21話 とある日
今回もお楽しみください。
その日は、やけに早く仕事が片付いた。
荷物を片付けながら、俺はちらっと空を見上げる。
まだ日が高い。夕方にもなっていない。
「……早すぎるな」
ぽつりと呟いた俺に、近くで帳簿を閉じていた祖父が笑った。
「文句か?」
「いや、逆だ。むしろ落ち着かないというか……」
苦笑すると、祖父は肩をすくめる。
「若いな。普通は喜ぶもんだぞ、早上がりなんて」
「いやまあ、そうなんだが……」
なんとなく、このまま帰る気にはなれなかった。
家に戻っても、やることがあるわけじゃない。
ふと、あの停留所——いや、秘密基地のことが頭に浮かぶ。
あれから三日くらいが経っただろうか。
俺たちは特に集まる用事もなく、各々注力すべきことがあるので、恐らく秘密基地のことなんか忘れてしまっているであろう。
まぁそんなものだろうが、なんだか気になる気持ちもあった。
「じいさん、まだ手伝うことってあるか?」
「ない」
そう聞くと、祖父は即答だった。
「即答だな……」
「むしろあっても邪魔だ」
ばっさりだった。
「いやいや、そこまで言わなくても……」
「お前、さっきまで十分働いたろ。こういう日は休め。無理に仕事を探して働くと、後でガタが来るぞ」
そう言って、軽く背中を叩かれる。
「それに——」
祖父は、少しだけ目を細めた。
「なんかやりたいことでもあるんじゃないのか?」
「……え?」
一瞬、言葉に詰まる。
その間がすべてを物語っていたのか、祖父はにやりと笑った。
「顔に書いてあるぞ。寄り道したいです、ってな」
「そんな分かりやすいか、俺?」
「分かりやすい」
断言された。
「ほら、行ってこい。仕事は逃げないが、そういう時間は逃げるからな」
「……ありがとうございます」
軽く頭を下げて、俺はその場を後にした。
——とはいえ。
「うーん、本当に行くのか……? 俺一人で?」
外に出てから、改めて立ち止まる。
特に何をするか、考えていたわけじゃない。ただ、なんとなく足が向いた先は――やっぱり、あそこだった。
「……まあ、いいか」
理由なんて、後付けでいい。
俺はそのまま、秘密基地へと足を向けた。
————————————————————
停留所跡に近づくと、木材の擦れる音が聞こえてきた。
「……ん?」
誰かいるのか。
足を速めて見てみると——
「よい、しょ……っ、うぅ、おもい~」
小さな身体で、長い木材を引きずっている銀髪の少女が一人。
「……おい」
「ひゃうっ!?」
驚かしてしまったようで「悪い」と一言謝り、尋ねた。
「なにやってるんだよ、お前」
セラはぴたりと動きを止めて、くるりと振り返る。
「あ、なんだライルくんかぁ~」
にこっと、いつも通りの笑顔。
「どうしたの、こんな時間に?」
「それはこっちの台詞だろ……なんで一人でやってんだ」
呆れ半分、心配半分。
セラはえへへ、と少し照れたように笑った。
「有給消化中なのです♪」
「なんで有休消化中に労働してるんだよ」
反射的にツッコミが出る。
「いや、有給ってのは身体を休めたりするためのもんだろ」
「そうとも言いますねぇ」
「言いますねぇって……」
セラはくすっと笑う。
「でも、好きなことに使ってもいい時間でもありますよ?」
「それは……まあ、そうだけど」
「今のわたし、ちゃんと楽しいし♪」
そう言われると、強くは言えない。
ていうか、有給休暇なんて久しぶりに聞いた単語だ。
確か記憶では、働いてなくても金がもらえる休み……だっけか。
……なんだその意味不明な制度。
冒険者には一切縁のない権利である。休んだらその分きっちり無収入だ。
下手すりゃ準備費やら宿代やらで、休むほど金が減るまである。
例えば「今日は休みです♪ でも報酬出ます♪(CV:セラさん)」なんて世界、聞いたことがない。
むしろ「今日は休みです♪ なので死ぬほど金減ります♪(CV:おれ)」が現実だ。
……そりゃまあ、そんな都合のいい休みがあるなら、こういう使い方したくもなるか。
「で、どれくらいあるんだ?」
「えっとねー、一か月分くらい?」
「な、長っ!?」
思わず声が裏返る。
「ホワイトな職場だから♪」
「ほ、ホワイトすぎるだろ……」
「でも一気に使うわけじゃないよ? 今日だけ休みにしてるの。ちょっとずつね、気が向いた時に使わないと無くなっちゃうから」
「なるほど、なぁ……」
そんな条件の良い仕事だったのか、あれは……。
いや、それより。
「だからって、こんな重いもん一人で運ぶなよ」
俺はセラの手から木材を受け取る。
見た目以上に重い、セラが苦戦するのも無理はない。
「えへへ、でもやらないと進まないし」
「白魔法でどうにかならないのか? ほら、書類を運んでたみたいにさ」
「うーん、それがねぇ……」
セラは少し困ったように首を傾げる。
「自分の力以上のものは持てないんだよね」
「……ああ、そういう制限あるのか」
便利そうで、ちゃんと不便なんだな。
「だから、ちょっとずつ頑張ってたの」
「無茶するなよ。元気になったとはいえ、元々身体が弱かったんだから……」
ため息をつきながら、木材を所定の場所へ運ぶ。
戻ってくると、セラがじーっとこちらを見ていた。
「……なんだよ」
「ライルくんは、なんで来たの?」
まっすぐな視線。
「え、いや、その……」
言葉に詰まる。
別に、理由なんてなかった。ただ、なんとなく。
「……ええと、暇だったから?」
「ふーん?」
にやり、とセラが笑う。
「本当に?」
「本当だって」
「ほんとかなぁ」
じりっと距離を詰めてくる。
期待交じりなところ悪いが、実のところ本当に何も考えてない。
だけど、そんな無計画な奴だと思われたくない気持ちもあって。
「顔、ちょっと赤いよ?」
「……気のせいだ」
「ふふ、ライルくんって、意外とマジメなんだね~」
「なんでそうなる」
思わず眉をひそめる。
「だって、なんとなく来たって言えばいいのに、ちゃんと理由を探そうとしてるでしょ?」
「……っ」
図星だった。
セラはくすくすと笑う。
「かわいいんだね~」
「誰がだ」
「ライルくんが♪」
「やめなさい」
軽く額を小突くと、セラは「あうっ」と小さく声を上げて笑った。
「じゃあさ~」
少しだけ真面目な顔になる。
「せっかくだし、一緒にやろ?」
「……まあ、せっかく来たんだし」
一人でやらせるよりは、その方がいい。
「他のやつらは?」
「ノエルちゃんはお店だし、マリーちゃんも色々忙しいだろうし声掛けなかった」
「そっか」
まぁ普通そうだよな。
コイツが有給とかいうふざけた制度を使って時間を持て余しているんだから。
「じゃあ俺たちだけでやるか」
「うんっ♪」
セラの顔がぱっと明るくなる。
その表情を見て、少しだけ胸の奥が温かくなった気がした。
————————————————————————
それからしばらく、二人で作業を続けた。
木材を運んで、組み立てて、位置を調整して——地味な作業の繰り返しだが、不思議と退屈はしない。
「よいしょっと……」
セラが小さな板を運びながら、ふと呟く。
「ここ、昔とちょっと違うね」
「まあな。だいぶ壊れてたし」
俺が答えると、セラは少しだけ寂しそうに笑った。
「でも、いい感じだよ」
「そうか?」
「うん。前より、もっと基地っぽい」
「こういう知識がないから雑だけどな」
楽しそうに周囲を見回す。
その視線は、どこか懐かしさを帯びていた。
「好きなんだな、ここ」
「うん」
即答だった。
「すごく好き」
迷いのない言葉。
吸い込まれるように尋ねる。
「なんでなんだ?」
そう言って、セラは少しだけ首を傾げる。
「……いたから、かな」
ぽつり、と。
「ここに来ると、ちゃんと帰ってきたなって思うの」
その声は、いつもの軽さとは少し違っていた。
俺は何も言わずに、木材を組みながら耳を傾ける。
「だから、早く直したくて」
ぎゅっと、手を握る仕草。
「それに、またみんなで使えるようにしたいなって」
「……そうか」
短く答えると、セラはにこっと笑った。
「うんっ」
それ以上は、何も言わなかった。
けど、その気持ちは、なんとなく分かる気がした。
俺もここに来ると、少しだけ昔の自分に戻れるから。
「よし」
木材をしっかり固定して、立ち上がる。
「もう少しやるか」
「うんっ♪」
セラも元気よく頷く。
夕方の光が、少しずつ柔らかくなっていく中。
俺たちは、何も言わずに作業を続けた。
——なんでだろうな。
理由なんて、別にいらないのかもしれない。
ただ、ここに来たくて。
ただ、セラと一緒にやりたくて。
それだけで、十分だった。
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