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29話 一緒のベッドで

今回もお楽しみください。

 風呂から戻ると、部屋の空気が少しだけ変わっていた。

 湿気を含んだあたたかさと、どこか柔らかい匂い。

 窓の外では相変わらず風が鳴っているのに、ここだけ切り離されたみたいに静かだ。


「おかえりー」


 ベッドの端に座っていたセラが、ひらひらと手を振る。

 ……改めて見ると、やっぱり違和感がある。


「その格好、ほんとでかいな」

「でしょ?」


 セラは袖をぶらぶらさせながら、少し得意げに笑った。


「でもこれ、いいんだよ?」

「何が?」

「こういうの、流行ってるんだって」

「流行り?」


 機能性のことだろうかと思えば、そっちだったか。

 女の子っていうのは流行りに弱いからな。


「うん。彼氏の服を着るのが最近の雑誌で人気なんだって」

「……知らねえな」


 予想と反した回答に、俺はやや興味無さそうに答えた。


「えー? 都会では常識だよ?」

「ここは都会じゃないし、俺もそんなもん読まないな」


 肩をすくめると、セラはくすっと笑う。


「でもさ」


 少しだけ服の裾をつまんで。


「なんか落ち着くんだよね、こういうの」

「そうか?」

「うん、大きいからかな。ライルくんに包み込まれてる気がして」


 ふわっとした口調で言う。

 その様子を見て、ふと視線を逸らした。

 ……変に意識してしまっている自分がいる。


「まあ……いいや」


 咳払いして話を切る。


「とりあえず寝るぞ、もう遅い」

「うん」


 セラも素直に頷いた。

 外の風はまだ収まる気配がない。

 窓がガタガタと鳴るたびに、少しだけ部屋が揺れるような気がする。


「俺はあっちの部屋で寝るから、お前はこのベッド使え」


 そう言いながら、俺の部屋に案内した。

 じいさんのベッドでも良かったが、セラの匂いが付いていると変に茶化されかねない。


「やだ」


 だが、セラは即答だった。


「……なんでだよ」

「一緒に寝る」


 当たり前みたいに言う。


「いや無理だろ」

「なんで?」

「なんでって……狭いし」

「いいじゃん、別に」


 あっさり返される。


「それに」


 少しだけ間を置いて。


「……一人だと、ちょっと落ち着かないし」


 さっきまでの軽い調子とは違う声。

 外で風が強く鳴る。

 窓が、またぎしっと音を立てていた。


「……」


 少しだけ黙る。

 正直、分からなくはない。


 あの嵐の中にいた直後だ。

 彼女は少しだけナイーブな気持ちになっているのかもしれない。


「分かった、じゃあ俺が床で……」

「ダメ」

「なんでだよ、同じ部屋で寝てるだろ」

「それだと意味ないよ!」

「何のだよ」

「一緒にいる意味」


 さらっと言われ、言葉に詰まる。

 俺は少し考えて、ため息をついた。


「……今回だけだぞ」

「ほんと? やったー♪」


 ぱっと表情が明るくなる。

 ……ホント、分かりやすいな。

 まぁ、じいさんが帰ってくる前に早起きして、何事もなかったかのように振舞えばいい。

 と、少しだけ犯罪者のような思考になりつつある俺。


「じゃあ……」


 ベッドに腰を下ろすと、やっぱり狭い。

 普段は一人で寝る前提のサイズだ。


「端に寄るからスペース使っていいからな」

「はーい」


 俺は壁際に寄って、セラが素直に布団に潜り込むが


「って、なんでくっ付いてくるんだよ」

「だって端に寄ってくれるんでしょ?」

「俺の寝るスペースがなくなるだろ」


 じりじりと距離を詰めてくるセラに、思わず顔をしかめる。

 ……近い。からかうのもいい加減にして欲しい。


「ちょっと離れろって」

「えー」


 不満そうな声。


「別にいいじゃん、減るもんじゃないし」

「減るとかそういう問題じゃない」


 ため息をつきながら、わずかに体をずらす。

 けど、結局。

 完全に距離を取れるほどの余裕は、このベッドにはなかった。


「……」


 さっきまで雨に打たれていたとは思えないくらい、ほんのりとした体温が伝わってくる。

 けれど、それも次第に慣れてきて——沈黙が落ちる。


 外では相変わらず風が鳴っていた。

 窓が揺れて、時折ぎしっと音を立てる。

 その音に混じって、すぐ隣から聞こえる呼吸。

 それがやけに意識に引っかかり、落ち着かない。

 こんな状況、今まで一度もなかったから当然だ。


「……なあ」


 小さく声をかける。


「ん?」


 すぐに返事が返ってくる。

 寝てはいないらしい。


「……さっきは、悪かった」


 ぽつりと、言葉を落とす。

 少しだけ視線を天井に向けて続けた。


「秘密基地でさ……言い方、きつかっただろ」

「……」


 一瞬、間があって。


「ううん」


 小さく返ってきた。


「ライルくんらしいよ」

「フォローになってないだろ、それ」


 苦笑が漏れる。


「でもね」


 少しだけ間を置いて。


「今日、来てくれて嬉しかった」

「……」

「来てくれなかったら、多分ずっとあそこにいたと思うし」

「いるなよ」


 思わず言う。


「ほんとに危ないんだぞ、ああいうのは」

「うん」


 素直な返事。

 少しだけ、拍子抜けする。


「……でも」


 セラが小さく言葉を重ねる。


「やっぱり、あそこ好きなんだよね」

「秘密基地?」

「うん」


 少しだけ布が動く。

 たぶん、こっちを見ている。


「帰ってきたなーって、思う場所だから」

「……」


 その言葉に、少しだけ息が詰まる。

 そっか、セラにとってあそこは——


「ライルくんが連れてきてくれた場所だし」

「……ああ」

「だからさ」


 ほんの少し、声がやわらぐ。


「今日みたいに、一緒にいられるの、なんか安心する」

「……そうか」


 ——帰りたくなる場所だったんだろう。

 俺にとってのこの村みたいに、セラにとっては、あそこがそうなんだ。


「俺も……」


 上手い言葉が出てこない。

 少しだけ、言葉を探してから。


「……戻ってきて、よかったとは思ってる」

「ほんと?」

「ああ」


 小さく頷く。


「しばらくは、ここにいるつもりだしな」

「……そっか」


 その一言に、少しだけ安堵が混じる。


「じゃあ、もう勝手にどっか行かない?」

「行かないって」


 安心させたくて、即答する。


「少なくとも、何も言わずにいなくなるようなことはしない」

「……うん」


 小さく返事が返ってくる。

 それだけで、なんとなく空気が落ち着いた。

 嵐の音も、さっきより遠く感じる。


「ねえ」

「なんだよ」

「ちょっと寒い」

「布団ちゃんとかぶれ」

「そうじゃなくて」


 もぞっと動く音。

 少しだけ距離が詰まる。


「……近い」

「いいじゃん」

「よくない」


 即答するが、完全に離れるわけでもない。

 そのまま、妙な距離感で横になる。

 まだまだ外では風が鳴り続けている。

 窓が揺れる音と、時折聞こえる雨の音。

 それなのに、隣の気配の方がやけに大きく感じる。


「……」


 しばらくして。

 セラの呼吸が、少しずつ落ち着いていくのが分かった。


「……寝たか?」


 小さく呟く。

 返事はない。

 代わりに、規則的な寝息だけが返ってくる。

 さっきまであれだけ騒いでたのに、こういうとこは早い。


「……よかった」


 小さく息を吐く。

 このままだと、たぶん落ち着かないままだった。


 嵐の音を聞きながら。

 狭いベッドで、二人並んで。

 そのまま、ゆっくりと目を閉じた。


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