第14話 「初めて言えた『分からない』」
直人は昔から、 「分からない」と言うのが苦手だった。
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分からないと言えば怒られる気がした。
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理解が足りないと思われる気がした。
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だから、 分からなくても分かったふりをする。
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その癖が身についていた。
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ある日の数学の授業。
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先生が新しい単元を説明している。
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黒板には式が並ぶ。
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説明も続く。
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周りはうなずいている。
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直人も聞いている。
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でも途中から、 どこで話がつながったのか分からなくなる。
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一つ前までは理解できていた。
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でも、 気づけば置いていかれていた。
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授業後。
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先生が言う。
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「分からないところがあったら聞きに来いよ」
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教室がざわつく。
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誰も動かない。
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直人も動かない。
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いつもなら。
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放課後。
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教室に残る。
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ノートを開く。
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やはり分からない。
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どこで分からなくなったのかも分からない。
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その時。
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翔が近づいてくる。
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「まだ残ってたの?」
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「うん」
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「数学?」
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直人はうなずく。
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少し沈黙。
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そして、 思い切って言う。
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「……分からない」
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その一言を口にするまで、 数分かかった気がした。
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翔は笑わない。
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呆れない。
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ただ椅子を引く。
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「どこ?」
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それだけだった。
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直人はノートを見せる。
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翔は説明を始める。
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途中で言う。
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「俺も最初ここ分からなかった」
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その言葉に驚く。
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翔でも分からないことがある。
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今まで、 分からないのは自分だけだと思っていた。
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だから隠していた。
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でも違った。
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人は分からないことがある。
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そして聞いてもいい。
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その当たり前のことを、 直人は初めて実感した。
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帰り道。
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空が少し赤い。
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翔と並んで歩く。
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会話は少ない。
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でも、 今日は不思議と気まずくない。
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「ありがとう」
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直人が言う。
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翔は少し笑う。
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「別に」
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それだけ。
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でも直人には十分だった。
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夜。
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布団の中。
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今日を思い返す。
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「分からない」
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たった五文字。
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でも、 今まで言えなかった言葉。
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その言葉を言えたことで、 少しだけ世界が変わった気がした。
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まだこの頃の直人は知らない。
助けを求めることは弱さではなく、 人とつながるための行動でもあることを。
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そして、 この小さな成功体験が、 後に訪れる大きな困難を乗り越えるための種になることを。
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ただこの夜は、
少しだけ軽くなった心を抱えながら、 静かに眠りについた。




