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かつて君と会った場所

 屋敷へ帰る道中。車内に重苦しい空気が漂う中、アレクスがぽつりと呟く。

「彼らとずいぶん親しげでしたね」

「え?」

急に話しかけられて、思わず戸惑う。生徒会室では笑みを浮かべ、攻略対象と親交を深めていたアレクスは、部屋を出てからは黙り込み、私と目も合わさないまま馬車に揺られていた。昨日からの怒涛の疲れもあり、眠気に負けかけていた私は、予期せぬ問いかけに完全に不意を突かれた気分だった。

「愛称で呼ばれていたようですし」

「セルヴィアン様以外は幼い頃からの顔なじみですから」

「……俺はあなたをなんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「婚約者ですからお好きに呼んでくださって構いませんわ」

 転生したせいか、私は自分の名前にあまり執着がない。だから悪意がなければ、誰になんと呼ばれても構わなかった。

そう告げたものの、アレクスはどこか不満そうだ。アレクスも、私ももう本当の名前で呼ばれることはないのに、おかしな人ね。

アレクスは勇者を差す呼称。よって、アレクスも本来は違う名前を持っていたはず——いや、確かあの日、彼は自分に名前がないと言っていた。

「では、アレクス様。ミコ、はいかがでしょう。かつて御爺様にそう呼ばれておりましたが、今はこの名を読んでくださる方がおりませんの」

 実は私の前世の名はミコという。だからか、幼少期はミカエラインと呼ばれるよりも、ミコと呼ばれる方が反応が良かったらしい。潜在意識で自分の名前はミコだと感じていんだろう。

「ありがとうございます、ミコ。俺もこれからあなたのことをたくさんお呼びしますから、俺のことももっと呼んでくださいね。」

雲が切れ、馬車の中に光が差した。私は顔が火照り、窓のほうに顔を向けた。外では出店が並び、制服を着た子たちが買い物をする姿が見える。中にはカップルもいて、彼らの周りには護衛の姿はない。平民だろうか。

「いいなあ……」

 前世で私もこうやって友だちと放課後連れ立って遊んでたなあ。

「立ち寄りますか?」

 アレクスが馬車を止めるよう御者に指示を出す。

「よろしいのですか?」

貴族になってからは街を歩くことも許されず、最後に外出したのはそれこそ選定の儀の時くらいだ。久しぶりの街歩きに、自然と私の声も弾んでしまう。

「ミコと街を巡るのが夢だったんです。あなたに贈り物をする栄誉をいただけませんか」

 馬車を降り、アレクスと市を巡る。護衛は控えているものの、婚約者との外出だからかいつもより距離が開いていて、公爵令嬢という立場を忘れそうになるくらいはしゃいでしまった。私の変化にアレクスは何も言わす、私が飽きるまでお店巡りに付き合ってくれた。

「女の買い物に付き合わされるなんて、退屈されていませんか?」

 陽が傾くまで遊び歩いてしまった私に、アレクスは柔らかな声で答える。

「いいえ、俺はミコが隣にいるだけで楽しいです」

 あまりに飾り気のないストレートすぎる言葉に、ヴッと汚い声が出てしまう。これは推しに確定ファンサもらえた時の胸の高鳴り!この顔面にこんなセリフ言われるとか、耐えられん。オタクは無事死亡である。

「え、あ、あ!このお店の雑貨、スゴイカワイイ~」

逃げるように私は近くのお店に駆け込んだ。そこは安価なアクセサリーを取り扱うお店で、一点ものも多く、ハンドメイドショップのようだった。商品を見るに、モチーフのほとんどがこの世界の神の祝福に由来している。

湖の聖水。山脈の灰。女神の息吹。そして、首の聖痕。

中でもよく見かけるのが、首の聖痕——女神と勇者の愛の象徴だ。市井では茨を象ったアクセサリーをカップルで贈り合うのが定番らしく、いわば恋のお守りのような存在。

「茨の祝福、か」

 私にとってそれは地雷だった。いくらこの世界で親しまれているモチーフでも、どうしても死因となるギロチンや首の傷跡を連想してしまう。そのためか、今世では身に着ける際に他人に首元を晒すことになるネックレスも苦手だった。

「勇者様はああいうものはお好みですか?」

 ちょうど横切ったカップルが茨の祝福を身に付けていて、私は思わず尋ねてしまった。もしあれを付けろと言われたらどうしよう。でも、それで勇者の機嫌が取れるなら——

「わざわざあれを巻くなど、趣味が悪い」

それは、隣にいる私にしか聞こえないほどの声だった。けれど、そこに込められた不快感は、はっきりと伝わってくる。

——よかった。アレクスはああいうものを好まないようだ。

「あ、これ可愛い」

 商品の中では見劣りする、くすみカラーの指輪。でも、色合いは金と青で、この国の定番色だ。使われている石はグレーサファイアを模したガラスだろうか。ミカエラインはイエベ秋っぽいから、こういう色似合うんだよなあ。

「こちら、おいくらですか?」

 店主から告げられた値段は思った以上に安く、平民の子どもでも手が届く程度の金額だった。でもこうなると、逆に私には支払えない。

いくら当家の使用人が優秀でも、銅貨まで用意していたかしら。このような出店では後払いもできないだろう。私は指輪をそっと棚に戻した。

「よろしいのですか?」

「ええ、後日買いに来ることにするわ」

 馬車を呼び寄せる間、私たちはしばし休憩することにした。店は近さで選んだため、他の客のほとんどは平民だ。そんな店で見るからに上等な服を着た私たちはかなり注目を集めていた。

「すみません、少し席を外してもよろしいでしょうか」

 居たたまれなくなったのか、アレクスが立ち上がる。

「ええ、よろしくてよ。」

 日頃から社交界で様々な視線に晒されている私は、人目など気にせず果実水を口にした。初めて飲むそれは、どこか懐かしい味がする。——この、レモンの気配だけが香る絶妙な薄さ!前世でよく飲んでいた、ラーメン屋のセルフ水だ!

それにしてもメニューを見て驚いた。紅茶は庶民にはまだ流通していない高級品らしい。てっきりとっくに市井でも嗜まれているものだと思ってたが、わたしもまだまだ勉強不足なようだ。まあ、前世庶民の私もティーバックすら面倒くさがって飲まなかったものね。いつも手間の掛かる工程で紅茶を入れてくれてありがとう、ミナ。私はお留守番をしている侍女に思いを馳せた。

「あれ、エラ。こんなところで何してるの?」

「タリアン兄様!」

 思わぬ人物の登場に咳き込み、ゴホゴホとむせる私に、タリアン兄様は背中をさすってくれた。

「なんか行きつけに見慣れない美人が居ると思って近づいたら、顔見知りなんだもん。びっくりだよね」

「びっくりしたのは私のほうです!」

 先ほどまでアレクスが座っていた席を陣取り、タリアン兄様が会話を続ける。

「僕は説教の帰り。選定の儀も終わったのに、次期守護長だからって連日働かされてるの。ひどくない?」

「では、女性と懇意になるのを控えたらどうです?守護長は女神ミラに生涯仕えるのですから、相手の女性にも失礼でしょうし」

「却下。女の子は僕の癒しだし、彼女たちもその辺弁えてるよ」

 私と話している間も注文を取りに来た店員の手を握り、近くのテーブルの方々に愛想を振りまくタリアン兄様。——ヒロインよ、なぜこんな軽薄な男が守ってくれると思ったのか。私が親だったらこんな男、敷居も跨がせないわ。

「エラは勇者くんとデート?」

「デートではありません!」

 反射的に反論した私に、タリアン兄様は両手を開げ、子どもを宥めるようにして言った。

「まあまあまあ、こんなことで照れる必要ないって。どこまで進んだ?もう手くらいは繋いじゃった?」

「兄様!」

「ごめんごめん」

 一通り私をからかった兄様は急に真剣な顔になり、声のトーンを落とす。

「でも勇者くんはこんな店にか弱い女の子を一人残してどっか行っちゃった、と。」

「護衛もおりますし、問題ありませんわ。私、もうあの頃みたいに小さな子どもではありませんのよ」

 もともと兄弟が多い兄様は、一度懐に入れた人間に対して途轍もない面倒みを発揮した。彼の家は教会や孤児院を運営しているため、幼少期から慈愛の心を育んできたのだろう。そのためが、タリアン兄様は私に対して時々過保護な面を覗かせていた。

「ねえ、エラ」

 小さなテーブルの向こうから兄様の手が伸びる。白い宗教服に映える黒い革手袋。握られた指の感覚がアレクスとはまた違う。

「君が本当に辛かったら、僕——」

 ダンッ!と音を立てた飲み物が宙を舞う。

「こんばんは、ミルヴァハト公爵令息。先ほどぶりですね」

 アレクスが帰ってきたようだ。私の後ろから差し出された兄様分の果実水は白い手袋に乱暴に配膳されたため、中身が随分減ってしまっている。

「やあ、勇者くん。女性を一人残して離席するなんて良い御身分だね。可愛いエラに何かあったらどうするつもりだい?」

「ご心配どうも。でも、あなたに心配される謂れはありません」

 私を挟んでイケメンが言い合いをしている。端から見れば立派な「私のために争わないで!!」案件ではあるが、いざ当事者になるとこんなに居たたまれないとは……。

「あ、もう迎えの馬車が来たみたいですわ」

 こういうときは逃げるが勝ち!私はアレクスの腕を引き、席を立った。

「タリアン兄様、ありがとうございました。兄様のおかげで楽しいひとときが過ごせましたわ。また夜会でお会いいたしましょう」

 アレクスは喧嘩中に引き離され、消化不良の猫のようにまだ逆毛を立てていたけど、タリアン兄様はさすがの大人の余裕というか、もう切り替えたようでこちらに笑顔で手を振っていた。

「申し訳ありません、ミコ」

 怒りの熱が冷めたアレクスはしょんぼりと項垂れている。魔物を屠る体躯は縮こまり、なんだか実物よりも小さく見えた。

「まあ、あなたに理由があれば、離席するのも致し方ないでしょう。でも、兄様の言っていたことも決して間違ってはいませんのよ」

 ミカエラインは公爵令嬢で、一人娘にして唯一の跡取り。その身に宿す利用価値は高く、幼い頃より何度も危険な目に遭ってきた。もしも私の魂が大人じゃなければ、男性不信になっていてもおかしくはない幼少期だった。

そう考えると、攻略対象のほとんどが幼少期からミカエラインと接点がある設定も必然なのだろう。おそらく、ミカエラインは信頼している男の前でしか虚勢を解けないのだ。それがノロクビでは退学届イベントで攻略対象に彼女が泣きつくルート選択に繋がった。ヒロインもヒロインで、勇者を愛せない事情があったのかもしれない。

「あの、これをミコに贈りたくて」

 そう申し訳なさそうにアレクスが取り出したのは、露店で私が買うのを諦めた指輪だ。

「どうして……」

「今日の思い出にミコが喜ぶものを送りたかったんです。それに、色合いがミコと俺の色だから、一日でも早く身に付けて欲しくて。でも、ミコの側から離れるのは良くない振る舞いでしたよね」

 アレクスが私の指を取り、指輪を嵌める。灰金色の台座に据えられた偽物のブルーサファイアは夕日の光を浴び、これまで見たどの宝石よりも美しく輝いている。

「こんな贈り物、もらったの初めてですわ」

 本当に嬉しくて、心から出た言葉だった。でも、「こんな」って言葉は不適切だったかも。——こんな安物贈られたの初めてだわって、貴族的皮肉に聞こえてないかしら。

「良かった」

 掲げた手の向こうに、アレクスの綻んだ笑顔が見えた。その笑顔を見て、私は胸の奥がじんわりと温かく満たされるのを感じた。

家に帰っても外すのがもったいなくて、その日は指輪をつけたまま眠りについた。微睡みの中、指先に伝わる感触がそっと私を包み込んだ。

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