31話 誤解
今回もお楽しみください。
そのあと、いつものように仕事の依頼を確認してみれば、案の定というべきか、内容は村の復旧作業だった。
倒れた柵の立て直し。飛ばされた板の回収。雨で緩んだ地面の補強。
やることは多そうに見えて、実際にはそこまで大きな被害じゃない。
「まあ、こんなもんか」
腰を伸ばしながら呟く。
じいさんも近くで木材を束ねながら、ふん、と鼻を鳴らした。
「思ったよりマシじゃな」
「だな。屋根が何枚か飛んだくらいで済んでるなら十分だろ」
ほとんどの家は、意外とちゃんとした作りになっているようだ。
もっとひどいのを想像していた分、拍子抜けですらある。
実際、夕方になる頃にはだいたい目処が立ってしまった。
「……終わったな」
「終わったな」
妙にあっさりとした終わり方に、少しだけ肩の力が抜ける。
まぁ、結構気合い入れて頑張ったおかげもあるかもしれない。
そのまま道具を片付けながら、じいさんに声をかけた。
「飯、どうする?」
じいさんは面倒くさそうに手を振る。
「適当に済ませろ」
「雑だな、疲れたのか?」
「それはお互い様、お前も作る気ないじゃろ」
「……まあな」
否定できなかった。
正直、疲れてる時に自炊する気力はない。
「じゃあ、何か買ってくる」
「好きにせい、ワシはまた酒でも飲んでくる」
「ほどほどにな」
それだけ言って、じいさんはさっさと引っ込んでいった。
「……ほんと自由だなぁ」
苦笑しながら外へ出る。
この時間からなら、やっぱりあそこか。
「ノエルのとこ行くか」
夜だし、売れ残りがあるかもしれない。
少し値引きされてたらなお嬉しい。
そんなことを考えながら、村の通りを歩く。
嵐の翌日の村は、昼間よりずっと静かだった。
復旧作業も一段落したのか、人の数も少ない。
空はすっかり晴れていて、昨日の荒れ模様が嘘みたいだ。
そして、パン屋の前まで来ると、まだ灯りがついていた。
「どうも」
扉を開けると、焼きたての香りが少しだけ広がる。
奥へ目を向けると、パンを整理していた少年が顔を上げた。
「あ、こんばんは」
コリンズだった。
歳は確か十五くらいか。
村の中では数少ない子どもの働き手で、見た目は素朴で大人しい。
言われたことをきっちりやるタイプのやつだ。
「まだやってたのか」
「片付けだけです」
そう言いながら、パンを籠に移していく。
「ノエルはいないのか?」
「今は出かけてます。僕が留守番してて」
「仕事押し付けられて大変だな」
「そんなことないです! 僕はちゃんとお給料貰ってる身なので」
このくらいの年の子ならお金は要りようだが、こんなに真面目なのも珍しいな、と思いながら、俺の歳の頃はどうだったかと考える。
冒険者になろうと考え始めた頃か。
元々じいさんに鍛えられていたので、その流れもあるが。
まぁ、それが逃げだったかどうかはまた別の話で。
「今日はどうだ?」
トレーを持ち、パンを選びながら他愛のない話を振る。
「それなりに多かったかもしれません」
「確かに、残ってるパンも少ないからな」
軽く笑うと、コリンズは少しだけ考えてから答えた。
「昨日、天気悪かったじゃないですか。だから今日、買いに来る人はちょっと多かった気がします」
「なるほどな。昨日来られなかった分か」
「たぶんそうです」
「まぁでも、俺の食いたかったピリ辛カレーパンが残ってて良かった」
淡々とした口調だが、ちゃんとお客さんのことを見てるんだなと思う。
ノエルは良いバイトに恵まれたな。
「ライルさんはどうだったんですか?」
「こっち? あぁ復旧作業とかか、思ったより軽かったぞ。もっとひどいかと思ってたけど、一日で終わった」
「それはよかったです」
「だな。長引いたら面倒だったし」
肩をすくめて答えた。
他愛のない会話が、静かな店の中にぽつぽつと落ちていく。
もう閉店間際。焼けたパンの匂いと、片付けの音。
……こういうのは嫌いじゃない。
ノエルがいたら、もっと遠慮のない返しが飛んでくるんだろうが、コリンズ相手だとこういう穏やかな会話になるらしい。
と、その時。
店の奥の扉が開いて、外から軽い足音が近づいてきた。
「あら、まだいたのね。店閉めてくれて良かったのに」
聞き慣れた声だった。
振り向くと、ノエルが紙袋を抱えたまま立っていた。
コリンズがすぐに声をかける。
「おかえりなさい、ノエルさん。でも、仕事がまだ少し残ってます」
「いいわよ。あとは私がやるから」
そう言って、ノエルはいつも通りの顔で笑う……はずだった。
一瞬だけ俺と目が合って、そして。
「……ああ、来てたんだ」
それだけだった。
妙に平坦な声。
「なんだよ、その言い方」
「別に」
ノエルはあっさりと視線を外すと、抱えていた紙袋をカウンターの上に置いた。
「パン買いに来たんでしょ?」
「まあな」
「じゃあ、そこに並んでるの好きに選べば」
言い方が、妙に淡白だ。
疲れてるのかと思ったが、そういう感じでもない。
機嫌が悪い……というより、意識して距離を取ってるような。
「……なんかあったか?」
何気なく聞いてみる。
「別に何も」
「ほんとか?」
「ほんと」
短い。
いつものノエルなら、ここで一つ二つ皮肉くらいは返してくる。
なのに今日は、変にそっけない。
「あ、あはは……ええと……」
コリンズも少しだけ空気を読んだのか、静かに作業へ戻っていた。
なんだこの感じ。
俺が首をひねっていると、ノエルは商品の札を直しながら、さりげない声で言った。
「昨日は大変だったみたいね」
「……はい?」
思わず間の抜けた声が出る。
なんでその話が出てくる?
首をかしげたまま固まっていると——
「あ、あの……」
横から、おずおずとコリンズが口を挟んできた。
「今日、マリーさんが……その、話してまして……」
言いにくそうに視線を泳がせる。
「……あいつ……」
あの反応はそういうことだったのか。
言ってないって顔して普通に広めやがって……。
こめかみを押さえながらため息をつく。
「で、一緒に寝たのね?」
「誤解を生むようなこと言うなよ!?」
即座にツッコミが飛ぶ。
その横で、コリンズがびくっと肩を震わせていた。
「えっ……や、やっぱり……ライルさんは毎晩女性を家に連れ込んで……!?」
「おい話が飛躍してるぞ!?」
思わず指さす。
「だって事実でしょ?」
「完全にヤバイ方向で理解されてるだろうが!!」
「どこが違うの?」
「言葉のニュアンスどころか、ほとんど違う!!」
何を当然みたいに言ってるんだこいつは。
俺には俺の事情があるんだ。
「嵐で帰れなくなったから、仕方なく泊めただけだ!」
「そ、そうなんですか……?」
コリンズがまだ半信半疑の目でこちらを見る。
「そうだよ!! 健全だ健全!!」
「健全……まぁ、確かに昨日はすごい雨風でしたし……そうですよね?」
なんだその確認は。
「ふーん」
ノエルの返事は相変わらず軽い。
しかも、こっちをじっと見てくるその目は一体なんだ。
「……なんだよ」
「別に」
一瞬だけ、間があって。
「一番抵抗できなさそうな子を狙うタイプなんだなって思っただけ」
「はぁ!?」
思わず声が裏返る。
「お前なに言って——」
「だって、セラでしょ?」
淡々と続ける。
「弱そうだし、断れなさそうだし、やっぱり変態じゃない」
「違うわ!!!」
即座に否定した。
まるで本気で疑ってるみたいな、冷たい視線をする
「そっか違うのね、じゃあライルはセラを結婚相手に選ぼうとしてるのかもね、なるほどなるほど」
「話の持っていき方がおかしいだろ……」
なんでそんな結論になる。
いや、あの話はまだ続いていたのか。
だったらなおのこと、複雑である。
「本当に、ただ泊めただけだ」
帰ってきた俺を迎えてくれる様子は、とても嬉しいものだ。
連日のように慌ただしくも、楽しい日々を過ごさせて貰っている。
俺が帰ってきて。皆があの場所にいて。
変わらずに、また昔みたいに笑っていて。
それが嬉しかったのは、本当だ。
けど……胸の奥に、まだ引っかかっているものがある。
昔のことも。
自分が何から逃げて帰ってきたのかも。
全部、ちゃんと片付いたわけじゃない。
本気だろうと、冗談だろうと、気持ちに甘えずらいのだ。
結婚だとか、そういう恋愛話を軽く受け止められるほど、整理もできていない。
「そういうのは、まだだ」
ぽつりと、こぼれるように言う。
「まだ?」
「あ……いや、考える段階にもなってないって意味だ」
ノエルがイラッとした口調で返してきたので、少し慌ててそう訂正した。
それ以上は言わない。
言えない、が正しいか。
「ふーん」
やっぱり、軽い反応。
けどその声は、さっきより少しだけ温度が低い気がした。
それ以上、話は続かない。
店の中に、妙な静けさが落ちてしまった。
「あ、あの……僕、片付け終わったので、今日は上がります」
気まずさに耐えきれなくなったのか、コリンズが顔を上げた。
「ああ、お疲れ」
「お疲れさま」
二人の声が、少しだけ重なる。
「で、ではお疲れ様ですー!」
コリンズはほっとしたように頭を下げると、そそくさと店を出ていった。
扉が閉まる音。
それで、完全に二人きりになる。
「「……」」
さっきまで以上に、会話が続かない。
仕方なく、俺はパンを選び直すことにした。
トレーの上に、いくつか乗せる。
カウンターにトレーを置くと、ノエルは無言でそれを受け取った。
「……それだけ?」
「それだけってなんだよ」
「別に、今日はヤケに少食なんだなと思って」
「そういうこともあるだろ」
「ふーん」
爺さんは向こうで食べてくるらしいし、無駄に買って腐らせてしまってもしょうがない。
いや、ここは朝食の分も買っておくべきだったか。
そうすればこの気まずい気持ちを抱えなくて済んだかもしれない。
「……これ」
「おう」
計算し終わり、会計を告げられ金を出す。
けど、ノエルは何も言わない。
いつもなら、ここで何か一言くらいあるのに。
「……じゃあな」
金を置いて、背を向ける。
だけど、返事は返ってこなかった。
扉を開けて外に出る。
「……なんだよ、あれ」
小さく呟く。
怒ってるわけでもないけど、明らかにいつもと違う。
もう一度、ため息をつく。
嵐は確かに過ぎたはずなのに。
なんだか、別の意味で面倒な風が吹き始めた気がした。
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