32話 避けられてる
今回もお楽しみください。
あの日、俺はパンを買って帰ったが、ノエルは最後まで妙にそっけなかった。
そして、それはその日だけでは終わらなかった。
次の日も。
そのまた次の日も。
パン屋に行けば、会うには会う。
狭い村だ。顔を合わせない方が難しい。
けれど、ノエルは必要最低限しか話さない。
「これ、いくらだ?」
「銀貨二枚」
「……今日は忙しいのか?」
「普通」
そんな調子で、会話が続かない。
続けようとしても、向こうが切る。
最初は疲れてるだけかと思ったが、数日も続けばさすがに分かる。
「……なんなんだよ、ほんと」
パンを片手に店を出ながら、小さく呟く。
ノエルが、明らかに俺を避けている。
その理由が見えてこない。いや、見えてこないでもないか。
マリーの話を聞いたからだろう。
ただセラを一日家に泊めただけ。
でも、それだけでここまで態度が変わるもんか?
考えながら歩いていると、背後で店の扉に鍵がかかる音がした。
「え、えぇぇぇ……」
思わず、変な声が出た。
穏やかな空の色とはうってかわって、胸の中だけが妙にざわついてしまう。
ノエルは、まともにこっちを見ようとしてくれない日々が続いた。
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それから、さらに数日後。
さすがにこのままなのも気持ちが悪くて、俺はまたパン屋へ向かった。
「……今日こそ、ちゃんと聞くか」
店の前で小さく息を吐いてから、扉を開ける。
「どうも」
だが、返ってきたのは聞き慣れた高めの声ではなかった。
「あ、こんばんは」
顔を上げたのはコリンズだった。
「……なんだお前か」
「なんだってなんですか」
少し困ったように笑いながら、コリンズは棚を拭いている。
「ノエルはいないのか?」
「今は出かけてます」
「なんだ珍しいな」
そう聞くと、コリンズは少しだけ曖昧な顔をした。
「今日はちょっと、川の方へ」
「川?」
「はい。材料を探しに行くって」
パン屋で川にある材料ってなんだ。
「食材か? 魚はパンには絶対に合わないって説得してくれないか」
「あはは、違いますよ。探しに行くのは鉱石の方みたいです」
「鉱石?」
思わず聞き返す。
「ノエルさんは結構道具に凝ってまして。火釜の補強に使えそうなものが、水辺に流れ着く日があるらしいんですよね」
「へえ……」
そんな話、初めて聞いた。
だが、秘密基地作りの時に、錬金術の一片を見せてくれた。
職人らしいというか、この手の話にはなんだか納得がいく。
「本当にたまにですけどね。雨のあととか、流れが変わった時に、いい石が出ることあるみたいです。だから僕を店番にして行ってしまいました」
「なるほどな」
確かに、嵐のあとならそういうこともあるのかもしれない。
それを聞いて、俺は尋ねてしまう。
「一人で行ったのか?」
「はい、もちろんそうですよ?」
コリンズはそこで、少しだけ笑みを含んだ顔で聞いてきた。
「追いかけますか?」
「なんでそうなる」
「ここ数日、ノエルさんちょっと変なので」
「はぁ、お前もそう思うか」
「はい」
あっさり頷かれて、逆に困る。
「仕事はちゃんとしてるんです。でも、なんていうか……」
「機嫌悪い?」
「悪いというより、考えごとしてる感じです」
それは俺も思っていた。
ただ、その原因がどうにもはっきりしない。
「やっぱりライルさんが行ってあげるべきです」
「いやなんでだよ」
「だって一番の原因だと思うからでしょうか?」
はっきり言われてしまった。
まぁ、そこまで言うなら俺も腹をくくるしかない。
「……川、どっちだ?」
「この道まっすぐ行って、畑の脇を抜けた先です」
コリンズは外を指さしながら説明する。
「大きい柳の木が見えたら、その辺にいると思います」
「分かった、ありがとう」
俺は軽く手を上げて、扉の方へ向かった。
「パンはいいんですか?」
「帰りに寄る」
「わかりました、待ってますね」
妙に物分かりのいい返事を背中で聞きながら、俺はそのまま川の方へ足を向けた。
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村の外れからさらに少し歩いた先。
畑を抜け、木々が増え始めたあたりで、空気が変わる。
言っていた川辺に着いた。
森に近いせいか、日差しはやや遮られ、村の中よりひんやりとしている。
風もどこか湿り気を帯びていて、葉擦れの音が絶え間なく耳に入ってくるのが心地良い。
足元には細い獣道みたいな踏み跡が続いていて、どうやら人が頻繁に来る場所ではなさそうだ。
「……こんなとこまで来てんのか」
女一人でこんな所に来るなんて危ないのだが、心配したらまた怒られそうだ。
今は何が彼女の琴線に触れるか分からないからな。
また少し進み、やがて水の音がはっきりと聞こえてきた。
枝の隙間から光が差し込み、その先に流れの速い川が見える。
そして――
「……あ、いた」
視界の端に、人影を見つけた。
川の浅瀬にしゃがみ込んで、石を選り分けている。
黒髪を揺らしながら、真剣な顔で何かを探しているその姿は、間違いなくノエルだった。
声をかけようとして、ほんの少しだけ躊躇する。
だけど、離さない事に始まらないと思った。
「……おい、ノエル」
「——っ!?」
いつも通りに呼んだその瞬間。
ノエルがびくっと肩を震わせて、勢いよく振り向いた。
「なっ——ライル!?」
「よう……って、おい!?」
完全に不意を突かれた顔をし、ノエルは足場を踏み外した。
「きゃっ!?」
ずるっと滑って、そのまま——
ドボンッ!!
盛大な水音が響いた。
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