第7話 【 譎詐 】
京香の記憶が戻った。
これで全てが元に戻った。そう、思っていた。
「――なんて、もう茶番は終わりにしようか」
京香が「ぱちんっ」と指を鳴らす。
その瞬間
パッと景色が変わる。
京香の部屋には変わりない。だが、明らかに雰囲気が変わった。
暗い。そして重い。
空気が淀み、嫌な匂いが漂っている。
「茶番って……どういうこと?」
にやりと笑う京香――いや、京香に成り代わった何か。
瞳に光がない。黒く、見つめていると吸い込まれそうになる。
「全てさ。記憶が戻ったのも、この子が呪いをかけられたのも」
「姫宮京香という人間が”存在”するということも」
「何もかもが私の創り上げた”嘘”だ」
「う……そ?」
「そう、嘘だ。そもそも姫宮京香は既に死んでいる」
思わず息を吞む。
京香ちゃんが、死んでいる?
どういうこと? じゃあ今まで見ていた京香ちゃんは――
「偽物だったの……?」
「あぁそうさ!! 君はずっと騙されてたんだ!!この私に!!」
「『憑喪神』に!!」
つくもがみ……
「ま、この子を殺したのは私じゃないけどね」
「……じゃあ誰が殺したの」
「覚えていないのかい? それとも――」
「思い出したくないのかい?」
つくもがみと目が合う。
その瞬間、思い出す。
私が日向ちゃんと京香ちゃんを殺した記憶を。
「ち……違う……私は……私は殺してなんか……」
「いいや、君が殺したんだよ。二人とも、君が殺した――」
「やめろ!!」
つくもがみの言葉を遮る。
認めたくない。
私の大切な人を、自らの手で殺したことを。
認めたくない。
認めたくない。
認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない。
「認めるしかないんだよ、君は二人に手をかけた……ふふっ」
「……何を笑ってる」
「いや、面白くてねぇ」
「何が面白い」
「そんなに大切な人をなんで殺したんだろうってねぇ。
あんなに必死になって助けようとしていたのに。あぁ、滑稽だよ」
「……」
何も言えない。
なんで殺したのか。
思い出せない。でも、二人を殺した記憶だけは残っている。
「そもそも君は本当に阿部命なのかい?」
「私は……」
私は阿部命……なのか?
いや、そうだ。阿部命だ。誰が何と言おうと阿部命……のはずだ。
「君は阿部命じゃないんじゃないのか?
本当は君も嘘をついていて、偽物なんじゃないのか?」
つくもがみの目は私の目を見つめ続ける。
その瞳に、私の意識が吸い込まれていく。
「私は……私は、阿部……みこと……じゃ、ない?」
「そう、君は阿部命じゃない。君はただの一般人だ。
禊魔師でも姫宮京香の幼馴染でもない、ただの一般人」
「そして、二人の人間を殺した殺人鬼」
「さつじん……鬼……」
わたしはふたりのにんげんをころしたさつじんき。
わたしは――
もう一度、つくもがみが指を鳴らす。
周りに充満していた陰の空気が実体化し、身体の中へと吸収される。
「あぁこの空気。私の大好きな『陰の気』。
うれしいねぇ、こんなにたくさんの『陰の気』を吸収できるとは――」
「さっきから誰かお忘れじゃないかしら」
つくもがみが、声のする方へパッと視線を移す。
真っ黒な瞳に捉えられた姿。
黒い長髪。
光が当たると、薄紫に光る。
朱色の着物に、青く澄んだ瞳。
「目を覚ませ、命。君は誰も殺してなんかいないし、京香も死んでいないわ」
「全てはあいつの幻術だから」
つくもがみを睨みつける。
「そうでしょ? 『妲己』」




