第44話 「春を待つ教室」
二月が終わる。
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窓から差し込む日差しが、 少しずつ柔らかくなっていた。
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朝。
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教室の窓を開けると、 冷たい風の中に春の匂いが混じっている。
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「もう三月か」
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誰かがつぶやく。
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一年は早い。
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ついこの前まで、 入学したばかりだと思っていた。
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あの頃の直人は。
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教室に入るだけで緊張していた。
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友達も少なかった。
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誰とも話せず。
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「普通にならなければ」
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そればかり考えていた。
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でも。
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今は違う。
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「おはよう」
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隣から美月の声。
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「おはよう」
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自然に返せる。
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ほんの数秒のやり取り。
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それだけで、 一日が少し明るくなる。
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授業中。
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先生が新学年の話を始める。
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「もうすぐ二年生だな」
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教室がざわつく。
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クラス替え。
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新しい教室。
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新しい人間関係。
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その言葉を聞いた瞬間。
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直人の胸が少し締めつけられた。
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もし。
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クラスが別になったら。
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席が離れたら。
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もう今みたいには話せないかもしれない。
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その考えが、 頭から離れない。
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昼休み。
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図書室。
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いつもの窓際。
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美月が本を読んでいる。
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その姿を見ながら思う。
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この景色は、 あと少ししか見られないのかもしれない。
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そんなことを考えるだけで、 少し寂しくなった。
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帰り道。
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翔と歩く。
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「もう一年終わるな」
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「うん」
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「二年はもっと早いぞ」
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翔は笑う。
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直人も笑う。
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でも心の中では、 別のことを考えていた。
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この時間が終わってしまう。
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そんな予感。
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夜。
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机の上には、 一年間で読んだ本が積まれていた。
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そのほとんどが、 美月との会話のきっかけになった本だった。
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もし。
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あの日。
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図書室で栞を拾わなかったら。
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今の自分はいない。
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そう思えた。
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布団に入る。
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天井を見上げる。
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あと少しで春。
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新しい季節が来る。
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楽しみなはずなのに。
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終わってほしくない気持ちの方が大きかった。
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まだこの頃の直人は知らない。
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春とは、
新しい出会いだけでなく、
大切なものとの別れも運んでくる季節だということを。
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そして。
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高校一年生最後の日が、
今までで一番忘れられない一日になることを。
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教室の窓から見える桜の枝には、
まだ固い蕾が静かに春を待っていた。




