第26話 「本番前の崩壊」
文化祭当日。
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朝から学校は別の場所のようだった。
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廊下を走る人。
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大きな荷物を運ぶ人。
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笑い声。
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緊張した声。
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いつもの教室が、 少しだけ特別な場所になっていた。
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直人は早く学校へ来ていた。
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確認のためだった。
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何度も見た資料。
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何度も確認した予定。
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それでも不安だった。
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「大丈夫」
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自分に言い聞かせる。
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去年までなら、 不安を消すために全部確認していた。
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でも今日は違う。
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確認できるところまで確認した。
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あとは進めるしかない。
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そう思った。
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午前。
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順調だった。
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思ったより人も来ている。
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担当の仕事も回っている。
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直人も少し安心していた。
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「案外できるかもしれない」
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そう思った瞬間だった。
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問題が起きた。
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必要な備品が一つ足りない。
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本来なら昨日確認する予定だったもの。
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直人の担当だった。
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一瞬。
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頭の中が真っ白になる。
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「どうしよう」
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周りが動く。
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「代わり探そう」
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「先生に相談しよう」
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声が飛ぶ。
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でも直人だけ、 その場で止まっていた。
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足りない。
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確認したはず。
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忘れていないと思った。
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でも現実には足りない。
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その事実だけが、 頭の中を占めていく。
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「直人!」
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呼ばれる。
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「今どうする?」
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答えなければいけない。
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でも。
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言葉が出ない。
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考える。
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考える。
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考える。
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時間だけが過ぎる。
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「俺、先生に聞いてくる」
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誰かが動く。
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問題は解決へ向かう。
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数十分後。
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代用品を用意できた。
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文化祭は続いた。
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周りにとっては、 小さなトラブルだった。
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でも。
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直人の中では違った。
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終わった後。
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片付けをしながら、 ずっと考えていた。
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自分が原因だった。
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もっと確認すればよかった。
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もっと早く言えばよかった。
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まただ。
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また自分だけ。
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夜。
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家。
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母が聞く。
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「文化祭どうだった?」
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直人は少し黙る。
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本当なら。
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楽しかった。
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達成感もあった。
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でも口から出た言葉は。
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「普通」
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いつもの言葉だった。
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部屋に戻る。
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机の上。
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文化祭の資料。
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頑張った証拠。
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でも、 一つのミスだけが大きく見える。
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布団の中。
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涙は出ない。
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ただ苦しい。
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まだこの頃の直人は知らない。
人は、成功した部分よりも、 自分が失敗した部分だけを強く記憶してしまうことがあることを。
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そして。
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周りが「終わったこと」として流した出来事を、
本人だけが何度も繰り返し傷ついてしまうことを。
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この日。
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直人は初めて感じた。
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「頑張っても、やっぱり普通にはなれないのかもしれない」
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その考えが、
心の奥に小さな傷として残った。




