第32話 「図書室の窓際」
十一月。
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昼の空気が少し冷たくなってきた。
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文化祭の熱気も消え。
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学校は完全に日常へ戻っていた。
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直人は相変わらず、 昼休みになると静かな場所を探していた。
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教室が嫌いなわけではない。
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でも。
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人の声が多い場所に長くいると疲れる。
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笑い声。
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雑談。
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机を引く音。
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全部が一度に入ってくる。
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だから時々、 一人になれる場所が必要だった。
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その日。
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直人は図書室へ向かった。
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昼休みの図書室は静かだった。
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ページをめくる音。
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椅子が動く音。
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それだけ。
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直人は少し安心する。
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本棚の間を歩く。
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特に読みたい本があるわけではない。
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ただ。
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ここにいると落ち着く。
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窓際の席へ向かう。
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その時だった。
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誰かが先に座っていた。
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女子生徒だった。
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文庫本を読んでいる。
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長い髪。
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窓から差し込む光。
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それだけなら、 ただの風景だった。
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だが。
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直人は少し気になった。
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その女子生徒は、 本当に静かだった。
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周りを気にしていない。
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誰かと話しているわけでもない。
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ただ本を読んでいる。
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どこか自分と似ている気がした。
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もちろん。
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話しかけたりはしない。
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そんな勇気はない。
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直人は少し離れた席に座った。
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本を開く。
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だが内容が頭に入らない。
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つい視線が向いてしまう。
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女子生徒は本を読んでいる。
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ページをめくる。
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また読む。
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それだけ。
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昼休み終了のチャイムが鳴る。
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女子生徒は本を閉じる。
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立ち上がる。
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その時。
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栞が落ちた。
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本人は気づいていない。
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歩き出す。
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直人は迷う。
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呼び止めるか。
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放っておくか。
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数秒。
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悩む。
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そして。
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「落ちました」
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小さな声。
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女子生徒が振り向く。
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「あっ」
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足を止める。
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直人は栞を拾う。
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渡す。
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女子生徒は少し驚いた顔をした。
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そして。
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「ありがとう」
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笑った。
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ほんの一瞬。
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それだけだった。
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女子生徒は去っていく。
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直人はその場に残る。
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胸の奥が少しだけざわついていた。
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何だろう。
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よく分からない。
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ただ。
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今までの女子生徒とは少し違う気がした。
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夜。
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布団の中。
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昼の出来事を思い出す。
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栞。
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ありがとう。
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それだけの会話。
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なのに。
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なぜか忘れられない。
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まだこの頃の直人は知らない。
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この少女――
藤崎 美月 が、
高校生活の中で最も大きな存在になることを。
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そして。
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初めて誰かを好きになる喜びと、
失うことの痛みを教える相手になることを。
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冬の入り口。
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直人の物語は、
新しい章へ向かって静かに動き始めていた。




