第36話 「同じ本」
十二月中旬。
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冬休みまであと少し。
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学校全体がどこか浮ついていた。
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期末試験も終わり。
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生徒たちの話題はクリスマスや冬休みへ移っている。
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だが直人の頭の中には、 別のことでいっぱいだった。
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美月。
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その名前が浮かぶ回数が増えていた。
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その日も昼休み。
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図書室へ向かう。
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いつもの窓際。
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美月はいた。
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そして。
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直人は本棚の前で立ち止まる。
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何気なく文庫本を手に取る。
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タイトルを見る。
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どこかで見覚えがある。
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少し考える。
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思い出した。
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数日前。
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美月が読んでいた本だった。
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偶然だった。
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本当に偶然だった。
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だが。
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少しだけ気になった。
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どんな話なのだろう。
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なぜ読んでいたのだろう。
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直人はその本を借りた。
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窓際から少し離れた席へ座る。
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ページを開く。
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読み始める。
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思ったより面白かった。
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静かな物語だった。
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派手な展開はない。
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でも登場人物の感情が丁寧に描かれている。
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気づけば昼休みが終わっていた。
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その数日後。
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再び図書室。
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直人は同じ本の続きを読んでいた。
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すると。
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ふいに影が差す。
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顔を上げる。
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美月だった。
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心臓が止まりそうになる。
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美月は本を見ている。
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直人の手元。
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そして。
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少し驚いたように言った。
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「その本、面白いよね」
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頭が真っ白になる。
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話しかけられた。
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美月から。
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直人は固まる。
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数秒。
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いや、 本人には数十秒にも感じられた。
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「あ……うん」
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ようやく声が出る。
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美月は少し笑う。
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「私も好き」
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直人は何か言おうとする。
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だが言葉が出ない。
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話題はある。
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感想もある。
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伝えたいこともある。
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なのに。
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全部消える。
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結局。
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「そうなんだ」
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それしか言えなかった。
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会話終了。
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美月は本棚へ向かう。
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それだけだった。
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たった数秒。
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たった二往復の会話。
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それなのに。
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昼からの授業内容はほとんど覚えていなかった。
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夜。
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布団の中。
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何度も思い返す。
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「その本、面白いよね」
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「私も好き」
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どうしてもっと話せなかったのだろう。
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感想だってあった。
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好きな場面もあった。
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主人公についても話せた。
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なのに。
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何も言えなかった。
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恥ずかしさで顔を覆う。
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それでも。
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嬉しかった。
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今までで一番嬉しかった。
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初めて。
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美月と会話らしい会話をした。
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ほんの少しだけ。
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本当に少しだけ。
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二人の世界が重なった。
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まだこの頃の直人は知らない。
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この「同じ本が好き」という小さな共通点が、
彼に大きな勇気を与えることを。
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そして。
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初めて誰かに近づこうとする経験が、
同時に新しい恐れも生み出していくことを。
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冬の夜は静かだった。
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だが直人の心は、
今までになく騒がしかった。




