37話 アルバイト
今回もお楽しみください。
パン屋に向かう道を歩きながら、ふと考える。
冒険者をやっていた頃、俺がこんな仕事をするなんて想像したことがあっただろうか、と。
依頼といえば、魔物退治だの護衛だの、分かりやすく危ない仕事ばかりだった。
剣を握って、傷だらけになって、それでも前に進んでいく。
そういうのが当たり前で、むしろそれ以外は退屈だと思っていたくらいだ。
それが今はどうだ。
材料集めや村の復旧作業。全てが俺にとっては軽作業のようなモノだ。
そして今回は、パン屋の手伝い。
「……落差すごいな、おい」
村に帰ってちゃんと仕事があるだけマシだ。
嫌かと言われれば、別にそうでもないのがまた微妙なところだが、このままでいいのだろうか、と妙な不安さえ覚えつつある。
でも、こういう日常の方が落ち着く瞬間があるのも事実で。
やっぱり慣れていかないとダメなんだろうなと思いつつある。
そう思いを馳せながら店の前まで来ると、ふわりとパンの焼ける匂いが鼻をくすぐった。
腹が減る匂いだなと思いながら、軽く扉を押し開ける。
「どうも——」
中に入った瞬間、カウンターの向こうからじろっと睨まれた。
「……なんであんたがいるのよ」
ノエルだった。
開口一番それか、と少しだけ肩をすくめる。
「仕事だよ、仕事」
「どこの?」
「ここだよ、こ・こ!
そう言って店の中を指さすと、ノエルがため息をついた。
「別に店は一人で出来るから無理して呼ばなくていいって言ったのに」
露骨に深いため息をつく。
額に手まで当てて、本気で面倒くさそうな顔をした。
「なんで素直に来てるのよ」
言われて、少しだけ言葉に詰まる。
手伝いにきたのに、歓迎されなさ過ぎて非常に困るのだが。
「……いや、人手足りないって聞いたし。来てしまったものは仕方ないだろうに……で、俺は帰るべきか?」
「まぁ、コリンズが風邪で休みなのは本当だけど」
「ならちょうどいいだろ」
「ちょうどよくないのよ。ライル、接客とか向いてなさそうだし」
ぴしゃりと言い切られる。
「それは俺も思う」
即答すると、ノエルは呆れたように目を細めた。
「そこは否定しなさいよ」
「無理なものは無理だろ」
優しいのか優しくないのかどっちなんだよ……。
カウンターに軽く肘をつく。
こうして向き合って話していると、前みたいな変な距離はあまり感じない。
迷いの森の帰り道から、やっぱり前の空気が戻ってきているなと思った。
「でも、手伝うくらいならするぞ」
「……はぁ」
「給料も要らないし、何でも言ってくれよ」
ノエルは腕を組んだまま、じっとこちらを見る。
「困る」
「なんでだよ、無給だぞ」
「働かせるなら払うわよ、普通に考えてそっちの方が非常識じゃない」
そこは妙に真面目だ。
「じゃあパンでいい」
「安上がりね」
「現金より気楽だろ」
「それはそうだけど……そんなのでいいの?」
「いいさ、金なんて貰ってもこの村じゃ使い道なんてほとんどない」
「無欲なのね……」
少しだけ考えてから、ノエルは小さく息を吐いた。
「……分かった」
「お、採用か」
「別に採用した覚えはないけど」
そっけなく言いながら、カウンターの横へ回り込む。
「ほら、こっち来て」
「はいはい」
「はい、は一回でいいの!」
呼ばれるままにカウンターの中へ回り込む。
客として何度も見ていた店の中なのに、内側に入ると少しだけ違って見えた。
棚に並んだパンの焼き色も、作業台に置かれた籠も、いつもより近い。
「まずそれ着けて」
「ん?」
ひょい、と胸元に何かを押しつけられる。
受け取って見ると、エプロンだった。
「……え、マジで?」
「マジって、なにが?」
「いや、ちょっと可愛らしすぎる……フリルとか取り外し出来ないのか?」
「これ一つしかないんだから出来るワケないじゃない、手伝うって言ったのはあんたよ。店長の私の指示には必ず従いなさい!」
そういえばコリンズも似たようなのを付けていたが、彼は中世的な顔立ちなので自然と着こなしていたのだろう。
だけど、俺は絶対に似合わないと思ったので、着るのを躊躇い、どうにか着ないで済む方法を模索していると、ノエルは俺の手からエプロンを半分奪うように引っ張った。
「もう……ほら、前向いて」
「あ、いや自分で着るから……」
「遅いから嫌」
言うが早いか、ぐいっと首に紐を通される。
「じっとして」
「わ、分かったよ……」
文句を言いながらも、結局そのまま腕を通す。
後ろで紐を結ばれる感触がして、妙に落ち着かない。
「はい、できた」
「……」
自分の胸元を見下ろす。
どう考えても見慣れない格好だった。
「似合わないって顔してるわね」
「実際似合わないだろ」
「まあ、すごくは似合ってない」
「褒める気ゼロかよ」
「でも思ったよりは変じゃないわよ」
そう言って、ノエルは少しだけ笑った。
その顔を見て、なんとなく肩の力が抜ける。
さっきまで気にしていたことが、ふっと軽くなる。
似合ってるかどうかなんて、まあどっちでもいいか、と。
「……そのうち慣れるか」
ぽつりと零すと、ノエルがじっとこちらを見た。
「なによ、その悟ったみたいな言い方」
「別に悟ってねえよ」
適当に返すが、ノエルは納得していない顔だ。
「なんか一人で勝手に納得してるでしょ」
「してないって」
「してる顔してる」
さらっと言い切られて、思わず言葉に詰まる。
「……顔で分かるもんなのかよ」
「分かるわよ。それなりに長い付き合いなんだから」
あっさりと言われて、ほんの少しだけ視線を逸らす。
そういうところ、妙に鋭いんだよな。
「……で、俺は何やればいい」
話を切り替えるように言うと、ノエルは軽く頷いて店内を見回した。
「そうね……まずは袋詰め。慣れたらパン運び。余裕があったらレジもお願いしたいけど」
「いきなり最後のやつが一番ハードル高くないか?」
思わず眉をひそめると、ノエルは肩をすくめる。
「人手足りないんだから仕方ないでしょ。横で見てるから大丈夫よ」
「それ、安心していいやつか?」
「……たぶん?」
「いやいや、大丈夫じゃないだろ!?」
軽くため息をつきつつも、差し出された籠を受け取る。
先ほどまで焼いていたパンのようで、ずしっとした重みが腕にかかった。
……とはいえ、この程度なら本当にどうということはない。
昔に比べれば、軽いもんだ。
「そこ、棚に並べて。崩さないようにね」
「分かってるって」
言われた通りにパンを並べていく。
形を崩さないように、少しだけ気を遣いながら。
その様子を見ていたノエルが、ふっと息を漏らした。
「……意外」
「何がだよ」
「もっと雑にやるかと思ってた」
ちらりと視線を向けられる。
「失礼だな」
「褒めてるのよ。一応」
一応、ってなんだ一応って。
文句を言いかけて、ノエルが小さく笑っているのに気づく。
……まあ、悪くない。
「じゃあ次、それ運んで」
「はいはい」
軽く返事をすると、すぐに返される。
「返事が軽い」
「働いてるだけ偉いだろ」
「それはそうね」
あっさり肯定されて、思わず手が止まる。
「え、そこは否定しないのかよ」
「今日は特別サービス」
悪びれもせず言うから、思わず笑ってしまった。
なんだかんだで、こういうやり取りは嫌いじゃない。
むしろ——と、
パンを運びながら、ふとそんなことを思う。
レジ打ちも、接客も、雑用も。
向いてるかどうかは別として、こうして誰かの役に立っている感じは、悪くない。
それに……
「ふぅ……じゃあ次はこれを、と……」
ちらりと横を見る。
さっきまで少しだけ距離を感じていたノエルが、今はいつも通りに近くにいる。
それだけで、来た意味はあったのかもしれない。
「……あ、また手止まってる」
「止まってねえよ」
「止まってるって」
ぴしっと言われて、我に返る。
「……はいはい、働きますよ店長」
「最初からそうしなさい」
呆れたような声に肩をすくめながら、次の籠に手を伸ばした。
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