第1話 【 可哀想な子 】
――ああ、嫌だ。
闇に覆われた部屋で、少女の心中はそんな言葉を呟いた。
来る日も来る日も全てがつまらない。
当たり前のモノが無いというのは、実につまらない。
少女には、「朝」という概念がなかった。
いつも締め切った暗い部屋で、小さいデスクライトを点けながら生活をしている。
食事は日に一度。お腹が空いたと感じたときに食べる。
だから、お腹が空かなければ何も食べない。水も飲まない。
外出はしない。
別にしたくないからだ。する必要もない。
外に出たところであるのは、「可哀想」という同情の目。
もう、何度あの目で見られてきたか。
何度あの目を向けられてきたか。
こっちは思い出したくもないのに。
嫌な思い出ばかりを思い出してしまう。
「私も一緒に……」
引き出しからハサミを取り出し、喉に刃先を付きつける。
このまま前へ押し込めば、ハサミが私の喉を貫いて……
「……ッ」
ハサミが手から零れ落ちる。
私は何がしたいんだろう。
死にたいのか、死にたくないのか。
生きるのが嫌なのに、死ぬのが怖い。
死にたくない。まだ、生きていたい。
「……教えてよ、パパ……ママ……」
机に飾られた一つの写真に視線を移す。
そこには、笑顔で映る両親の姿と今とは違う元気な姿の彼女の姿が写っていた。
―――――――――――――――
姫宮京香は16の歳で両親を失った。事故だった。
出張に行く父を送迎していた母。
交差点に差し掛かった時、左方から来た車と衝突。
両親の乗った車は側面を大きくへこませ、エンジン部分から火が出ていた。
その場で助けを呼べばいいものを、周辺にいた人間は皆、スマホを片手に動画や写真を撮っていた。
誰もすぐには救助を呼ばなかった。
ぶつかってきた車もそのまま逃走。後に逮捕されたが、
「私はやってない。向こうがいきなり飛び出してきた」
と発言し、罪を頑なに認めようとはしなかった。
彼女が再び両親と再会したのは、霊安室だった。
まるで眠っているかのような表情の二人を見て、彼女は涙が止まらなかった。
泣いて、叫んで、身体中の水分と喉が枯れるまで涙と声を漏らした。
霊安室を出て、家への帰路。
付き添いで来ていた祖母以外の人の目が、私を見つめていた。
「まだお若いのに、ねぇ」「可哀想に」「まだ高校生でしょ?可哀想ねぇ」
実際には口にはされていないが、その視線だけでもうわかる。
「可哀想」という同情の目。
両親が早くに亡くなったという「可哀想な子」というレッテル。
それが彼女には苦痛で――、
「同情するなら……パパとママを生き返らせてよ……」
ぎゅっ、と拳に力を入れる。
あの日から、彼女は部屋の外に出ていない。カーテンも閉め切り、外の世界を完全に遮断するようになった。
そんな彼女を支えていたのが、祖母の香苗だ。
彼女もまた、早くに夫を亡くし、女手一つで母を育ててきた。
京香とは境遇は違えど、大切な人を早くに亡くしたという点では共通している。
だから、彼女の気持ちも十分に理解していた。
「……京香ちゃん、扉の前にご飯置いておくから、お腹が空いたときに食べてね。
無理して食べなくてもいいから。今はちゃんと気持ちを落ち着かせて」
扉の前でそんな声が聞こえた。
いつもそう言って、食事を置いていく。
食べたときは「少しずつでいいから、元気になってね」と言い、
食べなかったときは「無理に食べなくてもいいからね、少しずつでいいから」と言い残していく。
正直、申し訳なさで彼女の心中はいっぱいだった。
「……おばあちゃん、ごめんなさい」
祖母はそんなことを言わせたくてやっているのではないと分かっていた。
でも、勝手に出てしまうのだ。
私が早く立ち直らないから。
両親の死を受け入れられないから。
自分で自分を殺しきれないから。
だから。
「ああ、嫌だ。こんな自分が」
「本当に嫌いだ」




