。


「いや、だからそれがピクニックじゃないかって言ってるんだが」

「違うって言ってるでしょ!」

「どこが違うんだよ」


 そう指摘すると、戸惑いながら彼女は言うのだ。


「……雰囲気」

「雰囲気で押し切るな」

「はぁ……そうよね、分かってるわよ」


 観念したのか、諦めてピクニックだと認めてくれた。

 思わず笑いそうになるのを堪える。


「だってこの村に食事できるところなんてないじゃない」


 確かに行ったとしても、個人店で村の人に噂をされる。そういうのを嫌いそうなノエルだからこそ、これを選んだのだろうと思った。

 食事と告げたのも、その方がお礼っぽいと考えてのことかもしれない。

 そして、ノエルは不機嫌そうにしながらも、古びたベンチに敷物を広げ始めた。


「準備いいんだな」

「お尻が汚れるとマズいと思って、ほら座って」

「じゃあ遠慮なく」


 言われるままに腰を下ろし、疲れた足を休ませる。

 顔に当たるそよ風が気持ちいい。

 村も見渡せるし、悪くない場所だ。


「……ここ、よく来るのか?」

「うーん、たまに来るくらい」

「そっか」


 また会話が途切れてしまった。

 だけど、すぐにノエルは何かを思い出す。


「あ……待ってね」


 そこでノエルが、少しだけ丁寧に包みを開く。

 中から出てきたのは、確かにサンドイッチだった。

 パン屋らしい、きれいな出来栄えで思わず感心する。


「おお……店で売ってるやつか?」

「いや、これは店に並べてないの。今回試しに作ったやつ」

「へえ」


 少しだけ意外だった。


「……何よ、その反応」

「いや、普通に美味しそうだなって思っただけだ」

「そう……」


 そっけない返事。

 けど、ほんの少しだけ表情が緩んだ気がした。


「ほら、食べなさいよ」

「いただきます」


 一口かじると、野菜の瑞々しさや、それを包むパンの優しい風味が口の中に広がった。


「……うまいな」


 素直にそう言った。


「そ、そっか」


 ノエルが少しだけ嬉しそうに笑う。


「だって使ってるパンはうちのだしね……」

「いや、それだけじゃないって。具材とかもすごくバランスよく入ってて食べごたえがある」

「……まぁ、もちろん具もちゃんと考えてたけど」


 照れ隠しをしているようだ。

 なんというか、こういうやり取りが、妙にしっくりくる。


「いやでもさ、ほんとにうまいぞこれ」


 もう一口かじりながら、素直に続ける。


「いつも店で食ってるけど、全然飽きないしな。むしろたまに食わないと物足りないくらいだ」

「そ、そう……?」


 ノエルがそっぽを向いたまま答える。

 耳のあたりがほんのり赤い気がするけれど、俺は続けた。


「村の連中がしょっちゅう買いに来るのも分かるな」

「あ、当たり前でしょ、あれだけ種類あれば毎日来ても飽きないし……」

「それそれ。種類も多いし、甘いのからしょっぱいのまでちゃんと揃ってるしな。子どもも大人も関係なく来る理由がちゃんとあるんだよな」

「べ、別に普通よ……!」


 普通だとは思っていない。

 俺は尊敬の念を込めて、さらに続けた。


「いや普通じゃないだろ。毎日あれだけ焼いて、味も落とさずに出してる時点で大したもんだって。長年やってきた積み重ねってやつだろ」

「ちょ、ちょっと……」


 ノエルが小さく眉をひそめる。


「何よ急に」

「いや、普通に思ってること言ってるだけだけど?」


 さらに一口かじる。


「このサンドイッチもそうだけどさ、味がちゃんと安定してるんだよな。変に尖ってるわけでもなくて、ちゃんと“また食べたい”って思う味になってる」

「えっと、あのさ……」

「こういうの、簡単そうに見えて一番難しいんだぞ」

「ら、ライル……」

「それをずっと続けてるって、普通にすごいと思うけどな。俺は——」


 そこまで言ったところで。


「や、やめなさいよっ!?」


 ぴしゃりと声が飛んできた。

 え? と、思わず止まる。

 ノエルが、顔を赤くしたままこちらを睨んでいた。


「なんなのよさっきから! そんなに褒められても困るんだけど!」

「はい? 困るって言われても……」

「普通に食べればいいでしょ普通に!」

「普通に美味しく食べてるだろ、何言ってるんだよ」

「食べながらそんなに語らなくていいのよ!」


 どうしたんだ? なんで怒りだしたんだ……?

 さっきより明らかに落ち着かない様子で、視線も定まっていない。


「褒めただけなんだが……何か悪いこと言ったか……?」

「だからって、そこまで言う!?」

「そこまでってどこまでだ……?」

「え、えっと……っ!」


 言い返そうとして、言葉に詰まる。

 そのまま、ふいっと顔を背けた。


「……そ、そういうの、いいからっ!」


 さっきまでよりも、声のトーンが落ちていた。


 …………

 ……。


 少しだけ間が空く。

 風が、草を揺らす音だけが聞こえた。


「……でも」


 ノエルが、ほんの少しだけこちらを見た。


「ありがと……ただ、いつもやってることだから、そんな特別なものじゃないのよ?」


 小さく、それだけ言って。

 すぐにまた視線を逸らした。


面白い、続きが見たい!思った方は評価、ブクマ、リアクションもよろしくお願いします。

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