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竜の飼育員、竜に襲われる  作者: 朝吹小雨
18/22

薄汚れた仮眠室

【1】


制御室に戻った。相変わらず静寂に包まれている。

電気は通じているようなので、

空調や機械の小さな稼働音らしきものが聞こえる程度だ。


しかし、制御室内の血の汚れや異臭はまだ残っている。

しばらく制御室にいたらなんとも感じなくなるが、

久しぶりに訪れると「うっ」となる。

はやく掃除したいところだが、掃除用具も気力も残っていない。


俺とアヤノさんは、へとへとになりながら机の中を開けて、

残っているお菓子や飴玉を口に入れた。

とてもおいしく感じた。

さっきまでは、「お菓子や飴玉程度で満足できるか?」と思ったが、

空腹を満たすための食べ物は、なんでもおいしく感じるものだ。


あまりに空腹だったため、机の中の非常食(お菓子や飴玉のこと)を結構食べてしまっていた。

ああ……。こんなに減らして大丈夫か?


だが将来のことを考えても仕方ない。

今を生き延びなければ、将来は存在しない。


「満腹とまではいかないが……これでしばらくは空腹から解放される」


「そうですね。

 ああ、でもなんだか疲れてしまいました。

 ちょっと眠りたいですね」


それもそうだ。超疲れた。

なにせ、今日はかなり強行軍な道のりだった。


森林エリアに車で移動し、アリサの小屋まで長時間歩き、

昼食も抜きでそのまま制御施設へ飛竜に乗って直行し、

竜を回避しながら制御室まで移動したり、

制御室や地下書庫を探索したり…。

かなりハードな一日だったと言わざるを得ない。


俺も、どっと疲れてきた。

そのまま制御室の床に座り込んで、しばらく惰眠をむさぼりたい……。


「俺も眠い。ここで寝ていいか?」


「ユートさん。床で寝るのもいいですけど、

 制御室のすぐ隣には、仮眠室があります。

 ベッドがある場所で寝た方がいいですよ。

 ほら、あそこの扉の向こうです」


アヤノさんの指さす方角を見ると、そこには、簡素な作りの扉が見える。

扉だけでなく、壁も簡素な作りになっている。

おそらくあれは壁ではなく、

パーティションで区切っているだけの小さなスペースだろう。


「なんだか、仮眠室というより、仮眠スペースって感じだな」


「そうですよ。あそこは、当初は無かった部分なのですが、

 たびたび、制御室で徹夜することが発生したので、

 急遽もうけられたんです。

 だから、ちゃんとした作りではないですし、

 パーティションで区切っただけになってますねー。

 まあ、仮眠スペースにはベッドがあるので、そこで休みましょう」


【2】


俺とアヤノさんは、仮眠室(と言う名前の小さなスペース)に入った。

小さなベッドが4つくらい置かれてある。


シーツが少し黒ずんでてホコリっぽい気がするが、掃除はしているのだろうか?

というか、今まで仮眠室を掃除する人っていたのだろうか?

なんだか俺は不安になってきた。


でも疲れているので、掃除とか衛生とか、考えている余裕はあまりない。


「なんだか、ちょっと汚れてますね、このベッド……。

 もうちょっと掃除とかしてくれればいいんですけど」


「掃除する人はいなかったの?」


「掃除業者はいますけど、仮眠室の掃除までやってる人いなかったですね。

 私たちの会社と、掃除業者とで、

 あんまりコミュニケーションとってないんじゃないですかね。

 『仮眠室も掃除してほしい』って誰も言ってないですし。

 すいません。私もそこのところはあんまりわかりません……」


「嘘だろ…」


「本当です。みんな仕事忙しくて、こういう細かいところまで

 手が回ってないっぽいんですよね。

 お恥ずかしいことですけど」


劣悪な労働環境。

というのは言い過ぎかもしれないが、

アヤノさんや、他の制御魔術師たちに同情を禁じ得ない。


もしかして。

制御室があっさり武装集団に占領されてしまったのは、

職場環境の悪さが遠因なような気がしてきた。


警備員たちも武装集団にあっさりやられたみたいだけど、

ここまでのひどい状況を見てしまうと、

「リューランドの運営会社は、

 警備員の訓練や装備、お給料もケチっているのではないか?」

と疑ってしまいたいくらいだ。


職場の衛生の悪さ、セキュリティの雑さ、地下書庫の乱雑ぶり、

徹夜する制御魔術師たち……。

俺たち飼育員もかなり大変な仕事だが、制御魔術師たちはエリートなので、

もっといい環境で働いていると思い込んでいた。

それは見事に裏切られた。

どういうことなんだ? 会社は、俺たちのことをあまり気にかけていないのか?

こんな事件が起きてしまった原因の一端は、会社側にあるのではないか?

俺は、憤りと疲れからか、だんだん頭が痛くなってきた。


いかん。もう寝よう。

このままじゃ悪いことばかり考えてしまう。

俺は、ベッドのシーツの表面を手で払って、ごろんと横になった。

アヤノさんもすぐ近くのベッドで横になる。


今更だけど、こんな近くに、異性同志で寝て大丈夫なのだろうか?

無防備すぎないか?

仕切りくらいあってもいいのでは……と妙に真面目なことを考えてしまったが、

もう疲れてしまっているので、これ以上のことは考えられなかった。


アヤノさんの寝息がすーすー聞こえる。

もう寝てしまったのか。

相当疲れていたんだな……。アヤノさん体力低そうだし。


俺もそろそろ寝よう。

しかし、さっきまで疲れていたのにも関わらず、なぜか目が閉じない。

意外と体力が残っているのだろうか?

ベッドに入るまで、眠くて眠くて仕方なかったのに。

いざベッドに入ると、寝付けない。

おかしな体質だ。俺は呪われているのか?


こういうときは、「寝よう寝よう」と考えず、

開き直って、起き続けるようにしている。

そうしているうちに、やがて眠くなるだろう。


そういえば、エルマは今どうしているだろうか?

アリサの小屋に置き去りにしてしまっている。


シオン先輩に、電話で連絡したときは

「エルマは不機嫌になっている」とのことだった。

制御室を一刻も早く偵察したかったとはいえ、

エルマを置いてきてしまったのは、ちょっとまずかったかな?


シオン先輩たちは、明日の朝、到着すると言っていた。

たぶんエルマも一緒に来るはずだ。

エルマと顔を合わせたとき、俺はなんと言えばいいだろうか。

まあいいや。そんなことは、明日考えよう。

今は寝ることが大事だ……。

家庭をかえりみないサラリーマンのように、

俺はエルマのことを忘れ、そのまま夢の世界へと旅立つのだった。


【3】


「ユート君! 起きなさい! ユート君!」


この声は……シオン先輩?

もう到着したのか。

俺のまぶたは閉じたままだ。


早く目を開けなきゃ、と思うけど、まだまだ体が疲れているのか、

思うように目が開かない。

それに、今、ベッドがとても柔らかくて気持ちいい。

あれ? このベッド、昨日こんなに柔らかかったっけ?

まあ、いいや。

とにもかくにも、ベッドが気持ち良すぎて、目が開かない。

むにゃむにゃ。思わず寝ぼけてしまう。

いつまでもベッドから抜けられない俺。


シオン先輩に厳しくたたき起こされるかもしれないけれど、

そうされてもオッケーなくらい、ベッドから出たくなかったし、

目を開けたくなかった。


「あ、あの……ユートさん……。

 起きてください……。

 お願いします。早く起きてください…」


今度はアヤノさんの声も聞こえる。

ん? 普段小さいアヤノさんの声が、今日は大きく聞こえる気がする。

まるで、すぐそばにいるかのような、声の大きさだ。

しかも、なんか困っているというか、恥ずかしそうな感じの声だ。


「ユート君! そろそろ起きないと怒るわよ!」


シオン先輩の声がよりいっそう強く聞こえる。

お前は俺の母親か!と言いたくなってきた。怖いので絶対言わないけど。


「ユート君! アヤノも困ってるから、早く起きなさい! 早く!」


ん? アヤノが困ってる?

どういうことだ……?

たしかめようとして、俺は目を開ける。


「!?」


俺のすぐ目の前には、アヤノさんの顔があった。赤面して困惑している。


「あ、あの……は、離れてください、ね? だめですよ?」


言葉を発したアヤノさんの吐息が、俺の顔を撫でた。


は? アヤノさんの顔、近すぎない?

どういうことなの?


俺は、自分の首から下をじっと見る。

自分の両腕が、アヤノさんの肢体をしっかり抱きしめていることに気づいた。


ほあsぃあんxpmぱsxまpxpんs!!!


俺は、ようやく事態に気づいて、ロケットのごとき勢いで、

アヤノさんから離れ、飛びのく。


何が起きたし。


俺は、寝ている間に、いつの間にか、アヤノさんを抱きしめていたらしい。

もしこの仮眠室で監視カメラが稼働しているなら、

どうしてこのような事態に陥ったのか、証明してほしい。


シオン先輩のほうに顔を向ける。鬼の形相だ。

これはしばらく口を訊いてくれなくなるパターンだ。

いや、口を訊いてくれないだけでなく、

下手したら、役員あたりに報告されかねない。

今やったことはハラスメントなのだから……。

俺の飼育員人生は終わった。


そして、こんな俺にとどめを刺すかのように、

シオン先輩の横から、突然、エルマが割って入ってきた。


「お父さん! 何やってるの!

 エルマ以外の女の人に抱き着いて……。

 ひどいよ!」


肩をぷるぷる震わせて、かなり怒っている。


これはまずい。

エルマを置き去りにした件もあいまって、怒りはマックスだろう。

ここは、ユーモアを通じて、落ち着かせてやろう。


「エルマ!? いや、これはその……。

 ちょっとした婚活だ。エルマにも母親が必要だろう?」


「お父さんの変態!」


エルマは竜に変身すると、俺の頭をかみくだいた。



つづく


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