27話 外に出たい
今回もお楽しみください。
「え……?」
言った瞬間、少しだけ怖くなった。
断られるのは分かっていたから。
神父さんはライルと私の関係が知っていて、病気がちであることを知られている。
でも。
それでも、言わずにはいられなかった。
ライルは、少し困ったようにして
「……そっか」
そう言って、笑った。
……やっぱりダメだよね。神父さんに怒られちゃうから。
そう諦めていた時だった。
「いいとこあるんだ」
「え?」
一瞬、言葉を疑った。
「連れてってやるよ」
その言葉が、どれだけ嬉しかったか。
今でも、忘れられない。
外に出るのは、本当はダメだった。
身体のこともあるし、何より許可なんて出るはずがない。
「まぁ内緒にしておけばいいだろ、平気平気!」
でもライルくんは、そんなこと気にしない。
当たり前みたいに、手を引いてくれた。
「あ……」
教会の外に出たとき。
風が、頬に触れた。
それだけで、少しだけ驚いた。
外の空気って、こんな感じなんだって。
いつも窓越しに見ていた景色の中に、ちゃんと自分がいるのが、不思議で。
空は思っていたより広くて。
光は少しだけ眩しくて。
でも、怖いよりも——ただ少しだけ、嬉しかった。
「ほら、こっち」
そう言って連れていかれた場所が、あの秘密基地だった。
「ここ、俺たちの場所なんだ」
誇らしげに言う。
ノエルちゃんやマリーちゃんとも、ここで遊んでるんだって。
最近使われなくなった、ただの古い停留所みたいな場所だったけど。
それでも私には、なんだか特別な場所に見えた。
だってそこは、ライルが、私を連れてきてくれた場所だから。
教会の外で、こんなふうに誰かと過ごすのも初めてで。
誰かの「ここに来ていいよ」って言葉を、こんなふうに受け取ったのも初めてで。
「どうだ? いいとこだろ」
ライルは、ちょっと得意げに笑っていた。
「……うん」
うまく言葉にはできなかったけど。
ただ、何度も頷いた。
風が少しだけ気持ちよくて。
いつもより、少しだけ遠くまで見える気がして。
それだけのことなのに、胸が少しだけ軽くなった気がした。
その時の私は、きっと少し浮かれていたんだと思う。
「ねえ、あっち行ってみてもいい?」
少し離れた場所を指さすと、ライルは「ああ、いいぞ」と軽く頷いた。
その先は、少し開けた場所になっていて。
草も柔らかくて、歩きやすそうに見えた。
——見えただけだった。
「あっ……」
足を踏み出した瞬間、地面が崩れた。
体が、ふっと軽くなる。支えが消えて、体が前に傾く。
そのまま落ちる——はずだった。
「セラ!」
腕を掴んでくれた。
「……っ!」
ライルが、必死に引き留めようとしている。
けど、私の体は思っていたより重くて、足場はぐらぐらで。
「くそっ……!」
ぐっと力が込められる。
一瞬、止まった気がした。
——けれど、踏ん張っていた地面が、音を立てて崩れた。
「うわっ——!」
そのまま、二人一緒に落ちた。
視界が回る。体が何度も地面にぶつかる。
草と土の匂いが近くなって、遠くなって、またぶつかる。
やがて——どさりと、止まった。
「……っ、セラ!?」
すぐに、声がする。
ライルくんだった。
「大丈夫か!?」
「ら、ライルくん……」
なんとか声を出す。
ライルはすぐに体を起こして、こっちに駆け寄ってきた。
「どこ痛い!?」
「……わかんない……」
正直に言うしかなかった。
体に力が入らない。
さっきまでよりも、ずっと重く感じる。
「……あれ?」
動こうとしても、うまく動けない。
「おい、しっかりしろ!」
ライルの声が、少しだけ強くなる。
「動けるか?」
「……う、うん……」
そう言ったけど、全然動かなかった。
「……ごめん」
思わず、口に出ていた。
また、迷惑をかけてしまった。
せっかく助けてくれたのに。
……せっかく、連れ出してくれたのに。
「あ、謝るなよ……!」
すぐに返ってきたのは、弱弱しい声だった。
「お前のせいじゃないだろ!」
「でも……」
「でもじゃない!」
きっぱりと言い切る。
それから、少しだけ息を整えて。
「いいか、しっかりしろ……!」
まっすぐ、目を見て言われた。
「今から運ぶからな……!」
「え……?」
そう言った次の瞬間には。
ぐっと体を持ち上げられていた。
「ら、ライルくん……?」
「暴れるな、落とすぞ」
「う、うん……」
戸惑いながらも、力を抜く。
ライルくんはそのまま、私を背負い直した。
「行くぞ」
短く言って、歩き出す。
足場は悪いはずなのに、迷いなく進んでいく。
「……ごめん、本当にごめんな」
ぼそっと、そう言われた。
その背中に、ぎゅっとしがみつく。
教会までの道のりは、思っていたより長かった。
風も強くて、足元も悪くて。
それでも、ライルは一度も止まらなかった。
息が荒くなっても、少しふらついても。
それでも、ちゃんと歩き続けていた。
その背中に揺られながら。
私は、ぼんやりと思っていた。
——ああ。やっぱり私は。
この人に、迷惑をかけてばっかりだなって。
—————————————————————
教会に着き、扉が開いた瞬間、すぐに声が飛んできた。
「ライル!」
振り向いた先には、神父さんとライルのおじいさんがいた。
二人とも、ただならない顔をしている。
「何をしているんだ!」
神父さんの声は、いつもよりずっと厳しかった。
「こんな身体で外に出すなんて……!」
その視線は、まっすぐライルに向けられていた。
「……ごめんなさい」
ライルは何も言わない。
ただ、私を背負ったまま、少しだけ視線を落とした。
「彼女の体調は分かっていたはずだろう!」
「……分かってた」
小さく返す。
それだけだった。
「分かっていて、なぜ連れ出した」
今度は、低い声。
おじいさんだった。
普段よりもずっと静かで、重たい声。
「遊びで済む話じゃないぞ」
「……」
ライルは答えない。
言い訳もしない。
ただ、黙ったまま、その言葉を受け止めていた。
その姿を見て。
胸の奥が、ぎゅっと痛くなる。
……違うのに。
私が、外に出たいって言ったのに。
ライルは、ただ連れてきてくれただけなのに。
「……ごめんなさい」
思わず口に出した。
私はどうしたらいいのか分からなくて、ただただ苦しかった。
「今はいい」
神父さんに遮られる。
「まずは休みなさい」
優しい声だったけど、それ以上は何も言わせてもらえなかった。
そのまま、私はベッドへ運ばれて。
それ以上、ライルと話すこともできなかった。
———————————————————
それから少しずつ、何かが変わっていった。
ライルは、前みたいに無理に外に連れ出そうとしなくなった。
「今日はやめとくか」
そう言って、笑うようになった。
優しくて、気遣ってくれてるのは、分かる。
分かるけど——どこか、距離を感じた。
前みたいに、手を引いてくれることもなくなって。
私は、また部屋の中に戻っていった。
外の話は、相変わらずしてくれたけど。
それでも、前とは少し違っていた。
楽しいのに。
どこか、寂しくて。
そんな日が続いて。
気づいたら——ライルは、いなくなっていた。
何も言わないまま。
ただ、いなくなってしまった。
あの時。
ちゃんと、話せばよかったのに。
ちゃんと、止めればよかったのに。
それすらできないまま。
ただ、何もできずに——置いていかれてしまった。
面白い、続きが見たい!思った方は評価、ブクマ、リアクションもよろしくお願いします。




