第47話 反吐が出る
戦いの場へと引きずり出された怪物はうなり声をあげ、こちらを威嚇している。
いつでも戦える準備をしながら、イリスの母親を気に掛ける。
しかし、先ほどから腰を抜かしているのか座り込んだまま立つ様子がない。
「どうした?立てるか!?」
「あ……あ…………あれ、あれの中に………」
「あれの中に?」
「あれの中に夫の魂が……!」
「なんだって!!」
怪物の方を見る。
体の側面や足に埋まっているのは恐らく犠牲になった亜人や獣人。
怪物をじっくり見てイリスの父親の特徴と一致する顔を探す。
そんな気がするだけで、犠牲になってないかもしれない。
何よりも、そんな結末を否定したかった。
「あ……………………」
現実は残酷であった。
見つけてしまった。腹の近くに一致する顔があるのを。
こんな残酷なことって……あっていいのか?
こんな……こんなことが許されていいのか?
「ぐああるるうあるあ!!!!」
怪物はこの世のものとは思えない声を上げ、こちらへと向かってくる。
まずい!まだ、彼女が立っていない!
早く、守らないと!
全速力で駆け、間一髪のところで彼女に魔の手が及ぶ前に刀で防ぐことができた。
「早く立つんだ!そして俺から―――」
離れるなと言いかけたところで彼女は立ち上がり悲鳴を上げながら逃げ出した。
「おい!待て!俺から離れるんじゃない!!」
パニックになっているのか俺の声はまるで届かない。
そして悪いことに怪物もそちらの方へと向かっている。
「クソ!速い!俺には追い付けない!」
全速力で走るが、この怪物は図体のわりに速く、人間の足ではとても追いつきそうにない。
だが、急に怪物は壁際で足を止めた。
「あ…………あ…………あ…………」
壁には追い詰められて逃げられそうもないイリスの母親の姿があった。
まずいまずいまずい!ここから走って間に合うかどうか!
今にも怪物は母親を食べそうなそぶりを見せている。
「頼む!間に合ってくれ!!!」
グチャリ
遅かった。間に合わなかった。
俺がたどり着いた時にはもう頭から食べられていた。
怪物の足元に血だまりができていくのが見える。
「きゃあああああああ!!!!!!」
観客席の方から子供の悲鳴と思しき声が上がる。
観客の注目が一気にそこに向いたが、すぐに試合会場の方へと戻る。
イリスだ。イリスの声だ。
観客席のアリエル達がいる方を見ると、アリエルが必死に目立たないようにイリスの口を押えているのが見えた。
イリスはもちろん泣いている。
当たり前だ。目の前で母親が食われたのだから。
そうした出来事の間にどうやら残ったのは俺一人になったらしい。
…………もう楽にしてあげよう。
四神の宝剣を抜く。
頼んだ。苦しませず、楽にしてあげてくれ。
――――――
「…………ふぅ」
「久々に出てきたのにいい気分ではないですね」
怪物は残った私を食べるために隙を伺っている様子。
その間、私は意識を集中させる。
この怪物の心の声を聴くために。
「…………イタイ…………クルシイ…………サミシイ…………アイタイ…………モウコロシテ」
聞こえてきたのはそんな声ばかり。
望みを聞き入れ、叶えるのが神の職務。
…………その願い聞き入れました。
「水龍弓」
痛みもなく、苦しみもない一撃で楽にしてあげましょう。
そして、来世は幸せな暮らしが送れるよう加護もつけておきます。
「天恩浄波」
水龍弓から放たれた一撃は鋭く、速かった。
普通なら痛みがあるはずなのに貫かれた怪物はとても安らかな顔をして地に伏した。
その矢の水は悪意に汚されてしまった魂を浄化するような神聖で穏やかなものだった。
その水は穢れと共に消えていったのである。
「…………イ…………リ…………ス」
大綿津見が最後に聞いた心の声はこれだった。
怪物になってもなお娘のことを心配し続けていたのであろう。
そんな彼の心残りは最後に自分の手で娘を抱けなかったことだろうか。
大綿津見は天を見上げ、静かに涙を流していた。
――――――
気が付けば戻っていた。
ありがとう。大綿津見。
そしてすまない、こんなつらいことをさせてしまって。
「ゲーム終了!!!勝ったのは今日飛び入りの剣闘士だ!!!」
観客席からは一部を除いて、歓声が上がる。
無論、一部というのはアリエル達の座っている3席だ。
空気読めよ。
一体どんな感性してればこんな状況で喜べる?
全くこいつらの底なしの悪意には反吐が出る。
「さぁさぁ!!一言勝者に行ってもらいましょう!!ではどうぞ!!」
「お前らが死ぬべきだったんだ。カス共」
一瞬にして会場の空気が凍った。
そして飛んできたのは俺への罵声だった。
ハハハハ……どこまで行っても救えないな。
(珍しいな、怒っているのか?)
ふと声がした気がした。
この声は…………紫怨だ。
(こんなことされて頭に来ないやつがいるのか?)
(ああ、いるともそれは俺だ)
(人の神経を逆なでしに来たのか?)
(ククク、そうじゃねぇ。俺はお前に提案があって来たんだ)
(提案…………?)
(お前、このままで満足か?)
(そんなわけないだろ)
(そうだよな?できればとことんぶっ壊したい。だろ?)
(……………………)
(無言は肯定とみなしていいんだな?けど、それをする力がない)
(……………………何が言いたい?)
(意識を半分俺に貸せ。力を貸してやる)
(無理な相談だ。絶対そのまま戻らないつもりだ)
(大丈夫だ。ここら一帯を更地にしたら俺は戻る)
(ホントだろうな?)
(おいおい、ここまで来てまだ疑うのか?しらけるぜ、そいつはよ)
(……………………うるせぇ、とっとと貸せ!)
(ククク、わかったよ)
体の右半分が自分のものではない、何者かになった感覚がした。
「出でよ、六将鬼」
地面に黒い魔法陣が浮かび上がり、そこから六将鬼が出てくる。
「急に呼び出して何の用です?それにここは?」
「ククク、ここはリブラ王国さ」
「!?あんた、本当に八雲か?雰囲気がおかしいぞ!」
「半分正解、半分不正解だ。まぁ、俺がだれかなんてどうでもいい。特にただの駒であるお前たちが知る必要はない」
「なに!?」
「さぁ、始めるぞ我が眷属たちよ!世界を破滅に導く終末闘争を!!」
「破滅への終末闘争の開始だ!!」




