偵察作戦
【1】
「私にいい考えがあります」
アヤノさんが静かにそう言った。
どんな考えなのだろう。
議場の全員が耳を傾ける。
「まず制御施設を偵察してはどうでしょうか」
偵察か。その発想はなかった。
竜を使って一気に鎮圧することしか考えてなかったし。
「いきなり竜を使って攻め込むのではなく、
偵察し、相手の戦力を確かめてから、次のことを決めましょう」
全員が、アヤノさんの言葉に耳を傾ける。
「もしかしたら、武装集団はもう逃げてるかもしれません。
いくらなんでも、竜の制御が遅すぎます。
最初から竜を操るつもりで、制御室を襲ったのだとしたら
何十時間も経過した今、制御が始まってないとおかしいです。
どのような理由で制御を再開していないのか気になりますが、
あまりに遅すぎると思います。
本当に制御室がもぬけの殻になっているのか……。
まず確かめる必要があるのではないでしょうか」
なるほど。
武装集団の動きがまったく見えないし、竜の制御が再開される様子もない。
つまり……。もう武装集団はあきらめて去った可能性があるということか。
もしそうなら憤りしかない。荒らすだけ荒らして逃走とは……。
せめてぶちのめさせろ。
「偵察に行くのはいいとしても、
制御施設までの道とか内部には詳しいのよね?」
シオン先輩が尋ねる。
俺もシオン先輩も飼育員であるから、
竜と関係のない「制御施設」の内部にはそんなに詳しくない。
「私は制御魔術師です。
制御施設までの道のりや、建物内の通路は把握しています。
私が、制御室に忍び込み、武装集団の状況を探ってきます」
でもアヤノさんひとりじゃ危険なんじゃないか?
と思ったところ、シオン先輩がすぐに口を挟んだ。
「わかったわ。
でもアヤノ一人で制御室に向かうのは危険よ。
もうひとり一緒に行った方がいいと思うわ。
ええっと……。
ユート君。アヤノと一緒に行ってくれる?
私はここに残るわ」
俺が指名された。意外な人選だ。
てっきりシオン先輩が一緒に行くものかと思っていたが……。
「俺ですか? まあいいですけど……。
シオン先輩は残るんですか」
「ちょっと耳を貸してくれる?」
「は、はい」
「……カノンとアリサを放置していたら、
何をするかわからないから監視しておきたいの。
わかるでしょ。
あのふたりは、人間より、竜に対して思い入れが強いから、
心変わりしないか心配なのよ」
シオン先輩は、俺に小さな声で耳打ちする。
制御魔法なしでも竜の飼育ができるアリサ。
「竜の解放」を主張するカノン。
このふたりが組んでしまうと、
竜の制御を反対する勢力になってしまうわけだ。
今のところ、アリサは、竜の制御に反対しているわけではなさそうだが、
このあとどうなるかは、今後の人間関係次第だろう。
アリサが、竜の制御を反対する側に回ってしまうと、かなり脅威だ。
アリサは竜を数十体も扱えるわけだから、
事実上、武力を保有しているようなものだ。
竜の制御を推し進めようとしても、実力行使で止めることができる。
アリサ本人はそう考えていなくても、
カノンにそそのかされれてしまうかもしれない。
シオン先輩は、竜の制御を取り戻そうとして、頑張っている。
おそらく、カノンとアリサが結びつかないよう監視し、
引き離すつもりなのだろう。
「わかりました、そういうことなら」
「OKね。さて、制御施設までの移動だけど、
車だと少し時間がかかるわ。
アリサの飼育竜に飛竜とかいないかしら?
飛竜は二人乗りできるはず……」
シオン先輩の提案に、アリサがのってくる。
「シオン先輩~!
飛竜ならちょうど飼育竜にいますっ。
ちょっと呼んできますねー」
アリサは、小屋を出て、飛竜を呼びに行った。
笛のようなものをピーっと吹いている。
呼び笛だ。
飛竜は、遠いところにいることが多く、呼ぶときは笛を使うことがある。
でも最近は、文明の発達によって、飛竜に小型装置をつけて、
携帯電話をかけると、飛竜をそのまま呼び寄せることができるのだ。
なので、アリサのやり方はちょっと古典的だ。
飼育員の間でもベテランくらいしかやらない。
やがて飛竜がやってきた。
シュッとした細身で、なかなかスタイリッシュな飛竜だ。
この細さでは、二人乗りが限度だろう。
アリサが何か飛竜に対して言葉をかけているが、
うまく聞き取れない。
もし子供をあやすような言葉だったらおもしろい。
たぶん俺たちを乗せるよう飛竜に話しかけているだけかもしれないが…。
アヤノさんは、真面目な顔で、飛竜の頭をじっと見ている。
「この飛竜、アリサさんの言うことしか聞かないみたいですし、
ちょっと私の制御魔法をかけて、私の言うことを聞くようにします。
……カノンさんたちには内緒ですよ。
竜に制御魔法使ったなんて言ったら怒りそうですし」
アヤノさんはそう言って、こそこそと飛竜に制御魔法をかけた。
わざわざ制御魔法をかけなくても、
竜に変身したエルマをけしかけて、飛竜を説得したりする手もあった。
だけど、こんなところでエルマを竜変身させたら、
シオン先輩やアリサに見つかって大変なことになりそうだ…。
こっそりと制御魔法をかけるのが正解だろう。
「制御魔法がかかりました。
これで、飛竜に安全に乗れます。
さあ、ユートさん。行きましょう」
「ああ」
俺とアヤノさんは飛竜に乗り込む。
飛竜はバサッと両翼を大きく広げると、
地面から離れ、
ぐんぐんと高度を上昇させていく。
【2】
飛竜を使った移動は、非常にスムーズで、
制御施設の近くまであっという間に飛んで行った。
アヤノさんの制御魔法によって、
飛竜の動きは的確に、制御施設を目指していた。
建物が見える。
機械的で味気のない建物だ。
「あれが制御施設です」アヤノさんは言った。
遠目から見るだけだが、少なくとも周辺に人影はない。
ここからは慎重に動かないといけない。
武装集団側の見張りがいるかもしれない。
見張りが飛竜に反応すれば、銃撃されることもありうる。
アヤノさんは、きわめて慎重に飛竜を動かす。
見つからないでくれよ。
俺は心の底からそう祈った。
だがそれは杞憂に終わった。
飛竜が着地するそのときまで、
誰一人として、人の気配が無かったからだ。
武装集団は、やはりアヤノさんの見立てどおり撤退してしまったのだろうか。
竜の制御に失敗したせいで……。
飛竜を、誰も来ない場所に隠したあと、
とうとう俺たちは、制御施設に足を踏み入れる。
武装集団側に見つからないよう、
きわめて慎重な足取りで、壁を背にして歩く。
静かだ。
そう思っていた。
パシッ!
音がした。
音?
何の音だ。
俺は思わず銃を構える。
複数ではない。
ここからは危険が伴うかもしれない。
アヤノさんに目配りする。
アヤノさんはうなずき、制御魔法の準備をするような挙動をとる。
敵は武装集団だけではない。
施設内には竜がうろついている可能性もあった。
武装集団が施設を放棄したあと、入り込んでいる可能性は十分にある。
俺は、壁からそっと顔を出し、
壁の向こうにいるであろう、何者かの姿をとらえた。
その正体は……。
つづく




