17話 待ち合わせ
今回もお楽しみください。
その後も少し作業を続けて、畑仕事は無事ひと段落を迎えた。
ローレンさんは「では、わしは先に失礼するよ」と土のついた手を振り、陽が傾きかけた道をゆっくりと引き返していく。
そこで、俺は言った。
「屋敷まで送っていくよ」
「え、どうしたんですの急に」
不思議そうに顔を覗き込むマリー。何か変なことを言っただろうか。
「いや、また変なことに巻き込まれたらまずいからさ」
「……そういうデリカシーのない言い方はキライですわ」
率直に告げると、不機嫌になる。
一言だけ「ごめん」とだけ言っておいた。
そして、俺はマリーの横を歩き、彼女の屋敷まで付き添うことにした。
疲れが滲む足取りとは裏腹に、マリーの横顔にはまだほんのりと高揚の色が残っている。
「今日は……本当に、ありがとうございました」
屋敷の門をくぐったとき、マリーがふいに足を止めてこちらを向く。
日傘の影から覗く彼女の瞳は、思っていた以上に真剣だった。
「もういいって、ちゃんと謝礼ももらったしな」
俺は手に持った籠の中身。
お金ではなく、艶やかに色づいたルルリアの果実をちらりと見下ろす。
「これ、美味かったよ。傷んでなさそうだし、帰って冷やしてから食べてみるか」
「でも、それとこれとは話が別ですわ」
マリーはぷいと横を向いて、腕を組む。
そこで、急な提案が飛んできた。
「ですから、明日——予定を空けておいてくださいまし!」
「……は?」
思わず聞き返す。
「なんでだよ」
「お礼がしたいからですわ!」
「いや、だから今ので十分だし、仕事があるからさ」
「明日もお仕事はありませんわよ?」
「へ?」
「わたくし、ちゃんと確認してきましたもの」
俺はてっきりあるものだと思っていたのだが、まさか。
「……仕事抜けて確認に行ってたのか?」
「ふふ、先を見越して行動するのが、お嬢様のたしなみというものですの♪」
何がたしなみだ、と言いたくなる気持ちを飲み込みつつ、俺は肩をすくめる。
「まぁ……仕事がなけりゃいいけどな」
「嬉しいですわ!!」
ぱぁっと顔を輝かせるマリー。
まるで、犬が尻尾を振るかのような素直さだ。
「ただし、変な起こし方だけはやめろよ」
俺は念押しするように指を立てた。
「ベッドにダイブとか、冗談抜きで危ないからな。今日、首が変な音したぞ」
「……ご安心くださいまし!」
「なんだ今の間は」
即答しろよ即答を。
「分かりましたわ、もう起こしにいきませんし、明日は正統派なお礼を用意しておきますわ♪」
何が“正統派”だ。
とツッコミたくなるが、これ以上言っても無駄なのはよく分かっている。
「じゃあ、また明日ですわね。広場で待ち合わせをしましょう! お風呂に入ってから素敵なことでも考えておきますわね♪」
「だから余計なこと考えんな!」
そう怒鳴り返した時には、もう彼女はくすくすと笑いながら扉の向こうへと消えていた。
残された俺は、ルルリアの甘い香りが漂う籠を抱え、ため息を一つ。
「……明日、何されるんだろうな」
なんとなく、あの調子だとまた一騒動起きそうな気がしてならない。
けれど同時に、ほんの少しだけ、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「……いやいや、よこしまなこと考えるなよ、俺。ただのお礼だ。ただの、な……」
頭を軽く振って、俺は帰路についた。 西の空に染まる夕焼けが、どこか妙に眩しく感じられた。
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翌日――。
約束の時間より少し早く村の広場に到着した俺は、石造りのベンチに腰を下ろし、風に揺れる木の葉の音に耳を澄ませていた。
「……なんだこれ、完全にデートの待ち合わせじゃないか?」
ぽつりと呟いたあと、ぶんぶんと首を振る。
ちがうちがう、これはあくまでお礼の場。
気を遣ってくれたマリーがわざわざ設けてくれた、ただの感謝の時間だ。
なのに、なぜこんなにも落ち着かないんだ、俺の心臓。
「はぁ……落ち着け、俺……」
大きく息を吐いて空を仰いでいると、視界の端に銀と黒——見覚えのある髪色が滑り込んできた。
「やっほー、ライルくん♪」
「遅刻せずに来たなんて、見直したわ」
「……ん? セラ? ノエル? なんでお前らがここに?」
思わぬ登場に、俺はぽかんと口を開ける。
ノエルは涼しい顔で、パン屋の制服を脱ぎ捨てたようなラフな格好だ。
セラも白いワンピース姿で、まるでピクニックの帰りのようだった。
「ふふん、さっき市場の角で村のおばあちゃんに聞いちゃったのよ。マリーちゃん、ライルくんと待ち合わせなんですって~って♪」
「そしたら気になっちゃってね……まったく、それって完全に抜け駆けじゃないの」
「抜け駆け? 何の話してるんだよ……」
俺が言い返すと、セラとノエルは顔を見合わせていたずらっぽく笑った。
「恋の戦争は情報戦なのよ、ライルくん?」
「公平に行きましょうね、勝負事は」
「……なんの勝負だよ」
そうして一悶着やっていると、慌てたような足音が広場に響いた。
「遅れてしまって、すみませんわーっ! ……えっ!?」
声の主は、息を弾ませて駆け寄ってくるマリーだった。
「ようマリー、どうしたんだ、顔色が悪いぞ?」
「いえ、その……セラ様とノエル様がいらっしゃるとは、思っておりませんでしたので……」
「……?」
ぼそりと呟くマリーの視線が、俺の背後のふたりに向けられる。
小さく呟いたその瞬間、俺はなんとなく気づいた。
マリーは二人きりで会いたかったんだろうな、と。
「で、今日は何するの?」
「今日はマリーに昨日のお礼をしてもらう予定だったが、こうなったら予定変更だな」
「そうだね、じゃあ何をしよう!」
空気を変えるように、セラがぱちんと手を叩く。
そこで俺は尋ねた。
「……え、何か考えてきたんじゃないのか?」
「え、何も?」
「私も……」
俺はマリーの方に視線を向ける。
「このメンツが集まる予定なんか考えているわけありませんわ」
「そうだよな」
……全員、無計画。
集まったはいいが、まさかのノープランだった。
「ていうか……そっちが勝手に来たんだから。俺はてっきり、お前ら何か考えてきたもんだと……」
全員無計画。
まさかのお礼会が、即席の寄り合いみたいになってしまっている。
「うーん、だったら久々に村の変わったところでも案内して欲しいが……」
ふと、頭の奥に浮かぶ懐かしい景色があった。
「そういや……あの“秘密基地”、まだ残ってたりするか?」
ぽつりと口にしたその一言に、三人の顔が同時にぱっと輝く。
「あっ、あの林の奥の小屋のこと?」
「あるわよ、でも今はどうなってるかしら」
「懐かしいですわ……あの場所、まだ壊されていないなんて、奇跡的ですわね」
だったら話は早い方がいい。
「よし、じゃあ……行ってみないか。せっかくだし」
その提案に、三人とも声をそろえて「賛成!」と頷いた。
ただの休日の集まりだったはずが、思いがけず故郷の記憶をたどる小さな旅へと変わっていく。
どこか騒がしく、けれど心地よい少女たちの笑い声を背に、俺は懐かしい小道へと足を向けた。
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久々に更新しました。
本当に気が向いた時に更新させて頂きます。
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