「ノロクビ」の攻略対象
そもそも貴族社会に学園による教育制度があって、退学届を出しに行くとは?さすがゲームというべき謎設定である。しかしノロクビのルート選択にはこの退学届イベントが欠かせない。
ノロクビは「選定の儀」から物語がスタートする。冒頭のこのイベントで、公爵令嬢という尊き身分でありながらも、政略のために平民出身の男と婚約させられてしまうヒロイン、ミカエライン・フォン・アッシェンブラウト。戸惑いながらも自分の役割を全うしようと退学届を出しにした学園で、4人の攻略対象と出会い、恋に落ちていくというのがこのゲームのあらすじだ。
学園長に退学届を渡した後、私物を取りに向かう生徒会室に向かうミカエライン。講義中にも関わらず、そこにはこのゲームの攻略対象が一堂に会している。一応、勇者選定の儀に伴う急務を処理していると説明台詞があるものの、見事なまでの予定調和である。
学園において生徒会は王族の権限のもと、主に上位貴族がその役に任命される。ミカエラインも公爵令嬢であるからその席に座っており、他の役員はノロクビの攻略対象しかいない。これはイベント不可避である。
「やあ、ミカエライン嬢」
入り口に面した机から麗しい完璧王子が私に声を掛ける。
「ご機嫌麗しゅう、アーリン王太子殿下」
彼はアーリン・ミラ・アレクシス。アスクハイム神国の第一王子で、王族教育を4歳で修了した神童。その功績もあり、史上最年少の5歳で王太子に任命され、現在は執務の傍ら、民の生活の質を向上すべく、魔道具の開発にも精を出している。魔属性水。好きなタイプはクール系。頭が良いためか、何を考えているかいまいち掴み切れず、同級生や部下に嫉妬されてしまうのが玉に瑕。けれど同年代にアーリン殿下という別格の天才がいらっしゃったのは私にとって僥倖だった。私の年不相応な振る舞いも、彼のおかげで特に気にされなかったのよね。
私は王族への礼を取り、室内へと進む。私の後に入ってきた人物を見てノンデリ系幼馴染が声を上げた。
「ミカエライン、お前。学園にまで旦那連れてきたのか。お熱いねえ」
彼はフェリクス・フォン・アッシェンヴァイス。我が国の二大公爵家の一つ、アッシェンヴァイス家の嫡男であり、先日まで私の婚約者候補であった。魔属性風。好きなタイプはストレート系。歴代宰相を輩出している家系であるにも関わらず、彼の学業の成績が芳しくない。そのコンプレックスと情に流されやすい性格を利用するとサクサクと攻略が進むキャラクターだ。そしてなぜか彼がノロクビのメイン攻略対象でもある。王子がいるのに、それを差し置いての大抜擢だ。いったい製作者の頭カチ割れさんは何を考えていたのか。いや、こんなへんてこな名前の人間が王道設定を作るわけないか。
「やめないか、フェリクス」
そう言ってフェリクスを制したのは、教会勤めの遊び人。
「婚約おめでとう、エラ」
彼はタリアン・フォン・ミルヴァハト。女神ミラの信仰を司る守護者、ミルヴァハト家の嫡男。攻略対象の中で唯一の年上であり、公爵家には劣るものの、建国からの名門侯爵家出身だ。魔属性火。好きなタイプはキュート系。女関係にだらしないと噂されるものの、教会での仕事ぶりは勤勉で、昨日の儀式の運営も彼が大役を担ったらしい。彼に落ちた御姉様方は、普段の学園生活で見せるチャラさからは想像もできない、祭儀を取り行う神々しい姿に、いつの間にかギャップの沼に沈んでいたと供述する。私たち公爵家とも幼少期から関係が深く、私は幼い頃から兄として慕っていた。
タリアン兄様に続き、祝辞を述べるのは清純派弟キャラ。
「おめでとうございます、アッシェンブラウト公爵令嬢」
彼はセルヴィアン・バーチリー。ミラ神教の信徒であり、ミルヴァハト家出身ではないが、祭儀への出席が認められている出世頭だ。彼の人物紹介時、この世界で貴族籍を表す「フォン」は記載されない。これは今シーズン中にバーチリー家の貴族籍返還が決定しているためだ。彼の家はまだ国境が曖昧な時代に森の開墾を進め、国の発展に勤めたことで叙爵された。爵位は伯爵だが、領地は子爵相当で、名誉伯爵にすぎず社交界では下位貴族扱いだった。魔属性土。好きなタイプはナチュラル系。物語の最初、彼は公爵家の婿になるべくヒロインに打算的なアプローチを掛ける。しかし、次第に彼女の天真爛漫さに心打たれ、ヒロインを愛するようになる。この世界の理を知る私にはシナリオ通りに攻略するのは難しいだろう。
さて、今回は誰を攻略しよう。ルートは私がこの場を去った後、特定の場所で攻略対象に話しかけることで決定される。先刻、皆の前では気丈に振舞っていた女の子が、自分の前だけで見せる弱さ。涙は女の武器とは言ったもので、ノロクビもヒロインが攻略対象に泣きつくことでルートが固定される。好感度を上げて攻略対象のルートに入るのではなく、選択肢で攻略対象が決まる初心者でも優しい仕様。本当にノロクビはいいゲームなんだ。バグが終わっているだけで。
「お嬢様」
束の間思案していた私の背中に、酷く冷たい声が刺さる。
「皆様に自己紹介してもよろしいですか?」
私はすっかり忘れていた。勇者アレクスが、今日この場にいることを。本来のシナリオでは彼は学園に同行しない。だからこそ、ノロクビのミカエラインは攻略対象との距離を縮められるのだ。しまった。昨日、学園へ行くと分かった時点で彼の同行を断るべきだった。詰んだ。
彼が私を殺す時のセリフ。それは、「あなた、僕から逃げましたね」だ。政略結婚相手が他の男に靡きそうなのを感づいたら、問答無用で殺しに来る。ヤンデレって普通恋人を絶対に手放さないから殺さないよね?え、殺すことで彼女が自分の物になると思うタイプでいらっしゃる?でも、ノロクビの攻略対象に勇者は入っていないんだから、私はやはりこの4人のうちの誰かと結ばれなきゃならない。
表面上は勇者と愛を育みつつ、水面下で誰か攻略するしかないかあ……。 乙女ゲームヒロインが二股。いくら生き残るためとはいえ、絵面と私の倫理観がともにレッドカードを掲げている。が、やっぱりギロチンで死ぬのはイヤ!今日がダメでも、この社交シーズン中に誰かしらを攻略しよう!そう心の中で決意し、私は学園を後にした。




