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13話 祝福

今回もお楽しみください。

「せっかくだから、お祈りしていく?」


 セラが微笑みながら問いかける。


「そうだな」


 俺は軽く頷き、教会の静かな空間へ足を踏み入れた。

 並べられた木製の椅子に腰を下ろし、目を閉じる。


 ——さて、何を願えばいいだろうか。

 雑念ばかりが頭を駆け巡って、うまく祈ることすらできない。

 そんな中、隣に座ったセラがぽつりと呟く。


「そういえば……ライルくん、昔、神父様の長話に耐えきれなくて寝落ちしちゃったことがあったよね」

「……あぁ、そんなこともあったな」


 懐かしい記憶が、ぼんやりと浮かび上がる。

 あの頃、日曜日の礼拝は子どもにとっては地獄みたいな時間だった。

 神父様は温厚だが話が長く、俺は途中で意識を手放してしまい、こっくりと眠り込んだことがある。


「でもね、私も眠かったんだ」


 セラはくすくすと笑って続ける。


「だからライルくんが寝てくれたとき、すっごく助かったんだよ」

「おいおい……それ、バチが当たるぞ」


 肩をすくめると、セラはえへへと笑った。

 その無邪気な笑顔は、昔と変わらないようでいて——どこか、ほんの少しだけ違って見えた。

 だからだろうか。

 ふいに胸がざわついて、俺は口に出してしまった。


「……変わらないと思ってたものが、変わったとき——お前は、どうする?」

「へ?」


 セラが一瞬、目を見開き、俺の顔をじっと見つめる。

 しまった、と思った。急にこんなことを聞かれても困るだろう。

 でも俺には、理由があった。


「……ノエルの両親、もういないって聞いてさ」


 そう呟くように言うと、セラの目が優しく細められた。


「……そうなんだよね。寂しいよね」

「俺、何も知らなかった。ずっと遠くで勝手に冒険して、顔も出さずに……」


 自分の無力さと、無関心だったことが不意に胸に刺さった。


「だから今更になって、いろいろ考えちまってさ。みんなが変わってて、俺だけ置いてかれてしまったら……って思ってしまった」

「ライルくん……」


 セラはそっと視線を落とし、そして小さく息を吐いた。


「うーん、私だったら……そうだなぁ」


 そう言って彼女は組んでいた指を解き、祈るように手を合わせる。


「変わったってことは、その人にとって必要な変化があったってことだよね?」

「……」

「だから私は、その変化を受け入れるよ」


 その声は、穏やかで、でも芯のある声だった。


「昔のままでいてほしいって思うこともあるけど……でも、それって私の勝手な願いだし」


 そして、まっすぐに俺の方へ向き直る。


「ライルくんが変わってたら、それを知りたいし、今のライルくんをちゃんと受け止めたい」


 まっすぐな言葉に、少しだけ息が詰まる。

 変わることを、彼女は恐れていない。


「でもね、ライルくん?」

「……なんだよ」

「ライルくんの変わらないところも、私はちゃんと大事に思ってるよ?」

「……変わってない、か?」

「うん。例えば——」


 セラは少しだけ首を傾け、指を口元に当てる。


「不器用なくせに、無駄に考え込むところとか?」

「……おい」

「それから、私が困ってたら、絶対に助けてくれるところ」

「……」

「昔と同じだよ、ライルくん」


 その一言に、胸が温かくなると同時に、ぎゅっと締めつけられた気がした。


「……変わらない部分があるのも、悪くないのかもな」


 ポツリと呟くと、セラは嬉しそうに微笑んだ。


「うん、そう思うよ」


 静かな時間が、教会に流れていた。

 だが、その静けさを破るように——


「……ライルくん」


 囁くような声とともに、ふと俺の肩に重みが加わった。

 セラの銀色の髪がさらりと揺れ、彼女の頭がそっと寄りかかってくる。


「ちょっとだけ……こうしてると落ち着くから」


 囁くような声が耳元でくすぐったい。

 昔と同じ——でも、今は少し違う。

 幼馴染という枠を、どこか越えてしまいそうな距離感。


「あ……えっとさ……」


 俺が何か言おうとしたそのとき——


「はい、そこまでーっ!」


 ぽふっ。

 セラの頭に、妙にやわらかい衝撃が走った。


「いたっ!? なにするの、ノエル〜!」


 目を向ければ、ノエルが柔らかそうなパンでセラの頭を軽く叩いていた。


「抜け駆けは、よくないわよ?」


 ノエルはにっこり微笑んでいたが、その目はじわりと圧を滲ませている。


「な、なんのことかなー? 私ただちょっと寄りかかっただけで……」

「ふふっ、しらばっくれてると、もう一本いくわよ?」


 セラが慌てて身を引き、俺はそのやりとりをぽかんと眺める。

 今日は固くないようだが——やっぱりノエルのパンは、食べる以外の用途も優秀だ。


「……で、ライルぅ?」


 不意に名前を呼ばれて、俺はびくりとする。

 ノエルは何事もなかったかのように、紙袋を差し出してきた。


「今日はお疲れ様。またパンばっかりだけど、よかったらこれ、夜食にでもどうぞ」

「……あぁ、ありがとな」


 受け取った袋の中から、焼きたての香ばしい匂いがふわりと立ち上る。

 その温もりが、心にまで沁みてくる気がした。


「はぁ……ノエルのパン、やっぱりいたいぃ……」


 セラが頭を撫でながらぼやく。


「ちがうわよ、それは“やさしさのこもった柔らかパン”です」

「硬さは相手によって変えてるんだな……」


 そんな軽口を交わしながら、俺の心の奥に溜まっていたもやもやは、少しだけ晴れた気がした。


 ——今日は、いろいろあった。

 でも、悪くない一日だった。


 月明かりが差し込むステンドグラスが、まるで神の祝福のように、俺たちを柔らかく照らしていた。



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