第29話 「得意なことが分からない」
進路希望調査票の提出期限が近づいていた。
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クラスでは将来の話が増えていた。
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「工学系に行きたい」
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「教師になりたい」
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「親の店を継ぐかも」
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みんな何かしら答えを持っているように見えた。
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少なくとも、 そう見えた。
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直人にはそれが不思議だった。
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どうして決められるのだろう。
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どうして自分のことが分かるのだろう。
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昼休み。
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担任が直人を呼び止めた。
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「進路調査、まだ白紙だったな」
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「はい」
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「何か考えてることは?」
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直人は答えられない。
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大学。
専門学校。
就職。
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どれも現実味がない。
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担任は少し考える。
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そして聞いた。
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「得意なことは?」
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その質問に、 直人は固まった。
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得意なこと。
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今まで考えたことがなかった。
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勉強は普通。
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運動も普通。
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友達付き合いはむしろ苦手。
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何か一つ突出したものがあるわけではない。
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「分かりません」
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正直に答える。
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担任は驚かなかった。
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「じゃあ好きなことは?」
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それも難しかった。
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ゲームは好き。
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本を読むのも好き。
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でも。
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それを仕事にしたいかと言われると分からない。
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放課後。
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一人で帰る。
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考える。
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得意なこと。
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本当にないのだろうか。
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その時。
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文化祭で作った資料を思い出した。
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細かい表。
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スケジュール管理。
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確認作業。
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正直、 好きではなかった。
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でも嫌いでもなかった。
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むしろ、 そういう整理は得意だった気もする。
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ただ。
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周りから褒められるような才能ではない。
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スポーツみたいに目立たない。
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勉強みたいに順位も出ない。
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だから、 価値がないと思っていた。
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夜。
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部屋。
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机に向かう。
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進路希望調査票。
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まだ完全な白紙ではない。
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今日初めて、 一行だけ書いた。
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「未定」
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たった二文字。
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でも。
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今まで何も書けなかった自分には大きかった。
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まだ決められない。
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でも。
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決められないことを認めることはできた。
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布団の中。
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担任の言葉を思い出す。
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「得意なことは?」
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その答えはまだ見つからない。
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だが。
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もしかしたら。
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自分はずっと、
目立つ才能だけを才能だと思っていたのかもしれない。
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まだこの頃の直人は知らない。
自分の強みは、
自分にとって当たり前すぎて気づきにくいことを。
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そして。
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将来の仕事で役立つ能力は、
必ずしも派手なものばかりではないことを。
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秋は少しずつ深まっていく。
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直人もまた、
答えのない問いを抱えながら、
ゆっくりと前へ進んでいた。




