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36話 依頼

今回もお楽しみください。

 ベッドに寝転がりながら、天井をぼんやりと眺める。

 軋んだ木の板の模様を、なんとなく目で追いながら、頭の中では別のことを繰り返していた。


 ——進むこと自体を、どこかで止めておる。


「……はぁ、なんだそれ」


 ぽつりと呟く。

 トレントの言葉は、やけに耳に残っていた。

 ただの忠告にしては、妙に引っかかる。


 進むかどうかで迷ってるんじゃない、進むことそのものを止めている。

 ……意味が分からないわけじゃない。

 俺が分からないフリをしてるだけだ。


「……だよな」


 小さく息を吐いて、腕で目を覆う。

 考えようとすれば、いくらでも思い当たる節はある。

 けど、そこを掘り下げたところで、いい答えが出る気がしなかった。


 だから止まる……いや、止めてるのか。


「やめだやめ」


 がばっと起き上がる。

 こんなこと考えてても仕方ない。

 どうせ答えが出ないなら、いつも通り動いた方がマシだ。

 仕事でも探すか、と軽く伸びをして、家を出た。



 ——————————————————



 村の通りは、昼前の穏やかな空気に包まれていた。

 嵐の痕跡もほとんど消えて、いつも通りの風景に戻っている。

 人の声も、行き交う気配も、どこか落ち着いていた。


 この流れは冒険者をやっていた時のようだなとつくづく思う。

 朝起きて、そのままギルドにいって依頼を確認しに行く。この流れはどこに行っても変わらないような気はする。

 そのまま、いつものように教会へ向かい、仕事を探しに来た。


「あ、ライルくん」


 中に入ると、すぐに声をかけられた。

 振り向くと、セラがこちらを見ている。


「よう、仕事あるか?」

「ちょうどいいところに来たね~」


 セラは小悪魔のような表情で告げるのだ。


「今日はねー、ないかな♪」

「どこが丁度良いんだ」


 普通はあるって言うところだろ。


「いや、ないって……いやいや、何かあるだろ」

「ほんとにないんだよね」


 くすくす笑いながら言う。


「畑も復旧終わっちゃったし、村も落ち着いちゃったし」

「タイミング悪すぎるだろ……」


 軽く頭をかく。

 こういう時に限って、何もないなんて。

 妙に間が空くと、それはそれで落ち着かない。


「じゃあ今日は休みか」

「うーん、それももったいないよね」


 セラがニヤリと笑う、嫌な予感がした。


「……なんだよ」

「でもいい仕事、あるよ」

「どっちだよ、絶対ろくでもないだろ」

「そんなことないって~」

「顔が言ってる」


 するとセラは、楽しそうに笑いながら言った。


「ノエルちゃんのところ」

「帰るか」

「待って待って」


 即座に背を向けたところを、軽く引き止められる。


「はぁ、まぁ話でも聞いてやるよ」

「コリンズくんが風邪ひいて、人手足りてないんだって」

「あいつが?」


 あの真面目なやつが倒れるとは珍しい。

 もしかしたら日々頑張りすぎたのかもしれないな。


「だからね、ライルくんが適任かなーって」

「俺で良いのかよ」

「いいんだよ?」


 満面の笑みで言い切られた。

 別に仕事があるのはありがたいが、別に俺じゃなくてもいいのでは、と疑問に残る。

 だから「俺の仕事がない」って意味でセラは言ったのだろうが。


「もっとこう、男らしい仕事はないのか。力仕事とか、危ない仕事を任せてくれてもいいんだが」

「え、男らしい仕事?」


 セラはきょとんとしてから、少し考えて——


「王子様みたいな仕事?」

「話を聞いてたか?」


 即座にツッコむ。

 冒険者時代、都会でホストという仕事があったのを思い出す。小綺麗な男が疲れた女性を癒やす仕事である。まぁ、お金をじゃんじゃん使わせて荒稼ぎするような、ロクでもない仕事。あれを思い出してしまう。


「えー、いいじゃん王子様」

「よくねえよ、ノエルの店で王子様のバイトって……いやいや」


 俺は疲れたノエルを襲ったり、壁ドンしたり……みたいな、女性を喜ばせるようなことをやらなくてはいけないのか?

 だけど、ノエルみたいな真面目な奴ほどハマりそうなんだよな。でも、俺がやるのか……?

 戸惑っていると、セラは楽しそうに続けた。


「人手が足りないお店に現れる救世主って、王子様じゃない?」

「……あぁ、そういうことね」

「でしょ?」


 ロクでもないことを考えていたようだ。

 いつもセラに遊ばれている俺だが、完璧に今回は俺が悪い。墓穴を掘りかけた。


「ど、どうしたの? そんな暗い顔して?」

「いや、己の不甲斐なさに打ちひしがれていたんだ……」


 セラはどうして俺が頭を抱えているのか気付かない。

 まぁ、気付かれたら余計に困ってしまうが。


「助けに行ってくれるよね?」

「そりゃ、頼まれたら行くに決まっているが……」


 歯切れが悪くなる。

 その反応を見て、セラは少しだけ目を細めた。


「あ、それともさ男らしく、ノエルちゃん口説いちゃう?」

「ぶっ……?!」


 一瞬、思考が止まる。


「な、なんでそうなる」

「だってチャンスじゃない?」

「どこがだよ」


 せっかく変な妄想から帰ってきたと思ったらこれだ。

 軽く睨むと、セラはくすっと笑った。

 そのまま、何事もなかったみたいに話が続いていく。


 ……ほんと、いつも通りだ。

 さっきまでの「口説いてきなよ」だの「チャンスだよ」だの、

 軽口を叩いている様子も、普段と何も変わらない。


 けどこいつ、よくこんなこと言えるよな。

 あの嵐の日に一晩、同じ家で過ごして、同じベッドで寝た相手が、こうして他の女の子を口説いてこい、なんて笑いながら言ってくる。


 ……いや、別に何もなかったんだけどさ。

 なかったんだけど。

 それでも、なんというか。

 こう、モヤっとするというか。


「うーん……」


 少しだけ眉を寄せる。

 あの時のことを、なかったことにしてるのか?

 いや、でもセラだしな。

 ああいうのをイチイチ気にするタイプじゃないのは分かってる。

 むしろ、こうやって軽く流す方が自然ですらあるし、何より今の俺には……。


「……はぁ、そうだよな」


 小さく息を吐く。

 これはたぶん、俺の方の問題だ。

 ノエルやマリーにあれこれ問い詰められたせいで、変に意識しすぎてるだけかもしれない。


 普通に考えれば、ただの一泊だ。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 なのに、勝手に引っかかってるのは完全に、俺の方だ。


「……うんうん」

「?」


 一人で納得するように小さく頷く。

 そう考えれば、しっくりくる。

 向こうは何も気にしてないから、いつも通り。

 それだけの話だ。

 だったら、こっちもそれに合わせればいい。


「で、どうするの?」


 セラが首を傾げる。


「助けに行ってくれるんでしょ?」

「……別にいいけどな、手伝うくらいなら」


 ぼそっと返すと、セラは満足そうに笑った。


「うん、それがいいよ!」


 それ以上、余計なことは言ってこない。

 やっぱり、いつも通りだ。

 ……まあ、いいか。

 変に考えるだけ無駄だ。


「じゃあ行ってくる」

「いってらっしゃい、王子様♪」

「だからやめろそれ」


 軽く返しながら、教会を出る。

 外に出ると、昼の光がやけに明るかった。

 さっきまでの空気を振り払うように、軽く伸びをする。


「……王子様、ねえ」


 ぽつりと呟く。

 くだらない話だけど、そのくらいの軽さの方がちょうどいい。

 余計なことを考えずに済む。

 足を進める。

 向かう先は、ノエルの店。

 理由は単純だ。

 人手が足りないから。

 ……それだけ。


「ま、いいか」


 小さく呟いて、顔を上げる。

 何でもない顔で、一歩踏み出した。


面白い、続きが見たい!思った方は評価、ブクマ、リアクションもよろしくお願いします。

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