25話 悪天候
今回もお楽しみください。
あれから数日が経った。
最初はただの曇り空だったはずなのに、日を追うごとに空の色は重くなっていく。
朝起きてもどこか薄暗く、空気も妙に湿っぽい。
風も、気づけば少しずつ強くなっていた。
「……なんか嫌な感じだな」
空を見上げながら、ぼそっと呟く。
こういう天気は嫌いじゃない。むしろ、静かで落ち着く方だ。
「まあ、この程度で壊れるほどヤワじゃない……はずだよな」
秘密基地のことだ。
この前、やっと形になってきたところだ。骨組みも組み直して、前よりはだいぶマシになったはずだし、多少の風くらいじゃビクともしないようにはしてある。
……してある、はずなんだが。
「……大丈夫だよな?」
風が少し強くなるたびに、頭の片隅で同じ考えがよぎる。
まぁ大丈夫だろ。大丈夫なはずだ。
そう思いながら、俺はいつも通り仕事に向かった。
その日も、仕事はいつも通りのはずだった。
手は動いている。やることも分かっている。
けど、意識だけがどこか別のところに引っ張られていた。
気がつけば、空を見ている。
風の音に耳を澄ませている。
「ライル、手止まってるぞ」
「……ああ、悪い」
じいさんの一言で、ようやく我に返る。
慌てて手を動かしながら、軽く息を吐く。
「天気、気になるか?」
「まあ、ちょっと」
「嵐になるらしいな」
「みたいだな」
短いやり取り。
けど、その「嵐」という一言で、ぼんやりしていた不安がはっきり形になった。
「無理に残るなよ。今日は早めに切り上げろ」
「わ、分かってるよ」
「まぁワシはこれから行くところがあるがな」
「……はい?」
急な連絡に、手が止まる。
「いやいや、無理するなって言ったのあんただろ」
「ワシは無理などせん」
「そういう問題かよ」
じいさんはいつもの調子で肩を回しながら、平然と言ってのける。
「嵐になるんだろ? 帰れなくなったらどうするんだよ。ケガでもしたら洒落にならないぞ」
「ほう、心配してくれているのか?」
じいさんがこっちを見る。妙に楽しそうな顔だ。
「ワシがそんなヤワな爺さんに見えるか?」
「う、うーん……」
見えるか見えないかで言えば、見えない。
というか、このじいさんがそこらの風や雨でどうこうなる姿は、正直あまり想像できなかった。
「……まあ、確かに」
「だろう?」
勝ち誇ったように鼻を鳴らすので、なんか腹立つな。
「けどなあ」
「なんだ、まだ言うか」
「いや、言うだろ普通。年寄りが変なタイミングで出歩くなって話だよ」
「お前に心配されるほど耄碌しとらん」
「そういう自信満々なやつが危ないんだって」
じいさんはからからと笑った。
「だったら、お前はお前で自分の心配でもしてろ」
「俺はしてるよ」
「本当か?」
「……あぁ、してる」
少しだけ間が空いたせいで、説得力がなくなった気がした。
じいさんはそれ以上突っ込まず、手早く片付けを済ませていく。
その背中を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
妙だな、と思う。
じいさんはこういう時、余計なことは言わない。
言わないが、何か知ってる時の黙り方をすることがある。
今が、ちょうどそんな感じだった。
「……なんだ爺さんに向かってその顔は」
「俺は反抗期の息子か」
「嘘つけ」
「変に勘ぐるな」
そう言うと、じいさんはひらひらと手を振った。
「分かったわかった、さっさと行け。暗くなる前に帰れ」
「……ああ」
納得したわけじゃない。
けど、ここで聞いてもたぶん教えてくれない。
じいさんのこういうところは、昔から変わらなかった。
少しだけ引っかかるものを残したまま、俺は道具を置いて、その場を後にした。
結局、その日は少し早めに仕事を切り上げた。
外に出ると、空は完全に曇りきっていて、遠くで低く雷が鳴っている。風もさっきより明らかに強い。
「……来るな、これ」
ぽつりと呟く。
砂埃が舞い上がり、視界が少し霞む。
雨も、ぽつぽつと落ち始めていた。
このままさっさと帰るべきだ。
こんな日は余計な寄り道なんてしないに限る。
「……いや、先に寄るか」
つくづく心配性なんだな俺は。
小さく息を吐いて、進む方向を変える。
今日の分の報告をまだしていなかったのを思い出した。
どうせ行くなら、今のうちに済ませておいた方がいい。
そう思って、教会の扉を押し開ける。
「……うわ」
中に入った瞬間、思わず声が漏れた。
いつもより人が多い。
受付の前には列ができていて、奥でも何人かが慌ただしく動き回っている。
「なんだこれ……」
こんなに混むことあったか?
少し首を傾げながら様子を眺めると、すぐに理由は見えてきた。
「……ああ、セラがいないのか」
あいつ、今有給消化中とか言ってたな。
いつも当たり前のように受付に立っているやつが一人いないだけで、ここまで回らなくなるとは。
「そりゃ人手足りないわけだ」
小さく苦笑が漏れる。
それにしても、こんな日に休み取らなくてもいいだろう。
外はどう見ても嵐の前触れだ。
普通なら外出を控えるレベルだと思うんだが。
まあ、あいつのことだ。
身体を休めたいとか、深く考えてない可能性もある。
「ライル」
「お、神父さん」
奥から顔を出した神父が、少し困ったように笑った。
「悪いね、今日はちょっと立て込んでいて」
「はは、とんだ災難ですね」
肩をすくめて笑った。
「報告なら後でもいいかな?」
「ああ、それでも構わないですが、俺になにか用ですか?」
「それが……セラを見ていないかな?」
「……え?」
思わず聞き返した。
「少し手伝いを頼もうと思って部屋に行ったんだが、いなくてな」
「部屋に?」
「ああ。外出しているのかもしれないが……手紙を残してどこかに行ってしまって」
神父は少し眉をひそめ、メモを取り出す。
中には『ごめんなさい今日は有給で! すぐに帰ります!』と書かれていた。
「休みならやりたいこともあるだろうけれども……」
雨は本降りに変わりつつある。
外はもう、かなり風が強くなってきていた。
「あいつがこんな日に外に出るかな……いや」
出るか出ないかで言えば——出る。
あいつはそういうやつだ。でも……。
「……」
頭の中に、あの時の光景が浮かぶ。
作業を終えて帰るとき。
あいつは、あの場所を――秘密基地を、じっと見ていた。
名残惜しそうに。
「……いやいや、まさか」
小さく呟いた瞬間、体が先に動いていた。
「ライルくん!? どこにいくんだね!?」
最後まで聞かずに、俺は外へ飛び出した。
風はさらに強くなっていた。
雨も完全に降り出している。
地面はぬかるみ、足を取られる。
「……くそ、マジかよ」
思わず舌打ちが出る。
視界は悪いし、走りにくい。
「こんな日に出掛けるなんて……」
呟きながら、前だけを見る。
向かう先は決まっていた。
あいつが行くとしたら、あそこしかない。
あの場所、秘密基地だ。
「……いるわけない、とは思うけど」
半分はそう思っている。
けど、もう半分が否定してくる。
あの時の顔が、何度も頭に浮かぶ。
「頼むからいないでくれよ……」
けれど、あいつなら行く。
そう思えてしまう。
息を切らしながら、さらに足を速める。
横殴りの風が体を叩く。
服はすでにびしょ濡れだ。
それでも止まる理由はなかった。
やがて、停留所跡が見えてきて、木々の隙間から見慣れた形が覗く。
「もしかして……」
目を凝らす。
小屋の中に影がある。
風に揺れて、かすかに動く人影。
「……やっぱりかよ!」
小さく吐き出す。
駆け寄って、中を覗き込んだ。
「……セラ!」
声を張ると、びくっと肩が揺れた。
「あ、ライルくん……?」
振り向いた顔は、少し驚いたようで。
でも、どこかほっとしたようにも見えた。
面白い、続きが見たい!思った方は評価、ブクマ、リアクションもよろしくお願いします。




