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26話 セラの本音

今回もお楽しみください。

 ——ああ、こいつ。本当に、もう……。


「なにやってんだよ、こんなとこで」


 思わず強めに言う。

 外は完全に嵐だ。

 こんな場所にいる状況じゃない。


「え、えへへ……」


 雨に濡れたセラは少しだけ照れたように笑った。


「ちょっとだけ、様子見に来ただけ」

「様子見って……」


 呆れて言葉が出ない。

 こんなに濡れたら風邪をひくし、まず風で屋根が軋む音がする。

 正直、長居できる状態じゃないのは確かだ。


「壊れてないかなって、気になって」


 ぽつりと、セラが言う。


「この前、やっと形になったし……」


 視線は、小屋の中をゆっくりと見回している。

 その目は、妙に切なくて。


「……だからって一人で来るな」

「だって」


 少しだけ、間を置いて。


「来たくなっちゃったんだもん」


 小さく笑う。

 はぁ……ほんとに、こいつは。

 そう思いながら、ふと足元を見る。


 集めた木材や板が、風で飛ばされないようにまとめられていた。

 縄で縛ろうとしているのか、結びかけのままぐしゃぐしゃになっている。


「こんな中で直そうとしたのか?」

「だって、このままじゃ飛んじゃうかもしれないし……」

「今日はやるなって、危ないだろ」


 ぐいっと腕を掴む。


「やだ!」


 即答だった。


「せっかく作ったんだよ?」


 セラが、ぎゅっと材料を抱き寄せる。


「これくらいなら、今のうちにやっとかないと……!」


 頑なにここを守ろうとするので、つい強く言ってしまう。


「今じゃなくていいだろ!」

「よくないよ!」


 風に負けないように、声を張り上げる。


「また壊れたら、やり直しになるじゃん!」

「それでもだ!」


 思わず強く言い返す。


「お前が倒れたらどうすんだよ!」

「……っ」


 一瞬、セラの表情が揺れる。

 けどすぐに、きっと俺を睨んだ。


「そんなの、関係ないもん!」

「関係あるだろ!」

「ないもん!」

「なんでそんなに意地になるんだよ!」


 強く言い返されるので、俺も意地になってしまう。すると、弱々しくセラは答えた。


「ここは……思い出の場所なんだから!」

「……っ!」


 胸が、どくんと鳴る。


「……でも、あの時みたいに風邪ひいたらどうするんだよ!」


 思わず口に出ていた。


「覚えてたんだね」


 あの時——

 まだガキの頃、無理やり外に連れ出して。

 ここに来て、そのあとこいつは熱出して倒れた。

 あの記憶が、勝手に蘇る。


「……ライルくんが連れてきてくれたんだよ」


 セラがぽつりと言う。


「初めて外に出してくれて……ここに連れてきてくれたじゃない!」


 声が、少しだけ震えていた。


「……」


 言葉が詰まる。

 なんで今、その話が出てくるんだよ。


「……だからって」

「関係ない!」


 セラが被せるように言う。


「私は楽しかったの!」


 はっきりとした声だった。


「……でも俺は」

「ライルが出ていって、寂しかったの!」

「……っ!」


 言いかけて、止まる。

 あの時のことを思い出す。

 こいつが倒れたときの、あの感じを。


「でも、だって、俺がお前を連れてきたから……」

「……知ってる」


 セラが静かに言った。


「え?」

「私、知ってるんだよ」


 まっすぐに、俺を見る。


「ライルくんが、私のこと過剰に心配するようになった理由も」

「……なんで」


 急に何を言ってるんだ、こいつは。

 今はそんな話をしている時じゃないだろうに。


 だけど、心臓だけが妙にうるさい。

 ……確かに、あれからだ。

 こいつに対してだけ、妙に気を遣うようになったのは。


「だったら……無理するなよ……!」

「無理だから無理なんじゃない!」

「は?」

「だって、やりたいんだもん!」


 セラが叫ぶ。


「ここ、ちゃんとしたいの! 壊れたままなんて嫌なの!」

「だからって——」


 言い返そうとした、その瞬間。

 バキッ、と嫌な音が響いた。


「っ!?」


 反射的に顔を上げる。

 視界の端で、大きな影が揺れた。


「セラ!」


 考えるより先に、体が動いた。

 ぐいっと引き寄せて、そのまま覆いかぶさる。

 次の瞬間、重い衝撃が背中に叩きつけられた。


「……っぐ!」


 折れた太い枝が、小屋の中に叩き込まれていた。


「ライルくん!?」

「へ、平気だ……」


 歯を食いしばりながら答える。

 少しだけ痛い。だけど、あの時の痛みに比べたら全然マシだ。


「はは、少しは強くなっただろ……?」

「なに言ってるの、私のせいで……」


 腕の中で、セラがぎゅっと俺の服を掴んでいた。



 ———————————————————————



 あの日のことは、今でもはっきり覚えている。

 初めてライルと出会ったのは、あの教会の奥の部屋だった。


 私はその頃、ずっとそこで過ごしていた。商人の家に生まれたけれど、身体が弱くて、遠くまで旅をすることもできなくて。

 だから療養のために、親元を離れて教会に預けられていた。

 神父さんはとても優しかった。


「狭いけど、ここが君のお部屋だよ」


 連れてこられたのは静かな場所。

 優しくて、あたたかくて、いつも守られている。


 でも、少しだけ、退屈でもあった。

 こんなことを言ったら贅沢だよね、だって私は身体が弱いから。


 窓の外を眺めることはあっても、そこに行くことはできない。

 本の中でしか知らない景色ばかりが増えていく。

 そんな日々の中で、ある日。

 扉が、こっそり開いた。


「……っ」


 びっくりして顔を上げると、そこには男の子がいた。

 今思えば、完全に不法侵入だと思う。

 教会の奥の部屋なんて、普通は入っちゃいけない場所だし。


 でも、その時の私は、そんなことよりも。

 ただ、目の前に現れた“知らない誰か”に、心が追いついていなかった。


 だって、教会の中で見かける人は、だいたい決まっていたから。

 神父様、シスター、それから数人の人たち。

 外から来る人はいても、こんな風に、ふらっと部屋まで入ってくる人なんていないのだ。

 だから——思わず、聞いてしまった。


「……あなたは、だれ……?」


 すると、その子はきょとんとして。


「あ、えっと……」


 少しだけ考えてから、にっと笑った。


「俺はライル。ライル・ドーソン!」

「ど、ドーソンさん……」


 慣れない名前に、思わずそう呼んでしまう。


「セラ・ルミナリエ……です」


 自分の名前を言うだけで、少しだけ緊張した。


「ルミナリエさんかぁ、珍しい名前だなぁー」


 彼はそう言って、少しだけ首を傾げる。


「じゃあ、セラって呼んでもいい?」

「……え?」

「だって長いし、その方が楽だし」


 あっさりと言う。

 その距離の近さに、ちょっと戸惑ってしまう。


「な、長くてごめんなさい……」

「え!? いやいや、文句を言ったわけじゃないよ。こ、困ったなぁ……」


 おどおどした態度を見せたせいで、彼は悩んでいる。

 非常に申し訳なかった。ただでさえ誰かに迷惑をかけているのだから、また一人、困らせてしまう人が増えてしまった罪悪感で、身動きが取れなかった。

 だけど、何か閃くとすぐに私に提案する。


「じゃあ俺もライルでいいよ」

「ら、ライル……?」


 名前を呼ぶだけで、なぜか少しだけ胸がざわついた。


「そうだよ、俺もドーソンなんて呼ばれるよりライルって呼ばれる方がいい! なぁいいだろ?」

「……あはは」


 ライルくんは楽しそうに笑った。

 でも、私はその時、うまく笑えなかったのだ。

 今思えば、あれはただの人見知りだったんだと思う。


 当時の私は、自分がどうしていいか分からなくて。

 ただ、そこに立っていることしかできなかった。

 それでも。

 ライルくんは、次の日も来た。


「やっほー、元気にしてるかセラ!」

「ま、また来たの……?」

「また来たってなんだよ、来てほしくなかったのかよ」

「そ、それは……」


 気を悪くさせてしまったと頭で反省会だ。

 だけど、ライルくんそんな余地も与えてくれない。


「まぁいいや、暇だし付き合ってくれよ!」

「え、わわっ……」


 その次の日も、そのまた次の日も。

 ライルは私のところにきてくれた。


 どうやら、おじいさんの教育の一環で、教会で勉強をさせられていたらしい。

 また、巡礼者に混ざってお祈りなど、色々なこともしていたようだ。


 ライルは教会の話は退屈だからって、こっそり抜け出し、私のところに来ていたらしい。

 それを知ったときは、少しだけ驚いたけど。

 ——でも、嬉しかった。


「なあセラ、外ってすごいんだぞ」


 ライルは、いつもそうやって話をしてくれた。

 森のこと。町のこと。村のにぎわい。遠くの景色。

 見たこともないもの、知らなかったことを、まるで物語みたいに語ってくれる。


 少し大げさで、ちょっと嘘っぽくて。

 でも、本を読むよりずっと面白くて。

 気づけば、私は心を開き、また身を乗り出して聞いていた。


「ほんとにそんなことあるの?」

「あるある、俺見たもん」

「うそだあ」

「ほんとだって!」


 そんなやりとりを繰り返すうちに、いつの間にか。

 私は、ちゃんと笑えるようになっていた。

 それだけじゃない。

 ライルは、他の子たちの話もしてくれた。


「ノエルってやつがいてさ、パン作るのすごい上手いんだよー」

「もしかして、たまに見かける黒髪の子?」

「今度連れてきてやるよ」

「ほんと? でも迷惑じゃないかなぁ……」

「そんなわけないだろ、あとマリーってやつもいて——」


 知らない名前が、どんどん増えていく。

 知らない世界が、少しずつ広がっていく。

 それが、嬉しくて、楽しくて。

 ——少しだけ、羨ましくもあった。


 だって私は、そのどこにも行けないから。


「あはは……こほっ、こほっ……」

「大丈夫か?」

「う、うん。全然平気だよ」


 行きたいと思っても、行けないから。

 それでも、話を聞くだけで、少しだけ外に触れた気がしていた。


 そんな日々が、しばらく続いて。

 その日、私は初めてわがままを言った。


「……外に、出てみたい」


面白い、続きが見たい!思った方は評価、ブクマ、リアクションもよろしくお願いします。

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