14話 押しかけ
今回もお楽しみください。
初仕事から、ちょうど三日が経った頃のことだった。
村での仕事にも徐々に慣れてきて、朝から薪を割って汗を流す生活にも、少しずつ心地よさを覚えるようになっていた。最初は腕も筋肉痛で悲鳴を上げていたが、今では斧の重さも軽く感じる。
そんな矢先、昨晩のこと。
「明日は何か仕事あるか?」
夕飯を食べ終えた後、じいさんにそう尋ねた俺に、彼は肩を回しながら笑った。
「ん? 明日は休みでええ。ワシも腰が鳴ってきたわい」
——つまり、堂々と朝寝坊してもいい日というわけだ。
俺はニヤリとほくそ笑みながら、ふかふかの布団を整え、鍵をしっかりとかけて眠りについた。ここ最近、セラが「おはよう♡」とか言いながら勝手に部屋に入ってくるせいで、ゆっくり寝る暇もなかった。
しかし、今日は完璧な防御。
俺の平穏は守られたも同然だ。
そう思っていたのだが……。
ドンドンッ!!!!
扉をぶち破りそうな勢いでノックが鳴り響く。
「……誰だよ、ったく……セラか? でも今日は眠らせてもらうからな……」
俺は布団をかぶりながら、ぶつぶつと文句をこぼした。
鍵はちゃんとかけたはずだ。今日ばかりは絶対に開けさせない。
が——。
バガァン!!!
とんでもない音がして、部屋の扉が爆散した。
「うわあっ!?!?」
飛び起きる間もなく、何かが俺の上に飛び込んでくる。
「——ぐえっ!?」
胸に思いっきり体当たりされ、そのまま布団ごと押し潰される。
目の前に広がるのは、ふわふわした金茶色の髪と、涙目でしがみついてくる少女の顔。
「助けてくださいましぃぃぃ〜!!」
「は!? マリー!?」
意外な登場人物に、俺は目を白黒させた。
「な、何してんだよお前?」
「ライル、お願いです、うちの畑仕事を手伝っていただけませんこと!?」
「いや待て、まず落ち着け……! というかお前、扉どうした?」
俺は指を差す。
すると、けろっとした態度で言うのだ。
「あら……ちょっとだけノックが強すぎましたかしら?」
「“ちょっと”の範疇を超えてるんだよ」
俺はぐらつくドア枠を睨みながら、目を細めた。
破片のあたりに、わずかに魔力の痕跡が漂っている。
「お前……魔法で無理やり開けたな?」
「開けたのではなく……叩いたら開いたのですわ」
「それを“壊した”って言うんだが?」
マリーは気まずそうに笑いながら、布団の上でちょこんと正座をする。
「実は、うちの畑の作業員が腰を痛めてしまって。急なことで、人手が足りなくなりまして……」
「はぁ……」
「それで! 力持ちで頼りになって、しかもヒマそうな人を思い出したら、ライルしかいなかったんですの!」
「言い方」
「ね、お願いですわ。ライルの勇姿、また見せてくださると嬉しいですの」
お前は最初からお願いする気あるのか疑わしいが……。
「はぁ……まぁ、予定ないし……いいよ、手伝ってやるよ」
「ほんとですの!? 助かりますわ! 報酬はちゃんと弾みますわよ!」
パンと両手を合わせてベッドの上を飛び跳ねる。
おてんばなところもいいが、もっと静かに来てほしかった。
「いやいや、いいって。幼馴染が困ってる時くらい、手ぐらい貸すよ」
「……ライル、優しすぎてわたくし、惚れ直してしまいそうですわ」
マリーはハンカチを取り出し、出てない涙を拭う仕草をする。
「その前に扉直せ」
「えぇぇ〜……また壊れたら困りますから、修理代は……ライルが?」
「どの口が言ってんだ、コラ」
俺は額を押さえ、ため息をついた。
——どうやら今日は、平穏とは無縁の一日になりそうだ。
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マリーに連れられ、屋敷の裏手を抜けて、しばらく小道を歩いた先——。
目の前に広がった光景に、俺は思わず足を止めた。
「……うわ、すげぇな」
懐かしさよりも先に、驚きが口をついて出る。
そう、ここがマリーの家の畑だということは、もちろん覚えていた。子どもの頃にも何度か手伝いに来たことはある。
けれど——それでも、久しぶりに目の当たりにすると、その広さには圧倒される。
丘をゆるやかに下った先に、まるで果てしなく続いているかのような畝の列。陽を受けた緑の葉が風にそよぎ、まるで大地そのものが息をしているようだった。
手入れの行き届いた畝の並び。収穫を待つ作物たちの艶やかな色合い。
この村に戻ってから、何度か畑は見てきた。だが、ここは規模も、管理の丁寧さも、まるで別格だった。
「……まさか、これ全部……?」
驚き混じりに尋ねると、マリーは日傘をくるりとひと振りして、誇らしげに微笑んだ。
「ええ、そうですわ。うちの畑、全部ですの」
どこか当然のように、けれど少しだけ得意げに。
この村一番の名家の令嬢。物腰は柔らかでも、こうして見るとやはり“本物のお嬢様”なんだと実感させられる。
土地も、人脈も、誇りも。何ひとつ、表に出して見せびらかすことはないけれど——確かに、持っている人間の余裕がそこにある。
「……でも、広すぎないか? 人手、足りるのかこれ」
思わずそんな言葉が漏れる。
「ふふっ……だからこそ、ライルにお願いしに来たんですのよ♡」
そう言ってくるくると日傘を回しながら、マリーは俺の顔を覗き込む。
「わたくしの目は間違っていませんわ。あなたなら、この畑の救世主になれるって……!」
「いや、お前……口説きに来たのか、仕事頼みに来たのか、どっちだよ」
「両方に決まってますわ♡」
即答すぎて、返す言葉もなかった。
どうやら今日も、この村の平和はにぎやかに守られているらしい。
「てか、セラに頼まなかったのか?」
「えぇ、急なお仕事ですからね。教会のお務めもありますし、無理は言えませんの」
それは確かになと。
「……じいさんは?」
「あら、あの方なら……隣町で昼間から酒盛りしてるそうですわ」
「またかよ……」
ため息をひとつついた俺に、マリーが籠を手渡してくる。
「それでは、今日はこの区画の収穫をお願いできます?」
籠を受け取りながら、目の前の作物を見渡す。
艶やかな実が陽光を弾きながら、ずっしりと重そうに実っている。
「……見事なもんだな。美味そうに育ってる」
「ふふ、それは嬉しいですわ」
そう言ったかと思えば、マリーは手近な枝から赤く熟した実をひとつ摘み取った。
「こうやって……そっと摘んで、そのまま……ぱくっ」
と、まるで見せつけるように、ひと口。
「おいおい……」
「いいんですのよ、一つくらい。ご褒美ですわ♪」
そう言いながら、にこりと笑うその顔には、どこかしたり顔の余裕があった。
「いやいや……あんま見せられるもんじゃ——んむっ!?」
言い終わる前に、マリーが手にした果実をいきなり俺の口元へ。
思わず受け入れてしまった。果汁が舌に広がる。
「……うまっ」
思わず声に出た。
「うふふ♪ ライルの口から美味しいのひと言が聞けるなんて、これは間接キス効果ですわね♡」
「ぶっ……!? なっ、何を言い出すんだお前っ」
顔が、かぁっと熱くなるのを感じた。
「まぁ、照れてらっしゃるのも可愛いですけれど♡」
そう言って小さく肩をすくめる彼女に、俺はそっと顔をそむけた。
「……さ、さっさと始めるぞ」
「ふふ、了解ですわ〜♪」
俺は無言で籠を抱え、畝に向かう。
指先に土の感触が伝わる。
空は晴れ渡り、汗ばむ空気の中、隣では相変わらずマリーが機嫌よさげに鼻歌を歌っている。
——どうやら、今日もにぎやかな一日になりそうだ。
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