第5話 【 禊魔師 】
――4日後。
「すいませーん、阿部稲荷神社から参りましたー」
「ピンポーン」というインターホンの音と共に、そんな声が聞こえた。
「……玄関は開いてるから、そのまま入ってきて」
対応したのは香苗だ。
京香はずっと部屋に閉じこもっている。
「……お久しぶりですね、香苗さん」
「そうね……もう1年経つものね、命ちゃん」
命――阿部命は、阿部稲荷神社の巫女だ。
そして、京香の幼馴染でもある。
昔から神社に遊びに行っては、命と一緒に巫女の仕事の真似事をして遊んでいた。
勿論、妹・日向も一緒に。
「京香ちゃんは……2階ですか?」
命が聞くと、香苗は静かにコクリと頷いた。
「……一度も外に出てないんですね」
「……」
コクリと頷く香苗。
頬に一筋の涙が伝っていた。
「わかりました……では、お部屋に行かせてもらいます」
命は立ち上がると、スタスタとリビングを出ていく。
2階へと繋がる階段。
少し嫌な匂いがする。
物理的な匂いじゃない。嫌な予感がするという意味の匂いだ。
命は一段、また一段と階段を上っていく。
階段を上っていくにつれ、匂いが強くなっていく。
「……ここだね」
やっとたどり着いた「きょうかのへや」と書かれた部屋。
そこからドス黒い匂いが漂っている。
命はドアをノックする。
「京香ちゃん? 私、命だけど……入るよ?」
ドアノブを捻り、部屋へと入る。
その瞬間。
「いらっしゃい、禊魔師」
目の前に黒髪の少女が現れた。
朱色の着物を着て、瞳は青く澄んでいる。
この人――いや、この怪異が。
「小夜さん、でしたっけ」
「えぇ、憑喪神の小夜です」
『憑喪神』という単語を強調して言う小夜。
怪異ではない……のか?でも、この匂いは――
「ここで話も何ですから、中で本人と一緒に話し合いましょうか」
にこりと笑みを浮かべる小夜。
薄っすらと青い瞳が見える。
命は小夜の言われるがまま、京香の部屋に入っていく。
「京香、紹介するよ。この人が解呪してくれる禊魔師」
「は、はじめまして……よ、よろしくお願い……します」
瘦せこけた身体。
か細い声。
ぼさぼさで腰辺りまで伸びきった黒髪。
その姿にも驚いたが、一番驚いたのは。
「ちょっと……どういうこと?」
「どうもこうもないよ、これが今の京香だよ」
私のことを――阿部命を覚えていなかった。
確かに1年も会っていない。
でも、学校も一緒だったし、登校も下校も一緒に帰ったし、休日も一緒に遊んだ。
小さい頃からずっと一緒だった。
そんな彼女は――
「えっと、お名前はなんて言うんですか?」
京香の声が震えている。
緊張しているのだろう。
いつもそうだ。
初対面の人と会話するとき。
人前で話すとき。
京香はいつも声が震えていた。
そのときと同じ。私を初対面の人間だと認識している。
悔しい。
なんで京香ちゃんがこんな目に合わなきゃいけないんだ。
誰が……誰がこんな目に合わせたんだ。
「……あの、ふつまし?さん、大丈夫ですか?」
京香が心配そうに顔を覗かせる。
そうだ。
私がこんな顔をしていてはいけない。
今だって京香ちゃんは怖がっているんだ。
怯えてるんだ。
なら、幼馴染の役目はただ一つ。
「大丈夫、心配かけてごめんね」
そう言って京香の頭を撫でる。
嫌がる様子はなく、素直に撫でられる。
「……では、改めて」
「阿部稲荷神社から参りました」
「巫女兼禊魔師を務めさせていただきます」
小さく深呼吸をする。
絶対に。
絶対に京香を元に戻す。
「『神官』阿部命、あなたの呪いを祓いに来ました」
命の瞳は、紅く燦々と輝いていた。




