22話 作業再開
今回もお楽しみください。
それから数日後、完全オフの日。
やることがないわけじゃないが、急ぎでもない。
こういう日は、どうにも時間を持て余す。
それでなんとなく、足が向いたのはパン屋だった。
店に入って、適当にパンを選んで食事でもとろうかなと思っていた時である。
「あ、ライルくん♪」
店に入る直前。
妙にタイミングよく、セラの声が飛んできた。
「……なんでいるんだよ」
「えー? 来ちゃダメだった?」
にこにこと笑いながら、当たり前のように隣に立ってくる。
「どうせ暇でしょ?」
「決めつけんな」
「じゃあ違うの?」
「……暇だけど」
「ほら♪」
勝ち誇ったように笑う。
……こいつ、絶対狙ってたな。
その様子を、カウンターの向こうからノエルがじっと見ていた。
「何しに来たのよ、あんたたち」
「何しにって……」
言いかけたところで、ノエルの視線が俺の手元——正確には、さっきまで持っていた本に向く。
「……あんた、それ」
「ん?」
「本なんて持って、珍しいわね」
「ああ、これか」
軽く持ち上げて見せる。
恥ずかしいのもあり、何の本かは見えないようブックカバーをしておいた。
「イートインで時間潰そうと思ってな。パン食いながら読もうかと」
「へぇ」
ノエルは少しだけ目を細める。
「勉強熱心ね」
「なんでだよ、小説かもしれないだろ」
「どうだか。ライルはそういうとこ真面目だから」
「やめろ、似合わないから」
「自覚はあるのね」
くすっと笑われて、なんとなく居心地が悪い。
——で、このまま座って読むつもりだったんだが。
横にセラがいる時点で、そんな静かな時間は期待できない。
「……まあいいや」
俺は小さくため息をついて、本をカバンにしまい込んだ。
「読むのやめるの?」
「この状況で読めると思うか?」
「えへへ、無理かも♪」
楽しそうに笑うな。
「ちょっと思ったんだけどさ」
セラがくるっとこちらを振り返る。
「また行かない? 秘密基地♪」
「やっぱりそうくるよな」
まだ一週間も経っていない。
でも、様子を見るにはちょうどいいか。
「くす、私も別にいいわよ」
ノエルがあっさりと肩をすくめる。
「どうせ気になってたし」
「だよねー♪」
セラが満足げに頷く。
……やっぱり、最初からこいつの中では決まってたらしい。
「ていうか、店はいいのかよ」
「今日は早仕舞い。たまにはいいでしょ」
「……お前もか」
こいつら、こういう時のフットワークだけは軽い。
……やっぱり、最初からこいつの中では決まってたらしい。
「で、あとは――」
「マリーちゃん呼ぼっか♪」
完全に段取り済みだった。
けどまあ……悪くない一日だ。
———————————————————
停留所跡に近づいたあたりで、俺はふと違和感を覚えた。
「……ん?」
「どうしたの?」
セラが首を傾げる。
「いや、なんか……」
視界に入ってくるはずの形が、少しだけ違う気がした。
「……あー」
思わず声が漏れた。
目の前にあったのは、見慣れたはずの秘密基地。
「ちょっとボロくなってるわね」
ノエルがあっさりと結論を口にする。
「……だな」
せっかく先日セラと作業をしたのに、俺は頭をかいた。
まず目についたのは、組んだはずの骨組み。
しっかり固定したはずの木材が、微妙にズレている。
角度も少し歪んでいて、なんとも頼りない。
「ここ、ちょっと浮いてますわね……」
マリーが柱の一部を指で押すと、ぎしっと嫌な音がした。
「うわ、やめろやめろ。今崩れたらシャレにならん」
「そんなに脆いんですの!?」
「俺に聞くな」
どう見ても、強度が足りていない。
それに加えて——
「うわ、葉っぱすごいねぇ」
セラが足元を見て言う。
床代わりにしていた場所には、落ち葉がびっしりと積もっていた。
風で飛ばされてきたのだろう、端の方には枝まで混じっている。
「昨日今日でこうなったって感じじゃないわね」
ノエルがしゃがみ込み、葉っぱをつまみ上げる。
「数日放置したらこうなる、ってやつか」
「自然、なめてましたわ……」
マリーがしみじみと呟く。
さらによく見ると、屋根代わりに仮で乗せていた板の一部がズレていたり、外れかけている箇所もあった。
「風で持ってかれたっぽいな、これ」
「結構吹いてましたものね、この前」
セラがうんうんと頷く……はずだった。
「……セラ?」
声をかけると、彼女はその場に立ったまま、じっと小屋を見つめていた。
さっきまでの明るさが、すっと引いている。
「……あ」
小さく、声が漏れる。
「せっかく……やったのになぁ」
ぽつりと、落ちるような言葉だった。
視線の先には、ズレた木材と、散らばった落ち葉。
前に二人で直したはずの場所が、あっさりと崩れている。
「ちょっと戻っちゃったね……」
無理に笑おうとしているのが、分かる。
——ああ、これは。
思った以上に、こいつは気にしてたらしい。
「まあ、こういうもんだろ」
俺はわざと軽い調子で言った。
「こういうもん……?」
「一回で上手くいくなら、誰も苦労しねえよ」
近くのズレた木材を軽く蹴って、位置を直す。
「ほら、完全に壊れてるわけじゃないだろ」
「……うん」
「骨組みも残ってるし、直せば使える」
少しだけセラの顔を覗き込む。
「むしろ最初よりマシだ」
「……ほんとに?」
「ああ」
嘘じゃない。
最初の状態に比べれば、確実に形はできている。
セラは少しだけ迷うように視線を揺らして——
「……そっか」
小さく息を吐いた。
けど、その顔はまだどこか不安げだ。
「そんな顔すんなって」
思わず苦笑が漏れる。
「壊れたら直せばいい。それだけだろ」
「……うん」
少しだけ、いつもの笑顔に戻った。
「そっか。まだ終わりじゃないもんね」
「そういうこと」
その様子を見ていたノエルが、やれやれといった顔で立ち上がる。
「はいはい、感傷タイム終わり。やるわよ」
「切り替え早いな」
「止まってても直らないでしょ」
「正論だな」
マリーもぱん、と手を叩く。
「では、今日も作業ですわね!」
「やる気だな……」
「当然ですわ。ここまで来たら、立派な秘密基地にしてみせます!」
セラも、今度はしっかりと頷いた。
「うんっ、わたしも頑張る!」
さっきよりも、少しだけ力のこもった声。
「葉っぱ集めるのは任せてくださいね♪」
「無理すんなよ」
「大丈夫ですってば」
にこっと笑って、落ち葉をかき集め始める。
その背中を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
……まあ、悪くないか。
壊れて、直して、また壊れて。
それでもやる気になるなら、それで十分だろう。
「……よし、やるか」
俺も木材に手をかける。
時間はかかる。思ったよりずっと。
でも、それでもいい。
どうせ、急ぐ理由なんてないんだから。
面白い、続きが見たい!思った方は評価、ブクマ、リアクションもよろしくお願いします。




