第35話 「話しかける理由」
十二月。
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朝の空気はすっかり冬になっていた。
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吐く息が白い。
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手も冷たい。
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直人はマフラーに顔を埋めながら登校していた。
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最近。
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学校へ行く理由が少しだけ増えていた。
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もちろん勉強もある。
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友人もいる。
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でも。
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それだけではなかった。
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昼休み。
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図書室。
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美月がいるかもしれない。
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その可能性が、 以前より学校を軽くしていた。
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そんな自分に驚く。
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今まで誰かの存在で学校へ行く気持ちが変わったことなどなかった。
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その日も図書室へ向かう。
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美月はいた。
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窓際。
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いつもの席。
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本を読んでいる。
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直人は少し安心する。
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そして。
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ふと思う。
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話してみたい。
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その考えが頭をよぎる。
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すぐに否定する。
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無理だ。
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何を話す。
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どう話す。
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理由は。
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話しかける理由がない。
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直人は昔から、 理由のない行動が苦手だった。
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友達との会話もそう。
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用事がある。
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確認がある。
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必要だから話す。
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それなら分かる。
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でも。
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「話したいから話す」
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それが理解できなかった。
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翔なら普通に話しかけるだろう。
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他のクラスメイトもそうだ。
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だが直人には難しい。
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だから。
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今日も離れた席へ座る。
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本を開く。
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そして時間だけが過ぎる。
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昼休み終了。
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美月が席を立つ。
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何も起きない。
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いつも通り。
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それで終わる。
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放課後。
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帰り道。
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翔が言う。
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「最近図書室ばっかりだな」
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直人の心臓が少し跳ねる。
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「そう?」
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「本好きだったっけ?」
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直人は言葉に詰まる。
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好きだ。
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でも。
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以前より通っている理由は別にある。
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翔は少し笑う。
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「まあいいけど」
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それ以上は聞かなかった。
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夜。
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部屋。
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勉強をしながら考える。
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どうして話しかけたいのだろう。
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友達になりたいのか。
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違う気がする。
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何かを知りたいのか。
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それも違う。
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ただ。
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もっと声を聞いてみたい。
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もっと話してみたい。
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その程度だった。
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でも。
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その程度の理由が、 直人にはとても大きかった。
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まだこの頃の直人は知らない。
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恋愛とは理屈ではないことを。
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話しかける理由を探している時点で、
もう十分その人を意識していることを。
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そして。
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勇気を出して話しかけたその先に、
予想もしなかった出来事が待っていることを。
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冬の夜。
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机の上には教科書。
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だが直人の頭の中には、
一人の少女の姿が浮かび続けていた。




