12話 白魔法
今回もお楽しみください。
薪を運び終え、教会へ依頼の報告をしに行こうとした矢先——。
「お、ドーソンじゃねえか!」
突如、朗々とした声が響いた。
俺の隣を歩いていた爺さんが、声のした方へ振り向く。
そこに立っていたのは、年季の入った作業着を着た壮年の男だった。
爺さんの知り合いだ。
……だが、名前が思い出せない。
見覚えのある顔ではある。
俺が幼い頃にも何度か会った記憶があるが、正直、爺さんの友人という認識しかない。
「そっちのガキは……もしかしてライルか!?」
男の目が大きく見開かれる。
「おお、久しぶりだな! でっかくなったなー!」
「はは……そんなこともないですよ」
適当に愛想笑いを浮かべながら答える。
「まぁ、そりゃそうか。お前がこの村を出てったのが……えっと、十年くらい前か?」
「ああ、そのくらいですね」
……やっぱり気まずい。
俺はこの人のことを「爺さんの知り合い」としてしか認識していない。
とはいえ、こうして気さくに話しかけてくれるのだから、悪い人ではないのだろう。
「ライル」
爺さんがふと俺に声をかけた。
「俺はちょっとコイツと話がある。先に教会に行って、依頼報告を済ませてきてくれ」
「……お、おう」
俺の微妙な心情を察したのか、爺さんはそう言って依頼書を手渡してきた。
そして、男と肩を並べ、昔馴染みのように会話を交わしながら、のんびりと歩いていく。
——まぁ、助かったといえば助かった。
こういう場面は、どうにも対応に困る。
俺は一息つき、気を取り直して教会へ向かうことにした。
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久しぶりに足を踏み入れた教会は、静謐で神聖な空気に満ちていた。
高い天井に柔らかな光が差し込み、ほのかに香る古い木の匂いが懐かしい。
入り口近くにはカウンターのような受付があり、その奥の棚には山積みにされた依頼書が詰め込まれている。
そこで、一心に書類を整理している銀髪の少女——セラがいた。
「よう、終わったぞ」
俺が声をかけるとセラは顔を上げ、ぱっと笑顔を浮かべた。
「え、早いねーお疲れ様」
カウンターに依頼書を置くと、彼女はそのまま俺の手を両手で包み込んだ。
「……ど、どうした?」
突然のことに驚くと、セラはにっこりと微笑んだ。
「あ、うっかり依頼書と間違えちゃった♪」
「なにが“うっかり”だ、あざといな……」
思わずため息をつくと、セラはくすくすと妖しく笑いながら、依頼書をチェックし始める。
書類に押された依頼者のハンコを確認すると、金庫を開けて報酬の金貨を取り出し、小さな袋に入れて俺に手渡した。
「はい、どうぞ」
金銭を受け取ったものの、どうにも気掛かりなことがあった。
「なぁ、お前……ここってひとりで回してんのか?」
「え? うん、たまに隣町の神父様が来てくれるけど」
「いやそうじゃなくて。このギルド受付、完全にお前一人でやってるってこと?」
そう尋ねると、セラはにこっと笑ってさも当然という顔で答えた。
「うん、そうだよ!」
「え……大丈夫なのかよ?」
思わず目を丸くしてしまう。
「いやいや、セラ一人で管理って、この村の連中は何してんだよ……もし盗賊でも入ってきたらどうすんだ、ここ金庫まであるのに」
人手が少ないとはいえ、これは流石に無茶なオペレーションではないか。
そう思っていると
「もー、ライルくんたら心配性だなあ」
セラはのほほんと微笑みながら、突然俺の手を指さした。
「んーーそうだ、ねぇ。さっきちょっと触ったとこ、見てみて?」
「……ん、手の甲か?」
促されるままに手を見下ろす。
そこには、さっきまであったはずの小さな傷が——
「……ない?」
そうだ、まき割りの仕事でうっかり切ってしまったのだ。
赤みもなく、それがすっかり消えている。
「ふふっ、私の“力”だよ♪」
「へ……セラの力?」
セラは、いたずらっぽく微笑んで、今度は金庫の方へと手を伸ばす。
その手のひらから淡い光がにじみ、カチンと音を立てて、金庫の扉がゆっくりと開いた。
「この通り、これが“白魔法”ってやつ♪ 癒しとか、結界とか、わりといろいろできるんだ〜」
「……え、いつの間にそんなチート職に……?」
俺が呆れたように言うと、セラは「えへへ」と笑って指をくるくる回す。
「だって便利なんだもん。重い鍵も持たなくていいし、ちょっとしたケガもすぐ治せるし」
「いやいや、さらっと言ってるけど……白魔法ってそんなにポンと使えるもんじゃないだろ?」
俺は目を細めてセラを見つめた。
白魔法——“癒し”や“防御”に特化した魔法体系でありながら、扱える者は非常に限られている。
王都のギルドでも、一握りの神官や治癒師がようやく使えるかどうかの代物だ。
「……お前、そんなすごいこと、なんで黙ってたんだよ」
「え? 聞かれなかったし?」
ケロッとした顔で言うセラ。
「てか、白魔法って王都でもレアだったぞ? そのへんの大聖堂でも、一人いるかいないかってレベルなのに……」
「うんうん、それよく言われる~。だから私、ちょっとだけ“神の祝福を受けた娘”とか言われちゃってたの♪」
「……誇らしげだな」
俺が呆れ半分に言うと、セラは悪戯っぽく口元を隠して笑った。
が、その直後、ふいに「はぁ~」と深いため息をつく。
「あ、でも言わなきゃよかったなぁ」
「なんで? こんなすごい力があるのに」
「だってさぁ。言わなかったら、"怖いから用心棒して~♡"って言い訳して、ライルくんに結婚してもらえる可能性あったのに~」
「おいおい……」
困った俺は、眉間に手を当てた。
「もう、白魔法使えます! って言っちゃったら全部台無しじゃん。ちょっとは演出考えなさいよ、私」
ぷりぷりと膨れるセラに、俺は思わず苦笑する。
「いやいや、そんな回りくどい告白戦術あるか?」
「うーん……でも、あざとくお願いしたらチャンスがあったかもな〜」
頬に指をあてて考え込むその姿に、なんか悔しいけど納得しかけた自分がいた。
「……まぁでも、あざといお前なら、用心棒の一人や二人すぐ引っかけられるだろ」
「ひどっ!? なにそれ!? 褒めてる? けなしてる!?」
むくれるセラを横目に、俺は小さく笑って首をすくめた。
——昔のセラは、か弱くて、守ってやらなきゃと思ってたけど。
今の彼女は、確かにちゃんと一人で立ってる。
だけど、あんな風に甘えてくれる一面が残ってるのが、なんだかちょっと、嬉しかった。
「はは、変わらないな」
俺はごまかすように肩をすくめた。
昔のセラとはちょっと違う。だけど、やっぱりセラはセラなんだな。
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