第三章 (2)
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まだ人生経験の浅い小学生の時分までは、視たモノをそのまま口にしていた。そのせいで周囲からは気味悪がられ、気がついた時には花梨の傍には誰もいなかった。
それが淋しくなかったといえば、嘘になる。学校という空間に一人放り出されたような感覚は、ある意味恐怖にも似ていた。
しかし、家に帰れば優しい家族がいて、花梨の言うことをしっかりと受け止めてくれた。特に雨夜の月に行けば、同じモノが視える祖父がいた。客には気の良い妖怪達もいて、彼等と過ごす時間が花梨の心の支えになっていた。
学校での時間を耐えれば、皆のいるところに帰ってこられる。いつしか、そうすることが当たり前になっていた。
そんな日々を繰り返して、花梨は中学二年生になった。始業式を終えて間もなく、花梨のクラスに転校生がやってきた。
自己紹介から元気が良く、明るい性格の彼女の周りにはすぐに人が集まった。彼女は笑顔の中心にいる人なのだと思った。
そんな彼女に声をかける気は毛頭なかったし、クラスメイト達も完全に花梨を蚊帳の外にする空気だったので、自分には関係のない存在だと認識していた。
「そんなの、おかしいよ」
先ほどまで笑い声で満ちていた教室に凛とした言葉が響き、急にしんと静かになる。
自分の席で小説を読んでいた花梨が思わず声のした方を見ると、転校生と目が合った。そして彼女はすっと立ち上がって、花梨の前まで歩いてきた。そして花が綻ぶように笑って、手を差し出す。
「さっき自己紹介もしたけど、あたし、有明枝美。貴女の名前は?」
「……あの……ええと……」
どうしたら良いのか判らなくて周囲に目を走らせると、クラス全員の視線がこちらに集まっていた。一様に厳しい表情が余計なことをするなと言っているような気がして、身が竦む。
「ね、名前は?」
彼等の視線に気づいているのかいないのか、枝美は急かすように問いを重ねる。
花梨は戸惑いながらも、恐る恐る口を開いた。
「……月虹、花梨……です……」
「花梨ちゃんね! これからよろしく。あたしのことは、枝美って呼んで」
声を出すので精一杯で動けずにいる花梨の右手を取った枝美の手は、とても力強かった。それは思っていたよりも温かくて、なんだか少しだけ学校の景色に色がついたようだった。
その日から、枝美は花梨によく話しかけてくるようになった。
今思えば、同級生と他愛無い会話をするなんて慣れなさ過ぎて、たどたどしかっただろう。それでも枝美はそれを笑うこともなく、ただ楽しそうに付き合ってくれていた。
読書が好きだと言った枝美とは好みの作風も似通っており、本の話を一番よくしていたように思う。本の貸し借りもしたりして、感想も言い合った。
これは想像ではあるが、枝美が初めて花梨に声をかけたあの時、クラスメイトは花梨のことを「あの子に関わらない方が良い」とか「あの子はおかしいんだよ」とか、そういった意味合いのことを彼女に話したのだろう。
付き合い始めて解ったことだが、枝美は快活で優しく、正義感を持ち合わせている人だった。クラスメイトの言ったことに対して頭にきた枝美は、自分が花梨の味方になろうと思ったに違いない。
それは有り難いことではあるが、最初はそんな振る舞いをすることで枝美が肩身の狭い思いをするのではないかと心配した。しかし彼女自身の明るさ故なのか、彼女の周りから人が消えるということはなかった。
それでも、花梨と一緒にいることで何もないということはなかったのだろう。そうと判ってはいたが、枝美は何も言わないし、花梨も怖くて尋ねることはできなかった。
枝美は花梨の噂も聞いて知っていたに違いない。そうでありながらどうして花梨と共にいてくれるのか、不思議でならなかった。
こういったこともとても訊くことはできなかったが、考えるに、小学生の頃に吐いた嘘を大人げなく周囲が今も引き摺っていることへの哀れみだったのかもしれない。




